黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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子供の貧困が日本を滅ぼす-社会的損失40兆円の衝撃- 日本財団子どもの貧困対策チーム 読了

「子供の貧困が日本を滅ぼす」センセーショナルに書かれたタイトルに、

少しでも関心を煽るための新書だからこう名づけたんだろう、

そう訝しがる方にこそ、この著を手に取って現実を目の当たりにしてほしい。

 

私は、今年3月まで一年ほど中野区において中学生向けの

無料学習支援を行う活動にボランティアとして参加させていただいた。

 

 

そんな自らを振り返ると公立の四年制大学を卒業して、

何の不自由もないように東証一部上場企業に就職できたものの、

田舎で生活する高校中退の父親と高卒の母親に育てられた。

 

保育園に通う時期から共働きであり、

社会的な躾の多くは地域社会にいた大人達からだった。

大学進学に関わる費用は祖母の蓄えがあったからこそだった。

つまり、私自身が貧困した子どもでなかったのは偶然だと言える。

 

子どもの貧困が、社会問題として大きなテーマになり、

国も法整備を進め、自治体もそれぞれに具体的な対策が行われているが、

まだまだ全国的に他人事だと考えている人が多いのが現実である。

 

 

この新書においては、子どもの貧困について、

その結果が日本社会へ与えるインパクトについて、

経済的な推計を行い、当事者・経験者へのインタビューを行い、

どうすれば子どもの貧困連鎖を防げるのか仮説を提示し、

アメリカの貧困対策プログラム研究結果を紹介し、

政府・自治体・NPOの具体的取り組みを案内している。

 

つまり、この一冊227ページをめくることによって、

子どもの貧困とは何なのか、どういったことが問題で、

社会全体にどの程度影響をもたらすのか、

どうすればそれを解決できるのかといった全体像を掴むことができる。

 

地域社会の結びつきが希薄になっている時代と言われて久しいが、

子どもを取り巻く社会的環境は年々厳しさを増している。

それはつまり、日本人全体が遠く未来よりも、

目先の事実に追われているという事実の裏返しとも言える。

 

しかし、この著書から見えてくる事実は、

子どもの頃に社会的な関わりを身につけた人々が

世の中に増えれば増えるほど、

社会全体に自らの力で歩んでいこうとする大人が増えるという実態である。

 

私自身を振り返ったり、子どもに接して感じることは、

数々の社会経験を経るという事実が、

どんな座学の勉強よりも、

将来を生きていく安心材料になるだろうという雰囲気である。

 

 

貧困に悩む子どもが目の前にいたとして、

直接接点がない大人が、

どのように支援の輪を差し伸べれば良いのか分からない、

そんな当然の疑問は多くの人が感じるところだろう。

 

その万能な答えを用意できる大人はどこにもいない。

つまりは、気がついた人が、できる範囲で支援する他ない。

子どもを気にしてあげる、たったそれだけでも十分と言える。

 

大人から関心を寄せてもらえなかったと思う子どもが増えるほど、

その子ども達が大人になった時に、

次世代の子どもに関心を寄せる大人の数は減るだろう。

 

高齢者の人口割合が増加し、

子どもの数が減少する社会で一番問題になるのは、

近視眼的な大人の数がどんどん増えていくことなのかもしれない。

そんなことをこの新書から考えさせられた師走の1日であった。

 

子ども

JUGEMテーマ:読書

評価:
日本財団子どもの貧困対策チーム
文藝春秋
¥ 780
(2016-09-21)
コメント:子どもの貧困が社会的課題という論調は多い。しかしながらそれを網羅的にコンパクトにまとめた本はまだまだ少ない。この新書はまさに全体像をさっと見つめるにはもってこいの著書

読書 | 23:59 | comments(0) | - | - | - |
輝けるかどうかは、今この瞬間を生きることに、どれだけ一生懸命になれるか次第 〜眦通聖畊岷蕾 於 武雄センチュリーホテル〜

本日、武雄法人会さんの主催で、武雄センチュリーホテルにて、

元ジャパネットたかた社長でいらっしゃる眦 明氏の講演会がありました。

 

68歳という年齢を全く感じさせないお若い雰囲気に、

終演後は、会場にいらしていたご婦人方から写真撮影の嵐でした。

 

眦弔気鵑何度も強くおっしゃっていたことは、

「今、この瞬間を一生懸命に生きることが大切」ということでした。

「理念(Mission)を持って、情熱(Passion)の下に行動する」

 

その繰り返しで、ジャパネットたかたの現在があると、

様々な人生経験を、多くの歴史的著名人の言葉を含め語ってくださいました。

 

二時間の講演会でメモが相当量に上るので、

全てをご紹介するのは難しいのですが、特に私の心に響いたエピソードを

いくつかピックアップできればと思います。

 

・25歳で家業の写真屋に戻ってから40歳まで旅館・ホテルの

スナップ写真を自らで撮影し、自宅に帰って現像し、

翌朝宿で販売するという毎日を経験した。

そこで全国のお客様が、どんな消費動向をされるのかを学んだ。

静岡県、宮城県の方は写真を買ってくれるが、関西圏は全く売れなかった。

 

・ハンディカムが登場した時、19万9800円だったが、

家族写真を撮ったお客様のお宅に伺って、

自宅のテレビにビデオ撮影したお子さんの姿を映したところ、

一気に、ソニー全体で九州で一番の売り上げを誇るようになった。

 

・ラジオショッピングで成功して、テレビショッピングも軌道に乗ったのち、

チラシ販売を開始したが、全国で4000万の折込ビラを撒いた。

その紙の量はものすごい量に相当するが、最初は売上が伸びやなんだ。

そこで、今でこそ各テレビ通販で常套句になったこのフレーズを発した。

「明日の朝刊チラシをご覧ください。」

すでに巻かれているチラシの購買率が少し上がるだけで、

全体の売り上げはものすごい勢いで伸びる結果となる。

 

・社会人のなってすぐに英語をマスターしていたおかげで、

ヨーロッパに赴任させてもらうことができた。

ジャパネットにて万能電子辞書を扱うようになって、

リンカーンの演説が採録されていたので、

30分の全国放送でその音声を流したところ、売り上げは1億円に達した。

 

・片田舎に新婚生活でやってきた奥さんが、

姑さんと馴染めずに困っていた。旦那も忙しく友達もいない状態で。

その時、ジャパネットでハンディタイプのカラオケを購入した。

1000曲入って29800円だが、歌うことがが大好きな姑が気に入り、

嫁姑の仲は一気に接近し、家族生活は楽しくなったと、

喜びの手紙がジャパネットに届けられた。

わずかな金額で、一人の人生を大きく変えた。

 

 

などなど一つ一つ現実が想像できる語り口は、

さすがに語りで多くの視聴者を引き込んで購買行動に

導いたプロフェッショナルならではものでした。

 

眦弔気鵑特に力強くおっしゃっていたのは、このことでした。

 

「出来ない理由は二つある。

一つは、自分が出来ないと諦めているから。

もう一つは、出来ない理由だけを羅列して、

出来る要因をさらに追求し可能性を膨らませる努力をしていないから。」

 

まもなく70歳を迎えられようとしている眦弔気鵑任垢、

あと50年は生きるつもりで、様々なことに

精力的に取り組んでいらっしゃるそうです。

 

地域創生が上手くいかないと嘆かれている地域が多い要因も、

自らでどうやったら上手くいくのかを試行錯誤していないからと、

眦弔気鵑倭換颪魏鵑蕕譴新覯未鰺莨貅圓謀舛┐蕕譴討い泙靴拭

この地域は、そうではなくて自らで頑張って欲しいと。

 

私は、ちょっとしたチャレンジをやった今年でしたが、

まだまだ人生その幕は開いたばかりだと認識しています。

 

眦通世気鵑妨殄颪気譴董改めて自分自身が

どこに今を一生懸命生きるべきなのか、

考えつつ、走って行きます。

 

眦勅卍垢凌箴本 世阿弥の「風姿花伝」を読みながら。

ジャパネット眦

JUGEMテーマ:モチベーション

イベント | 17:03 | comments(0) | - | - | - |
人の幸せを喜ぶ心 ー心〜いかに生きたらいいか〜高田好胤著よりー

紅葉

《心慮施》

お里沢市の話で有名な壺坂寺に

私の昵懇にしてもらっている常盤勝憲という住職がおります。

常盤さんは私よりいくつか年下ですが、誠に偉い人で、

盲目の年寄りで身寄りもない人を百何人も自分の寺に集めて、お世話をしています。

これは、なかなかできることではありません。

できないことをしているだけに、いろいろと苦労もあるようです。

 

「常盤君、君はこの仕事が、こんなにえらい仕事やと、はじめから想像していたかい?」

と私が聞きますと、

「思っていた以上や。そやけど、こんなえらい仕事だとはじめからわかっていたら、

せえへんだろう。やっぱり若気のいたりでできたんや」

と、こういいます。それをもう十年以上もつづけているのです。

そして、そんなに一生懸命にやっておりましても、人はいろいろにいうものです。

 

「やあ、あれは売名でやっているのや」とか、

「社会事業を利用して、うまいことしているのや」などと陰口をたたかれます。

このごろの世の中で、うまいことをするつもりなら、

もっと楽をしてやれる方法があると思いますが、人の口は勝手なものです。

 

私にしても、私の道を一生懸命やっているつもりですが、いろいろといわれる。

「なぜ、こんなこと思われてやらんならならんのやろう」と、ときに思います。

「世の中には、遊んで、なんにもせんと喜ばれる人もあるのに、

身を粉にしてやっていて悪くいわれるのやから、よっぽど徳がたらんのやなあ。

そやけど、仏さん見ていてくれはるわ」と私は思うのです。

 

常盤さんも、あれこれいわれ、「こんなもんやめたろか」と

思うようなときがあるのだろうと思います。

その常盤さんが、ときどき私の都合をきいてやって来ることがあります。

やって来て、いろいろ話をして、それで

「兄貴にこれだけ聞いてもろうたらスッとした」といって帰って行くのです。

 

「君が一人で苦労してやっているのに、

私がもっと手伝うてやらないかんと思うのやが、それがなかなかできんのや」

あるとき、私がそういいましたところ、常盤さんはこういうのです。

「そりゃ、何かしてもらうよりも、こうしてときどき来て、

心の憂さのはけどころになってもらうほうが、何かしてもらうよりも、

なによりもぼくに対するありがたい布施やねん」

 

その人の身になって、心をこめて愚痴を聞いてあげる、それも布施であります。

これを心慮施、あるいは心施といいます。

そしてともに喜び、ともに悲しんで、

その人の幸せを願ってあげるという心であります。

 

人が苦労しているときに同情する、ともに苦労する、

それはわりあいにやりやすいことです。

ところが、人が幸せになったその幸せを喜んであげるということのできないのが、

私たち人間だと思います。同情の方はできるのです。

そして、それも心施でありましょう。けれど、人の幸せを、

本当に自分の幸せのように喜んであげられる心を、お互いに持ちたいものです。

 

仏教では、恩ということをたいへん大事にします。

わかりやすくいえば、

恩とは、してもらったことを覚えているということであります。

われわれは、されたことは覚えているけれども、

してもらったことというのは、なかなか覚えていないものです。

「あのがき、あのときにあんなことしやがって」と、

あしざまにされたことはいつまでも忘れないけれども、

してもらったことは忘れやすい。

 

同情してもらったことも、覚えていなければいけません。

愚痴を聞いてもらって、心を救ってもらったこと、

これも覚えていなければいけないのです。

人の幸せを本当に喜んであげる心というものは大事ですが、

また自分の幸せを本当に喜んでくれる

第三者の心をいつまでも忘れてはならないと思います。

 

JUGEMテーマ:自分が読んだ

評価:
高田 好胤
徳間書店
---
(1969)
コメント:他人の言葉に傷ついたときにぜひ高田住職の言葉を味わって見てください。それも人生の修行なのかもしれません。

読書 | 23:22 | comments(2) | - | - | - |
地方議会当面の課題と議員の心構えー議員必携 全国町村議会議長会編よりー

「議員必携-第十次改定新版-」全国町村議会議長会編 学陽書房刊
こちらの330p以降に採録されている『町村議会の活性化方策』から
提言のみを抜粋してご紹介したい。

 

理由は、同著に書かれているだけで議員のみが理解しても、
地方議会の活性化にはつながらず、
広く国民に知っていただくことが重要だと考えるからである。

 

なお、地方議会活性化研究会の活動内容については、
以下のウェブサイトに詳細がまとめられているので参照いただきたい。
https://www.nactva.gr.jp/html/research/region_study.html

 

・提言1:
分権下の新たな町村議会像として、
何よりもまず民主的地方自治制度において
議会が全ての根幹であることをしっかり認識し、
またそのことを改めて欧米の歴史の流れと現状から学び、
町村議会活性化に役立てる真摯な態度が望まれる。

 

・提言2:
町村議員は、地域のなかで多様化する住民の意思を反映させ、
討論を通じて町村の統一的意思にまで高めることができるのは
議会だけという確信に立って議会活動に邁進すべきである。

 

・提言3:
町村議員は、万事世の中の動きが早まるなかで先例や慣行にとらわれることなく
新たな試みをつぎつぎに打ち出せるチャレンジ精神を堅持すべきである。

 

・提言4:
町村議員は、行政機能拡大強化のなかで法規万能から
住民への対応が冷たくなることに思いを致し、
北欧などのオンブズマン(オンブズパースン)に見られる
温かみのある町村政をめざすべきである。

 

また、上記を受けて続けて記されている地方議員の心構えについて、
表題だけを重ねてご紹介したい。

 

1.住民全体の代表者である

 

2.執行機関と一歩離れ、二歩離れるな

 

3.批判するには、代案をもってせよ

 

4.実質的な審議が大切

 

5.住民の声や心を代表する

 

6.勇気と奮起が政治家の要素

 

詳細内容については、著書の著作権などを踏まえて割愛するが、
地方議員のみならず、広く選挙を経て選出された政治家に
当てはまる要点であることは紛れもない。

 

常に現状をよりよくするには、誰と何を行うことが必要かを
考えて日常に取り組む地方議員たらずして、
町をよりよくしていくことはできない。

 

政府、都道府県、市・区などの機関と比べても
町議会は規模が小さい。村議会に比べると一定議員数が存在する。

 

だからこそ、日本における民主主義のあり方に、
これまでのやり方に踏襲されない新しい形を見出し得るのが、
町議会議員なのではなかろうかと、選挙を終えた私は考えている。


初めての通常議会を備えて、実務面を日々勉強している現状だが、
議員必携に掲載されている法律、議会運営方針、議会の進み方、
議案審議方法、実務検査方法、議会と長の関係性などを
しっかりと身に付けて、地方政治家としての一歩を歩んでいきたい。

議員必携

JUGEMテーマ:政治全般〜国会・内閣・行政

政治 | 15:56 | comments(2) | - | - | - |
地方自治体の議員になるということ。選挙を終えて。

私は、11月1日より4年間の任期で、町議を務めさせていただきます。

この町に住民票を移してわずか6ヶ月弱ですが、

ご支援いただいた皆様のおかげで選挙に当選させていただきました。

 

今後しっかりと町民の皆様のためにご期待に応えられるように、

精一杯働いていきます。

 

私には、地盤・看板・鞄が全くないどころか、

この町に親戚もなく、支持いただける組織もゼロでした。

 

全ては、個々人の皆様の支援の積み重ねで、

483票ものご支持をいただきました。

 

私が選挙に挑戦するのは、高校の生徒会長選挙以来で、

もちろん公職選挙法が適用される選挙は初めてでした。

 

一票の重みは、選挙戦で精一杯頑張ったつもりですので、

町議として働く前の現時点から強く感じております。

 

何も実績がない私をご支持いただいた皆様は、

私に期待だけで一票を投じてくださったことは間違いありません。

 

その重い期待に押しつぶされることがないように、

自らの信念をしっかり維持して、町民の皆様に光を当てられる

政治家になれるように日々勉強し行動していきます。

 

 

まだまだ選挙が終わって1週間と時間が経過しないうちに、

地方選挙を志す方向けに私が感じたことを少しメモしたいと思います。

もちろん、以下に記すことは私の私見であり、

他の候補者及び他の地域で通用する保証はありません。

 

様々な事情を踏まえて、全ては箇条書きしかしません。

詳細が気になる方は、連絡先を教えていただければ詳しくお伝えします。

 

 

1.選挙に最も必要なことは候補者本人の志し。

2.選挙に必要な人物はその地域の選挙を知る参謀。

3.選挙は告示日以降の選挙期間以前に入念な種まきをできた人が勝つ。

4.選挙中で絶えず必要なものは候補者そして応援者の必死さ。

5.選挙事務所を構える地域の皆様を味方にできない限り結果はついてこない。

6.選挙の趨勢を大きく左右するのは男性以上に女性である。

7.他陣営のことを必要以上に気にせずに自らを律することに集中する。

8.地方議員選挙は勝つことを目指するのではなく負けないという戦い方が存在する。

9.支持者を増やすフィールドを明確に定めること。

(演説会注力、支持団体注力、個人紹介注力なのか等々)

10.選挙は当選しても終わりではない。

 

 

私は、選挙はお金を持っている人、親戚をたくさん有している人、

その土地に地縁を持っている人、知名度を有しているいる人、

企業や団体のトップである人、自治体職員経験のある人、

そんな方しか政治家になれないと思っている人に、

少しでも政治の舞台にチャレンジしていただきたいと思い、

支持いただいた方に失礼になるかもしれないことを承知で、

このエントリーを記させていただいてます。

 

なぜならば、現状に問題意識を持った人が行動をしない限り、

政治が変化することがありえないからです。

口先で愚痴を言って政治が変わることはありません。

 

選挙という段階を得て、鋭い問題意識を持つ政治家が

自治体をリードして初めて、その地域は変化していきます。

(もちろん民間主導のまちづくり例も大いに存在しますが)

 

私が働かせていただく自治体は、

何百年も以前から産物を他領に販売して外貨を獲得していました。

加えて他の地域からやってきた人々が、

それまでの仕事のやり方を大きく変化させてきました。

現代でも、その流れは続いています。

 

だからこそ、私のようなよそ者、バカ者、若者でも、

機会を与えようと一票を投じてくださる住民の方が

多数いらっしゃるのです。

 

社会の変化は一人では起こせませんが、

その地域の全員が賛同しなくても、一定数の後押しがあれば、

少しずつ山は動いていきます。

 

地方議員一人でやれることには限度があります。

しかしながら、何もできないと諦めてはそこで試合終了です。

選挙ですら多くの人が無謀だと思われたことにチャレンジしました。

 

482名の方のご期待を裏切ることなく、

これから四年間精一杯働いていきます。

(もちろんながら483分の1は私が投じましたので)

 

将来この土地に生まれてくる世代に少しでも誇られる町を作れるように。

 

政治 | 23:30 | comments(0) | - | - | - |
農聖 石川理紀之助氏を秋田に尋ねて。

長崎県の波佐見から、東京で飛行機を乗り継いで遥々秋田県潟上市を訪れた。

地上交通で向かえば1500km、日本横断に近い。

 

書物でこの人物の功績を知り、なんと常人離れした聖人であるのかと驚かされたが、

日帰りでこの地を訪ねた甲斐があり、目の前に広がる現実はその驚嘆を超える感動があった。

 

現在も石川氏のご子息が生活されている一角に、

石川理紀之助氏の足跡を紹介する潟上市郷土文化保存伝習館が作られている。

 

蔵書を保管する蔵の大きさや、学問を修めたい人々に対して作られた建屋の数々、

百年を超えて今でも食べられる備蓄米、石川氏が何度も各地で書かれた箴言の数々、

全てにおいて私の心を揺さぶるものであった。

 

特に、石川理紀之助氏が発した言葉で、世に最も有名なこの言葉を読んだ時、

思わず涙を抑えることが出来なかった。

『寝て居て人をおこすこと勿れ』

 

世の中には、他者を指導しようと先生という立場にたって、

訓を唱える人は歴史上にも数多存在する。

しかし、成人して他者から教えを請われるようになってから殆どの生涯を、

教えられる人の立場に立って、

日常の食事がかつかつなほど厳しい家庭環境を置いた状態で、

農民の暮らしをより良くしようと、

田んぼに囲まれて努力し続けた人は、そこまで多くないだろう。

 

石川氏は、自らが婿養子に入った秋田県の潟上市(旧山田村)から、

全国各地の農民に請われて教えに訪問した先々で、

一貫して自らの行動で範を示し、

他者にやらせるだけということをやらなかった人だった。

 

婿養子に入った石川家はもともと裕福な地主であったが、

数代前から没落し、借財が多く、殆どの田んぼも質に入っている状態であった。

その状態から、周りも驚くほど真剣に働き、

僅か5年間で借金を返して質田の質を取り去ってしまった。

自らの家を立て直しただけでなく、村の青年たちと勉強会を作り、

農業、家計、村の政治などに語らいあい、研鑽を続けた。

 

時代は明治維新期、世の中が騒然としている中で、それに動じず、

住民の助け合いを呼びかけ、村の将来を考えて行動することで、

周囲からの協力も集まり、石川家を復興させる後押しになった。

 

石川家を豊かにするには山田村が豊かになるようにしなければならないという考え方が、

彼自身に自然に生まれたことがその後の一生を左右したようである。

 

石川氏は、自らが望まなかったにも関わらず何度も役人として働き、

農民のやる気を育み、その地域の良さを活かしながら、

お互いに交流し合うことを土台として、秋田県の農業行政に大きな貢献をしている。

 

しかし、養父が身体を弱くしたことを契機に、

山田村に戻り再び農業に専念することになった。

明治維新後、階級がなくなったとはいえ、農民の生活環境はさほど変わっていない。

しかし、上からの締め付けがなくなったため、働く意識は下がり、

生産物を作ることに比べて他者から買うことが増えているので、

経済環境は厳しくなる一方であった。

 

まずは溜まっていた村の借金を返済することを目的として、

山田村民の会『山田経済会』を石川氏が責任者となって設立した。

毎朝3時に起きて収穫法などを学び、養蚕などの副業を促進、

倹約による貯蓄を図るとともに、産品を村民でまとめて売り必要品をまとめて買うことで

村全体の収支を改善、堆肥はこれまでの2倍にして田の増収を目指した。

 

村民相互で取り組みを奨励するために、

5日ごとに夜会を開き進捗状況を確認しあい、

冠婚葬祭の質素さを村全体に守るように指導した。

一方で、年に一回は村民全員が一堂に会し、

仕事のまとめを行い、餅を食い酒を飲んでお互いの労をねぎらいあった。

 

3年間の取り組みで、村の借金は大きく減り、

各家々の家産は急速に改善し、

遂に僅か5年間で村の借金は全て返済出来るという見通しがついた。

石川氏はその頃、別の村に農政指導に出掛けるものの、

土地の人間のやる気のなさに、1ヶ月で山田村にもどってきた。

改めて山田村の村民の努力の成果を認め、

それを世に示すことが自らの存在価値だと思い至る。

 

そこで、生まれ育った土地で日当たりの悪い田に入り、

小屋を建てて、貧乏小作人の生活を始める。

12時間働き残りの時間を睡眠と食事・雑用にあて、

目覚めると働き、空腹になると食い、眠くなると横になるという日々を過ごした。

食べ物は粗末な米と野菜中心、

粗末な小屋は修理を繰り返し、徹底的な勤労、節約の生活を送った。

 

この田んぼは地主から借りたものであるが、3年間で返済した上に、

新田を開墾し、苗木を多数植え、雑穀を余分に収穫するに至った。

 

石川氏は、山田村経済会で村民に要求した通りの生活を送ることで、

自らでそれが間違いないということを実証することで、

借金を特別な方法で返したのではない、山田村の村民の行動の正しさを確認したのであった。

 

このような、理論と実践を両立させる石川氏の行動を冷ややかな目線で見ていた人も、

数々の実績を上げている事実から、評価を変えるようになってきた。

近隣の村々から志のある若者たちが、農村の将来や経済、

和歌などについて学び合うために、石川氏のもとを訪れるようになってきた。

 

山田経済会が出来て9年後の明治27年には東京で開かれた

第一回全国農事大会に出席し、

幹事長の前田正名から「日本一の老農」と紹介されるほどになった。

大日本農会長の委嘱により、九州各地を巡回講演した。

 

彼を賞賛するものが増える一方で、山田経済会のやり方を踏まえて、

独自で農業発展を志す人物が出てくるためにはどのようなことが必要かと、

石川氏は50歳を契機に考えるようになった。

 

そのような折、秋田県中の農業調査を数年間掛けて完了し、

勲章を授与されたのち、旧知の前田正名より明治34年に手紙が届いた。

宮崎で開田事業が完成させるために無報酬で指導に出向いてくれないかという懇願であった。

 

肉体的、経済的な負担から同志を集めることの難しさを想定しつつ、

正名氏の手紙を見せたところ、7人の賛同者が集まった。

決死の覚悟のもと、明治35年4月秋田を出て、

宮崎県の霧島山麓の事務所で1日も休みなく半年間必死に働くことを皆で誓いあった。

ただし、長年村民で協力しあった山田村のやり方がいきなり通用する訳もなく、

指導に来た人間自らがあるべき行動をすることで、

自然にその土地の農民を導いていくという方針が取られた。

指導方針は、以下の通りであった。

-----

1.指導に来たのだという考えを捨て、この部落の一員となりきって行動する。

2.部落の欠点、ここの人々の劣っていることを決して口にしない。

欠点をなおそうと思ったら、私たちの生活、行動で気づかせるようにしていく。

3.農業のことについて聞かれても、自分の知識、体験で断定的な話をしないようにすること。

-----

 

石川氏は、日本各地で死の直前まで数々の農村の経済的な立て直しに貢献した。

彼が直接手を下したのではなく、その土地の農民の心を変えて、

労働の尊さを伝え、借金を減らし貯蓄を行うことの意義を身を以て教えて歩いた。

 

 

 

以上羅列的になってしまったが、石川氏の功績を紹介したのだが、

秋田を始め、各地の農村指導のエッセンスに、

2016年の現代にも通じる点が多々存在する。

 

私は、これから都市部ではない自然に囲まれた地方にて生きていく覚悟を決めた。

だからこそ、石川理紀之助氏の功績に学ぶことが非常に多いと考えている。

 

ある土地に長らく住んでいらっしゃる人々の気持ちを、

余所者が変化させることは非常に難しい。

けれども、『至誠にして動かざるもの未だ有らざるなり』

吉田松陰の言葉だが、他にも多くの教育者が同様の言葉を発している。

 

この古くから言い伝えられる箴言を信じて、まずは自らを律していきたい。

石川理紀之助

JUGEMテーマ:モチベーション

地域 | 22:07 | comments(0) | - | - | - |
ビジネスに最も必要な要素は継続性。

熊野筆

このブログで約3か月前に筆屋さんが会社にやってきたことを綴った。

それからきちんと間隔を開けられて、

再び広島ナンバーのマツダボンゴがやってきた。

やはりビシッとノリが効いたワイシャツをまとったセールスマンが再訪された。

会社では消耗頻度が高い方だけの注文になってしまったので、

前回よりも少ない筆の購入数だったけれども、

こうして定期的に足を運んでいるからこそ、

継続してビジネスが成り立っているのだと感じた朝の出来事だった。

 

様々なお仕事が日夜生まれては消えているのだろう。

それはともかくとして、物を売って買って、サービスを提供して購入して、

たった一度の取引で、お互いに満足を得ることは実は困難なことではないだろうか。

 

企業対企業取引における売り手の立場になって考えてみると、

初めての取引に際しては、取引条件をまとめたり、

商品やサービスの仕様詳細を詰めたりと、

既製品を売るにあたっても細かい調整を行ったのちに、

初めて代金回収まで至る。

その手間を含めると、相当にシステマチックな取引以外では、

最初から商品やサービスの対価だけで利益を得るのは困難だろう。

 

また企業対消費者取引における買い手の立場になって考えてみると、

初めて訪問したお店で自分にとってお気に入りの商品に出会い、

その商品が考えていたよりもお値ごろであることは、

結構難しい状況であり、多くの消費者は良いお店・良い商品に出会うまでに、

多くのお店を訪れ、商品を購入した結果を踏まえてから、

一つの購入機会を成功させるプロセスをマスターできるようになっている。

 

例えば、Amazonで一つの商品を買うようになったお客さんは、

品揃え、販売価格、商品購入のプロセス、支払い方法、

到着までの時間、配送状況、商品購入ごのアフターフォローなどを

トータルに判断し、何度も繰り返し利用するようになっているにいる。

全ての判断は一瞬だとしても、多くの過程を踏まえていることは間違いない。

 

インターネットによるビジネスが進展する中で、

一瞬にして商品やサービスの提供が可能になった

と考えるビジネスパーソンは多いだろう。

しかしながら、きちんと利益を出している会社の大半は、

何度も何度も繰り返し買っていただけるお客様の満足を最大にすることを

目的にその仕組みを考えて、一つ一つのサービスを提供している。

 

たった一人の移動筆屋さんの動きをしっかりと考えるだけで、

ビジネスの本質とは何かを想像することができる。

 

そこにはもちろん前提知識は必要かもしれないけれど、

ビジネス本を読んで学んだ机上の知識よりも、はるかにすぐに使える姿がそこにはある。

 

仕事を創り出すのは簡単な作業ではない。

しかしながら、一つ一つの誰でもできるような作業をやっていたとしても、

それを長い時間継続することができるならば、

もしかしたら新しいビジネスが生まれるかもしれない。

 

私は、常に可能性を見出したいと強く思っている。

それは私が、たった一ヶ月だったけれど、

全く縁もゆかりもない北海道の地で、航空写真販売という全く知識もない

訪問販売業を体験したからだ。

 

どんな仕事であっても、その仕事を理解してくれるための努力をして、

それが必要な人を探すことが必要なのだ。

セールスマンの基本的な要件は、

仕事を続ける意識を持つことだと私は捉えている。

何故ならば、すぐに売り手責任を放棄する人から買いたい人は少ないからだ。

 

売れない商品を売る努力をして初めて、

売るためにはどんな作業が必要なのかを理解出来る。

また、人々がいかに商品を無意識に選択しているのかを感じることができる。

 

当たり前のように存在している仕事はすべてみんな、

始めた人もしくは受け継いだ人が、売れる努力をして今日存在しているに過ぎない。

そのことを思い描くことができる人だけが、新しい仕事を創り出せるのではないだろうか。

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経済 | 20:42 | comments(0) | - | - | - |
職場の同僚と呑んでいますか?もしくはご飯をご一緒してますか?

昨夜は、職場の先輩と二人でお酒を酌み交わしておりました。

今の会社に勤めて3ヶ月、もっと早く意見交換するべきでしたが、

私が思うにベストなタイミングをチョイスして居酒屋に向かいました。

 

先輩は入社時期がわずか先であることは置いておいて、

20年以上の人生経験が豊富であり、土地のことは非常に詳しいわけで、

職場で今置かれている状況が、決して本人のポテンシャルを

全面に汲んだものではないはずだと大口を叩いてしまいました。

 

俺よりも遅く入ったお前が言うなと批判されてもおかしくないところですが、

先輩は迎えにいらした奥さんに何度も「今日はいい酒だった」と零されていました。

なんと、お代まで払っていただいたにも関わらず・・・・。

 

私は、社会人デビューした広島時代、職場の先輩に週に3回近く

夜ご飯を食べに行こうという名目で、ビールをご一緒させていただきました。

もちろん仕事の愚痴もその場で出てくるのですが、

具体的な仕事に対するアドバイスもたくさんいただきました。

 

そして、その積み重ねによって自分自身への信頼をいただき、

先輩のお仕事に同行させていただきながら、

どうやってお客様の心を掴んでいくのかを実地で学ばさせていただきました。

 

先輩にとっても後輩を連れ出すのは、決して楽なことではなかったと思いますが、

後年、先輩にあの時期はこれまでの仕事人生で一番楽しかったと、

最大級の賛辞をいただきました。

 

そう考えると、今の職場では仕事を共にする仲間が皆一緒に、

プライベートで出かけることはそんなに多くありません。

 

もちろん、仕事は仕事、私生活は別だという考え方もあります。

けれども、ある人の強みとか弱みとか、仕事という緊張感のない場所でこそ、

明らかになる要素もあるのではないでしょうか。

それを理解した上で、仕事に一緒に取り組めば、チーム全体の効率は上がるはずです。

 

少し古いプレジデントオンラインでの記事ですが、

稲盛和夫氏が創業された京セラでは、社内コンパを推進しているという内容がありました。

http://president.jp/articles/-/14817

あれだけの規模の大企業ですら、日本的な繋がりが大切だと世界中の社員を集めて、

定期的に飲みニケーションを行っているのです。

 

中小零細企業になればなるほど、

一人一人の仕事に対する会社全体への影響力は大きくなります。

 

様々なミスで仕事に対する落ち込みをなくしている時に励ます機会、

逆にプライベートで良いことがあった時に喜びを分かち合う機会、

仕事がなかなか進まないので辛いからこそ、社員の奮起を誓う機会、

飲み会の効能は、その時その時で異なりますが、

参加メンバーの喜怒哀楽を共有する時間であるはずです。

 

私は今の職場でも、過去の職場でも、社長とお酒を飲みながら、

たくさんの昔話を聞きました。

仕事がうまくいかなかった時どんなことを考えていたのか。

今ここに至るまでに誰が助けてくれたのか。

日頃は飄々としている姿に見える社長も、いろいろな苦労の末に今がある、

そんな当たり前の事実をわかった時、髪の毛が・・・・・・(以下自粛)

 

中小企業においては、社長の考え方が会社の考え方に近くなるのは当然です。

だからこそ、目先の仕事への指示を一旦脇に置いても、

社長の考え方を社員に伝える機会は本当に重要です。

 

また、もしも社長への考え方を理解出来るベテラン社員さんがいるならば、

その人を伝導者にして社員に伝えていくのも有効でしょう。

 

フィロソフィーとかクレドとかそんな用語を使わずとも、

長い時間続いている企業は必ず取り組んでいるはずです。

仕事の場面以外に、社員全体がまとまるためのきっかけ作りを。

 

会社はどこを目指していくのか、そして一人一人の社員はどんな強み弱みがあるのか。

これをじっくり話し合うにより良い機会は飲み会の席ではないでしょうか。

別にアルコールは必須ではありません。

 

宴席で誰が皆のことに気を配っているのか、誰が良く食べるのか、

頼むものにコスパを考えるのは誰なのか。

そこからつかみ取れる情報は本当に無限大です。

 

給料がどんどん上がっていく社会が右肩上がりの高度成長期ですら、

中小企業では一杯やっていくかと赤提灯に集っていたわけです。

 

今では、給与という人参で釣れなくなっているこのご時世です。

職場のモチベーションを上げるために、まずはチームメンバーの

言いたいことを共有出来る場所作りとして、飲みに行くことの意義を考えてみませんか?

 

居酒屋シルクロード

 

もちろん、この文章は特定の人に向けているわけではありませんが、

社長とか部長とか課長とかチームリーダーとか、

組織を率いている方向けに書いたつもりです。

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経済 | 07:45 | comments(2) | - | - | - |
思ったことをそのまま言うことの難しさは必ず克服できる。

標語

 

数日前から考えさせられている。

自分の気持ちを率直に告げることが出来ることがどれほど恵まれていることなのだろうかと。

世の中には言いたいことが言えない人々が沢山いる。

かといって、自らが思ったことを何の責任も持たずにペラペラと放言するのも何か違う気がする。

要するにある程度の「空気を読む」必要性を感じるわけである。

しかし、空気を読むにしても、自分自身の気持ちに不正直のままに、

思ってもいないことを周りに伝えていたら、いつかは思いと行動にズレが生じるだろう。

だからこそ、身の回りの『空気』と、今の自分の気持ち、

そして身の回りと自分自身の本来あるべき姿をよくよく考えた上で、意見表明すべきなのだろう。

ただし、考え過ぎていると、意見表明する機会を逸してしまい、

すでにその意見が無意味になってしまいかねない。

 

夏目漱石時代から、日本人が自らの意見を持っているにも関わらず、

それを素直に表明出来ない人々が悩んでいる事実が、

良いのか悪いのか迷いを吐露する人は絶えない。

明治の文明開化は、欧米の個人主義を輸入したので、

一人一人が意見を表明することの意義を「学問ノススメ』によって強く訴えられた。

そこからかなりの時間が経つけれども現代の日本人でも、

周りの人との調和を気にして、あまり自分の意見を主張しない人が多い。

しかし、本当にそれが自分自身のためになるのだろうか。

 

私は思うのだ。 日本国民統合の象徴である、

天皇陛下に学ぶことが沢山あるのではないかと。

天皇陛下は、自らの意思を広く国民に表明された。

そのことが政治的に取られると、自らの行為が憲法を犯してしまうために、

意見を幾重にもオブラートに包みながら。

 

天皇陛下は、皇后陛下とともに皇太子時代から、

世界各地の戦争跡を訪れ慰霊を行い、 日本各地の災害被災地を訪れ被災者を励まされた。

膝を折り、その土地の人々と同じ目線に立たれて。

 

その一方で、自らも宮家以外からお妃を入れられ、

子息にもその行為を認められ宮家の恋愛のハードルは確実に下がった。

今でも運転免許証を持ち、自らでシビックのハンドルを握られていた。

 

自分自身の行動を束縛されざるを得ない宮家という存在のリーダーである天皇陛下は、

自らが生きる権利を得るために不断の努力をなさっている。

まさに、日本国憲法を体現されていると言ってまったくおかしくないのだ。

権利は、それを主張することで初めて効果を発揮する。

黙っていても何も得られる保証はない。

 

天皇陛下は、自らの意思を表明されるとともに、

思ったことを言うことの大切さを国民に伝えようとされているのではないか。

 

少子高齢化により日本中で人口が減り続けるなか、

日本銀行が市中から証券を購入するというイレギュラーの行為を行って、

どんどん国債を引き受けるために、その発行額に歯止めが掛かからない。

結果として、政府として何が本当に最もやりたいことで、

何をやらざるべき事なのか国民に分からなくなりつつある。

 

思ったことを誰かに表明するためには、自分自身で何が伝えたいのか、しっかり考えることが必要。

伝わらない内容をどれだけ告げようと、誰もそれを受け取ってくれなければただの徒労に終わる。

 

私はこう思う。

その結果、これがやりたくてこれが出来ない。

だから誰々にどうして欲しい。

まずはこのフォーマットをマスターすることから始めれば、

思ったことを少しずつそのまま言えるようになるのではないでしょうか。

もちろん誰にでも意見表明することは困難でしょう。

だから始めは、一番気持ちを伝えやすい相手に対してボヤいてみることからで良いのです。

ただし、そこで立ち止まってしまったら、あなたを擁護してくれる人は増えていきません。

他の人があなたの意見を確かに納得できると認めてもらうには、

誰かの想いが含まれていなければなりません。

みんなが自分勝手に意見していても、特定のグループはまとまりませんから、

複数の人々のためになる意見でなくては大勢に広まりません。

少しずつ、少しずつ、日々の練習を積み重ね、

オリンピックに向けてタイムを縮めていくアスリートのように、

私の言いたいことを伝える練習をやってみましょう。

 

天皇陛下が自らの意思を伝えられるのに、

どれほど苦慮されているのかを考えながら。

http://www3.nhk.or.jp/news/special/japans-emperor/

 

社会 | 06:30 | comments(0) | - | - | - |
右耳に現在、左耳に歴史、右目に田舎、左目に都会を意識して今を生きる。

私は、長崎県の波佐見という焼き物の町で、

4月末から暮らし始め、5月上旬から陶磁器製造職人の見習いをしています。

月曜日から土曜日までほとんど職場にて立ちっぱなしですが、

同じように春先から波佐見で働いている方に比べれば、

かなりの職場以外の方と接していると自負しています。

 

電話やLINEでのやり取りを含めると、東京・波佐見合わせて、

金曜日夜から日曜日夜にかけて15人以上の方と5分以上会話しました。

(8割以上は呑みながらなので内容は濃くはないですが・・・)

職場、これまで仕事してきた同僚、これから仕事で関わる人々、波佐見の人々など、

そのやり取りはかなり広範囲に及んでいるはずです。

 

会話の内容は、仕事に関わるものが多いのですが、

その内容もこれからのこと、これまでのこと、

私が知っている範疇のこと、直接は知らない歴史的なこと、様々です。

 

私は、幼い頃から歳上の方のお話を伺うことに全くの抵抗がなかったので、

35歳の今になっても、数々の先輩から多方面のお話を伺うことは、

楽しくして仕方ありません。それが自らの血となり骨となることを疑いませんので。

 

表題にあげた通り、過去現在(将来)、都会田舎、様々な視座を持って、

人々と会話をしていくと、一つ一つの単調な話題でも深みが生まれてきます。

 

会話とはキャッチボールなので、誰かが投げたボールに対して、

適切なボールを投げ返さないとそのラリーは続かない状態となり、

面白いだろう会話もどんどんつまらなくなってしまいます。

 

また、自分よりも年下の人に会話する機会がそんなに多くのないので、

気を抜いてしまうと、偉そうに上から目線での会話になってしまう点は、

要注意であることは会話をした翌日に反省しています。

 

東京で9年以上生活してきて、それまで接点を持たなかった人と、

いかに関係性を築いていくのかというスキルは多少身につけたつもりです。

それを田舎である波佐見でもしっかり活用しつつ、

飲みニュケーションが必要不可欠である田舎なりの人々の繋がり方を

しっかり意識しながら、波佐見生活4ヶ月目の日々を送っています。

 

 

たくさんの人が都会から田舎に生活の中心を移して、

自分の境遇を理解してくれないと悩みを抱えていることでしょう。

ちなみに、私は波佐見に生活の拠点を移してそんな悩みは一ミリもありません。

 

なぜそんなことを言い切れるのかといえば、一期一会という言葉を

強く意識して、一瞬一瞬に意識を集中しようと思っているからです。

 

初めて出向いた飲み会の席ではとりあえず、

美味しいお酒や食べ物に意識を集中して、

何かしらの接点がありそうな一人の参加者との会話を

一生懸命こなしてみようと注意します。

 

一人と深く仲良くなれたならば、必ずその人のお知り合いに接する機会が生まれます。

しかし、不特定多数の人々と浅い関係になったとしても、

改めて知人を紹介しようというレベルに達するのは困難の極みでしょう。

 

まずは自分が立っている目先にどんな感動があるのだろう、

その意識に忠実になって、一つ一つの出来事に意識を集中してみる。

そこで出会った人々に、その想いを自分なりの表現で伝えてみる。

 

そこから出会いの深みが生まれてくるのではないでしょうか。

 

私は13歳で新聞配達を始めることで仕事人のキャリアをスタートしました。

そのきっかけがそうさせたのかはわかりませんが、

決まった一つの世界でも色々な可能性が広がることを強く信じています。

 

ビジネスチャンスがないないと嘆く前に、

自分が出会っている普段の出来事をしっかり掘り下げてみてはどうでしょうか。

 

歴史的に見て、将来的に見て、ビジネスとして見て、プライベートとして見て、

どんなプラス面・どんなマイナス面を持っているのか、

視座を変えてみると、案外気づかなかった価値に気がつくかもしれません。

 

特に人間はそれが濃厚に言えます。

ある仕事では十分なポテンシャルを発揮できない人であっても、

ある側面では、その人にしか成しえない成果を生みだしたりします。

 

多様な価値観は、多様な可能性を見出します。

限定されてた閉ざされた価値観では、どんな底力がある人でも、

ある瞬間的な結果だけで判断され、本来の持ち味を見つけることは困難です。

 

今日よりも明日は絶対に楽しい1日になる。

そう心に強く意識を持って、出会う出来事を多面的に考える癖を身につけたいものです。

それこそが、自分自身の可能性を高めてくれると私は信じています。

 

以下の写真は、2016年7月3日に仏画家である中田恭子さんと16名の画家によって

波佐見町の水神宮に奉納された天井画です。

華やかで、非常に力に溢れた素晴らしい作品でした。

水神宮天井画

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