黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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「理想の死」1905年6月22日 菊竹六皷 福岡日日新聞論説
以下文章は、木村栄文著「記者ありき」より引用。
どうしても、このブログに綴っておきたかったので、メモ代わりです。
 
「花の下に春死するも理想の死なるべし、
巌頭に所感を書して飛瀑に投ずるも理想の死なるべし。
されど、かくの如きのいわゆる理想の死なるものは、世を棄て世に棄てられたる、
要もなき望みもなき出家者流の虫のよき注文のみ。
宇宙と人生と社会と人間とを誤解悲観したる末の自暴のみ。
風流はあらん、同情は価いすべけんも、光輝ある尊敬すべき理想の死にはあらず。
社会は空想にあらず実際なり。人生は素見にあらずして真面目なる一大目的を有す。
この真面目なる人間の実際社会における理想の死とは、正にその本務に斃れ、
職務に殉ずるものなるべからず。
人、必ずしも寿命ならずして死すをも須いず、ただ高尚優婉なる理想に生くるべきのみ。
然れども死せば、願わくば理想の死を死なむ。
吾人に突如としてこの言あるは他なし。吾人は我が福岡において、
近く四日以前において、光輝ある崇高なる理想の死を見たればなり。
鉄道踏切の一少女お栄によって示されたる一例が、吾人を感激することの
あまりに劇しければなり。そも少女お栄とは誰れ、
而して彼女は如何にして死したるか。請う、少時事実の概要を語らしめよ。
少女お栄は福岡市外堅粕村松園の鉄道踏切に旗振りを務めとする
山崎某の次女に生まれたり。彼が崇高なる死の実例を示したる六月十七日は、
あたかも少女の母某が病死後三七日の仏事を営みし日とて、
父と姉とは仏前に参じて在らず、すなわち今年わずか十一の少女お栄は
健気にも紅白の旗採りて、その日信号の務めには就きたあるなり。
同日、午後六時三五分、篠栗行列車が黒煙をあげて進み来たりしとき、
少女は驚けり、線路に通行する人あるを認めたり。
かかるとき人と列車とに注意し警戒するは、正に少女が父と姉の当面の職務なりしなり。
而して、父と姉とにかわりてその務めにつきたりし少女が双肩の重任なりしなり。
彼女は呼べり、旗十字を振りたててつつ呼べり、列車来たる!列車来たる!
危険なり、避けよさ避けよと大声に呼べり、しかれども何事ぞ、
人はなお知らざるもののごとし。
列車は容赦なく轣轆として来たる。今は猶予すべきにあらず、
少女はたまりかね身を躍らして第三踏切より第四踏切に進み行けり。
旗振りたてつつ、小さき声を振り絞りつつ、大胆にも進み行きたるなり。
列車来たる、危険なり避けよ避けよと旗振りたてつつ、
小さき声を振り絞りつつ進み行きたるなり。
少女は人を危険より救わんとして、身の人よりもなおさらに
危難に瀕せるを忘れたりしなり。否な、彼女は自己の危難を念とするには
あまりに職務に忠実なりしなり、あまりに人を救わんとするに急なりしなり。
皇天に謝す!彼女の最後の一声はついにひとりを惨死より救えり。
しかれども何事ぞ、彼女は遂に職務に斃れぬ。
行先長き彼女は、わずか十一年の生涯をもってその生命を未来に移せり。
吾人が筆に心悸を震わしつつ、一篇、理想の死と題して世人に紹介せんとする
少女お栄が高崇なる死の顛末はかくの如し。
吾人は、かつて英文読本において、少女ケートの伝を読んで
小さき胸を躍らせたることあり。而してこの読本を有する国民を羨ましことあり。
しかれども、今やさらに心悸の劇するを覚えつつ、
眼前の事実をとってわが福岡県民とともに世人に誇りうるを悦ぶ。
可憐なる一少女お栄を有したりしことは、永遠にわが福岡県民の誇りなり。
広瀬中佐を出さざりしことは決して福岡県民の恥辱にあらず。
東郷大将を出さざりしは福岡県民絶大の恨事にはあらず。
しかれども、一少女お栄を出したりしことは福岡県民永遠の誇りなり、名誉なり。
ああ、少女お栄!記者不幸にして口唇韻なく、襟懐また詩なし。
晦渋の筆ついにこの一大文章一大詩篇を眼前にして、
これを美化し、詩化し、讃美謳歌するあたわざるを憾む。」
 
踏切事故で父と姉の代理を務めて、信号手を代理して亡くなった
十一歳の少女の事故記事を知り、まだ論説担当して間もなかった、
菊竹淳が記した論述記事です。
木村栄文氏も諳んじて言えるくらい何度も目を通したそうです。
肝に銘じていたいと思います。同じ福岡県の人間としても。
JUGEMテーマ:ノンフィクション
評価:
木村 栄文
朝日新聞社
---
(1997-05)
コメント:こんなメディア人が存在したことだけでも知ってほしい。

木村栄文 | 00:29 | comments(2) | - | - | - |
飛べやオガチ 木村栄文 RKB 1970

オーディトリウム渋谷にて2月11日から開催されている、

公開講座 木村栄文レトロスペクティブに行き始めて、

三週目にして、やっと9プログラム12作品を見終えました。

加えて、今回公開されていない作品を2作品横浜の

放送ライブラリーに鑑賞してきました。


福岡県に産まれ育って、飛行機が好きな私の独断ですが、

その中では、「飛べやオガチ」が一番お気に入りの番組でした。


放送されたのは1970年ですが、実際に撮影されたのは、

1960年代後半が中心となっているため、

まだまだ日本が高度成長の真っ最中であった時代です。


第二次世界大戦まで1000人もの工員をかかえる前田航研という

福岡の航空機生産会社の社長である前田建一氏が主人公です。

彼は、終戦後占領下で、会社の飛行機をすべて失い、

趣味でもあったグライダーを触ることができない事態である、

民間航空研究すら禁止されていた時代を乗り越えて、

1960年代を高校講師として、生徒と人力飛行機制作に没頭します。


航空工学を指導する講師でありながら、飛行機製作が佳境にさしかかると、

仕事を放って、自宅隣にある製作所にはりつき、寝食を忘れ、

高校生のケツをたたいて、飛行機作りに没頭しました。


息子は冷たい目で見、同僚にはあきれられつつ、

前田さんが飛行機を作るときの目はいつもキラキラ輝いていました。

作業開始から三年をかけて、ついに飛行機が完成し、

競輪選手をパイロットとして、飛行に挑戦します。


しかしながら、事前に生徒に発破をかけていた、

「俺の設計図通りに作れば必ず飛ぶ。」

その言葉は幻となり、一号機が宙を舞うことはありませんでした。


その後も、チャレンジは続きますが、これから先は、

本作品をこれから見る方のために書きません。


このチャレンジの失敗後、前田さんと一緒に人力飛行機作りに没頭した、

第一世代の高校生たちは、社会人として福岡を離れていきます。

彼らは、その後帰省していましたが、三菱重工の社員になっていました。


仮に、1968年の18歳とすれば、今62歳になられるはずです。

現在、三菱航空機という三菱重工発の会社がMRJの生産を開始し、

間もなくYS-11以来、純国産機が日本の空を舞うことになります。

http://www.mrj-japan.com/j/


憶測でしかありませんが、前田さんの遺伝子が、そこにあるとすれば、

小さな失敗が、大きな憧れになり、現実になったと言えないでしょうか。


前田さんが挑戦を開始した1960年代、

人力飛行機で世界記録は100m以下の飛行距離だったそうです。

当時、前田さんはこの世界記録を大きく塗り替えようと励んでいました。

ちなみにその後の、前田さんと福岡第一高校の記録はこちらを参照ください。

http://www.fsinet.or.jp/~active-g/ogatismox.pdf


そのまた前の前田さんが飛行機にはまるきっかけになったグライダー作り。

この詳細データについても、西日本航空協会(現九州航空宇宙協会)の

ウェブサイトに掲載されていました。

http://www.geocities.jp/wjp_glider/what/index.htm


この番組での前田さんは、病を抱え、歩くこともかなり苦しい状態にありながら、

飛行機を見つめる目は、常に少年のように爛々としていて、

飛行場では、病人とはとても思えない状態で飛行機に寄り添って走っていました。


高度経済成長期は、過去の話のことだと批判するのは簡単ですが、

こんなに目が爛々としている10代の子供に負けない60代が、

今日本にどれだけ存在しているでしょうか。

これだけでも、非常に羨ましく感じて、

自分自身もそうありたいものだと強く思いました。


栄文さんの作品には、女性を描いたもの、男性を描いたもの、

どちらも多数存在しています。

だからこそ、見る人によって好きな作品が異なるはずです。

何しろ、その表現方法も作品によって全く異なっていますから。


けれども、どの作品も、放送されてから長い年月が経っていても、

通用する普遍性が盛り込まれていて、飛べやオガチでも、

放送後40年を超えても、ワクワクを私たちに伝えるのに十分なのです。


こんな映像の作り手に出会えてよかったとともに、

前田のおじいさんに画面を通して出会えたことに非常に幸せを感じます。


飛べやオガチについて素敵なブログを発見したので、思わずご紹介。

http://plaza.rakuten.co.jp/kajiya/diary/200807030000/

JUGEMテーマ:ノンフィクション

木村栄文 | 22:41 | comments(2) | - | - | - |
もういちどつくりたい 〜TVドキュメンタリスト・木村栄文の世界〜鑑賞
最近、木村栄文をかじっている。

レトロスペクティブに行き、テレビ番組11作品を鑑賞し、

著書2冊を読了し、インタビュー記事数本を読んでみた。

そして、木村氏と仕事を共にした関係者周辺の方のお話を聞く機会に恵まれた。

しかしながら、まだまだ木村さんの表面にも触れられているように思えない。

彼が描いた家族、日本社会、そして世界、

やっとこさ、その雰囲気を匂っているくらいなのではないだろうか。

昨夜、菊竹六皷の生涯を描いた著書「記者ありき」を読み終わった。

そして、今晩、NHK ETV特集「もういちどつくりたい」というタイトルの、

木村栄文氏の最期の映像作品を作る過程を描いたドキュメンタリーを見た。

彼は、自らが主人公であるドキュメンタリー番組ですら、

その写り方を強烈に意識し、プロデュースしようと終始した。

パーキンソン病という重病に冒されながらも、

作品を常に作り続けるべく構想を練り続け、制作活動を止めなかった。

私はたまたまドキュメンタリー映画という世界に、少しだけ興味を

持ち始めたときに、木村栄文氏の作品に出会った。

初めて作品を鑑賞して、生まれ育った方言が縦横無尽に使われる

涙あり、笑いありのストーリーに惹かれて、

一作品ずつ自然に重ねてみてしまっていた。中毒化した。

しかしながら、決して何作品重ねて見ても飽きることを覚えない。

著書を読んでも、味わい深く、その取材力には感服せざるをえない。

表現者としてのモチベーションがどこにあったのか、私は知らない。

しかしながら、間違いなく言えることは、彼の作品に触れればふれるほど、

なぜか、肩の力が抜ける瞬間に気がつく。

決して、分かりやすいストーリーで、

視聴者を励ましている番組ではないにもかかわらず。

渡辺孝氏は、「もういちどつくりたい」で、木村栄文の作品、

彼の家族、そして彼自信の内部に迫っていった。

彼は、病に苦しみながらも、鋭い目線や、笑顔、ユーモアをきらしていない。

私にできることなんて、栄文さんの風下にもおけることがないくらい、

昭和の男をただただ尊敬するだけである。

しかし、遠すぎる存在だからこそ、惹かれてしまう。

何か、近い存在であるように、彼が自らをさらしているからかもしれない。

私たち、三十代や二十代の人間に、木村氏が伝えるものは大きいと思う。

そして、何かを感じ取って、社会にそれぞれの足跡を残す意義も大きいはず。

私は栄文さんから何をえたのか、これから長い旅が始まる。

JUGEMテーマ:ノンフィクション

木村栄文 | 00:57 | comments(0) | - | - | - |
「まっくら」で木村栄文は突き飛ばされることが癖になった・・・。
「表現者の自由 映像の力と責任をめぐる対話」より 
日本放送労働組合 編 現代人文社 2004年7月 
映画監督原一男氏との対談。 
コーディネーター 境真理子氏
 
[境]原さんも『ゆきゆきて、神軍』のときに編集マンとずいぶんやりあったそうですが、
やはり現場のやり取りで、原さんと木村さんはどこか重なるところがありますよね。 
さきほどの『あいラブ優ちゃん』の話でも、「私」の捉え方などが重なります。

 [原]その点ではこの作品より二年前の『まっくら』(73年)ですよね。 
もっと顕著に、「○○という役割」をきちっと演じている。 
栄文さんが白石加代子さんに川に放り込まれるシーンがあるんです。 

報道陣をみずから劇画化したような記者の役を栄文さんが演じて、 
栄文さんはそのとき非常な快感を感じたそうです。 
『祭りばやし』の風呂場のシーンも、言うなればその名残ではないかと思うのですが。  

木村]『まっくら』のときは、出演者である常田富士男さんの機嫌が悪いんですよ。
栄文さんがやりたいことがわからない。何がやりたいのか、意味がわからないと。
わからくないいからやってくれと言って、こちらも喧嘩腰ですよね。

常田さんがラストシーンで、トロッコに乗って「月の砂漠」を歌いながら
坑道を下っていきます。そのシーンを撮ったあと、もう眠れないわけでしょう。朝も早いし。
眠らないで、もうほとんどフラフラしながら野道を歩いていたら川があるので、
何かやってみたいなと思ったんですよ。

それでカメラマンに、「ここで俺が思いきり、
型どおりの放送記者のインタビューをしてみる。
それで白石さんに突き飛ばされる。そしてあとは任せる。もう演出はなし。
自分の考えで回してくれ。」と。

つまり、「炭坑も潰れて、失業者が出て、地元のみなさんは大変でしょうと、
それについてご意見はどうこう」やったわけです。 
そうしたら白石さんが、僕の襟首をつかんで川に放ったんですよ。
用水路なんですが、水深も知らずに。水中に土管があって、
もう少しで頭を打つところでした。 

飛び込んだときに眼鏡をなくしているんですよね。
眼鏡なしで這い上がってきながら、何を次に言えばいいかということを
もがきながら考えるんですよ。考えながら、ああそうだ、
「俺は何も悪いことは言っていないよ」と。
これはいいと思って、それを言ったのです。
また突き飛ばされる。それが病気になった、癖になりましてね。
(p82-p83 人間の弱さと強さより)
 
JUGEMテーマ:ノンフィクション
評価:
---
現代人文社
¥ 1,995
(2004-07)
コメント:ノンフィクション映画をある程度見た人にとっては副読本になるだろう、制作者の視点。

木村栄文 | 01:13 | comments(0) | - | - | - |
憲政の価値 菊竹六皷(木村栄文 記者ありきより)
 1932年5月21日付福岡日々新聞論説「憲政の価値」
菊竹 六皷 (文章は「記者ありき 木村栄文著より引用)
憲政の価値
いかなる恩恵も、なれることの久しきにわたるにしたがって有難味を感ぜなくなる。
徳沢の性質程度が大きければ大きいほど、えて感謝の心薄らぐのが人間の習性である。
その恩恵の中絶し、その徳沢の休止するにおよんで、
はじめて愕然として本然の我にかえり、過去のそれを懐かしくありがたく思うのが、
これまた人間の通癖である。
時局多端政界惑乱の際、いまさら人間性のいかんを穿鑿するのも適しくないが、
ただ方今の世相人心はいささか、かかる閑是非を想起するの必要がないではない。
今日の場合、挙国一致内閣非か、単独政党内閣是か、それは今しばらく論外とする。
問題は我が国民は今一度、厳正にふりかえって、
まともに立憲政治の真義を再吟味するの必要があることだ。
もちろん我が九千万の国民は一人たりとも、
明治大帝の天地神明に誓わせ給うた五ヶ条の御誓文や、
それに発源する帝国憲法の嚴乎たる大精神を疑うものはない。
その炳乎日星のごとき大旨議をかりそめにも争うものはありえない。
この点において御誓文や憲法は、まさに文字どおり千歳不麿の大典であり、
永久不滅の金字塔である。
ただ近年、我が社会の一部においては、一種の政治的社会的な狂瀾怒涛が、
しきりに起伏しつつある。
その淵源は我が民族の国家不安や経済不安、
その他種々の事情に尋ねるをうるであろう。
しかし、その中のもっともあらわな一つの原因は、
立憲政治に対する国民的信念の喪失、
少くもその動揺に根ざすものであることは否むことができない。
この立憲政治に対する国民的信念の動揺、
欠乏はなにによって来たったか。
論者はただちに政党の不信、選挙界の腐敗、議会の堕落を数うるに躊躇しない。
政党の一大改革を要すること、選挙界の一大廊清を必要とすること、
議会の一大向上を期せねばならぬことは、
現に我々の眼前に呈された火のごとき客観的事実である。
しかし、これあるがゆえに立憲政治を捨てて、他の政治様式、
ことに近時流行物たるいわゆるファッショ政治様式の礼讚に走らんとするがごときは、
思わざるものはなはだしきものであり、
いやしくも思慮ある国民の、
断じてとるべからざる態度であると言わなければならぬ。
立憲政治の生命は何か。一言にして言えば、
国民の自由尊重であり、その権利公認である。
いわゆる憲法上の三大自由や八大権利など、
くがくだしく詮議だてするを要しない。
ただ、憲法において保証せられた人民の自由制度、
近代国家の原理となっている自由制度寛容の精神、
これは実に立憲政治の持つもっとも根本的な意義であり、最上第一の価値である。
自由は実に人間生命のもっとも尊い要素であり、
否、生命はそのものであるといえる。
よし立憲政治に百千の弊害ありとしても、
この利益は他の何ものにもかえがたき、またかえるを許さない宝である。
利弊は物の両面である。ただ利弊いずれが大なるかが問題であるにすぎない。
立憲政治に伴う許多の弊害は、断然これを矯正すべし、
その宝物的真生命は、あくまでこれを擁護しなければならぬ。
たまたまその局部に欠陥あるのゆえをもって、
根本の価値を否定することは、きわめて不合理であり、幼稚な考えかたである。
ファッショとは何か、種々の解説、解釈があるにしても、
その究極するところは、要するに独裁の政治、抑圧の政治、
強力の政治であるというに帰する。
その反面を言えば、人民自由の否定であり、寛容なる精神の破滅である。
種々の言辞や説明をもって粉飾するにしても、
正体は分明、ファッショ政治の真髄は断じてこの範囲を出づるものではない。
これ、あに我が国の社会を挙げて、
憲法発布以前の状態に引戻さんとするの企てではないか。
官僚専制、閥族専制、
さらにさかのぼっては封建抑圧の政治に逆転せしむることを意味するのではないか。
今の政治政党に愛想をつかしたことの一点から、
反動的に、一も二もなくファッショなるものに
万一の期待をかけようとするものがあるならば、
それはこの上もなき無思慮分別な、
政治常識を欠如したものと言わなければならぬ。
真に国家の隆昌と人民の幸福を念とするものの再思三省を要するところである。
木村栄文 | 01:07 | comments(0) | - | - | - |
木村栄文インタビュー1998年4月「美しくて哀しいものを描いてきた。 僕のドキュメンタリーは、エッセイ風なんです。」
 木村栄文インタビュー

「美しくて哀しいものを描いてきた。

僕のドキュメンタリーは、エッセイ風なんです。」

聞き手ー西田 節夫ー

放送文化 1998年4月号 p64-p67

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

独特の作風とよく言われますが、木村さんご自身のドキュメンタリー感を

(以下インタビュー締め部引用)

ドキュメンタリーというのは、

本来は行方知れずに追いかけていくのが神髄だと思うんです。

結論より先に何が起こったんだ、追いかけてみようじゃないか、

というのが本当に面白いんです。

その点、僕は後ろ向きだと思うんです。

僕の場合はエッセイみたない感じになる。

つまり、構成物だから末尾は予定できるわけで、

この末尾をめざして、その間に曲折はあっても、

最後は感動的に美しく終わりたい感じがあるんです。

しかし、上っ面なものではなくて心にしみるような。

ところが、こういう行き方は、調査報道型の

ドキュメンタリーにはかなわない。

例えば、ペルー大使公邸人質救出事件の番組の

あれの現実のすごさというのは圧倒的でしょう。

例えばコンクールみたいなところでぶつかると、てんから勝負にならない。

だから、僕がいまからRKBのドキュメンタリーの若手に欲しいのは、

心にしみるような叙情派と、追っかけ型のテーマ屋と、

政経や科学に強いやつと、娯楽的なものを作れる腕きき。

この4人がそろえば、天下無敵とはいいませんが、10年はいけると思いますね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(以上引用終わり)

木村栄文氏の映像作品や、著書を読んでいるとと、

すべて賞讃していたり、すべて憤っていたり、

一つの感情で、主題を描かれているケースは少ないように感じる。

そこに描かれている人が、木村氏が英雄視している人であれ恥部に触れ、

水俣病のように暗いテーマであっても、笑顔をちりばめた構成を組み立てている。

上記のインタビューをはじめ、木村氏は、「美しくて哀しい」ものは、

人々の心に普遍的に響くものであるという持論にこだわり、

数々の作品を世に残したテレビディレクターでした。

その副次的な効果として、彼の番組を見た視聴者は、

それぞれがそれぞれの視点から、賛否両論を感じ、そのことで、

社会に対しての問題提起を生み出す種を蒔くことが、

木村氏のジャーナリストとしての使命感ではなかったのだろうか。

私は、木村氏が書いた、「記者ありき」「記者たちの日米戦争」にて

描かれたジャーナリストを読んでみて、そのように感じた次第です。

木村栄文さんの作品をこれまで、以下見てきました。

A飛べやオガチ/57分 + いまは冬/35分 合計92
B鉛の霧/41分 + まっくら/ 48分  合計89
C苦海浄土/49分 + あいラブ優ちゃん/48分 合計97
D記者ありき 六鼓・菊竹淳/ 86
Fむかし男ありけり /85
G絵描きと戦争 /92
H桜吹雪のホームラン 〜証言・天才打者大下弘〜 /77
I記者それぞれの夏〜紙面に映す日米戦争〜/81

いずれも、異なった視野で作られている番組ですが、

泣けるし、笑えるポイントがきちんと含まれています。

E鳳仙花〜近く遙かな歌声〜 /72分 は今週末鑑賞予定です。)

以下の記事で、木村氏は、もうやり残したことはないといいながら、

やっぱり撮りたいものがあると最後まで執念を燃やした木村さん。

日本記者クラブ 会員ジャーナル 2004年6月
「作れなかった企画」木村栄文
http://www.jnpc.or.jp/communication/essay/e00022345/

私は、まだまだこれから、

どんどん木村栄文ワールドにはまっていきたいと思っています。

そこに何があるのかはわかりませんが、少なくとも、

木村さんが、ここが面白いんだよと教えてくれるような気がしています。

JUGEMテーマ:ノンフィクション

木村栄文 | 00:12 | comments(0) | - | - | - |
記者ありき六皷・菊竹淳 木村栄文作品鑑賞
この作品は、三国連太郎が昭和初期まで福岡で
新聞編集者を務めた菊竹淳を演じる
ドキュメンタリードラマ(適当な言葉)です。
この作品は、菊竹に直接接した人々にインタビューを行いながら、
現代の新聞記者に、
三国扮する菊竹が様々な言葉を投げかけていくという、
なかなか珍しい表現方法によって、
菊竹が感じたであろう感情を視聴者に訴えています。
菊竹は、20を超える歳の離れた兄が地元の首長を務めたこともあり、
政治を非常に身近に感じながら、社会的な視野を身に付け成長します。
若くして編集局長に就任するのですが、
その時代は、日本が軍国主義化を進めていく時代に重なります。
彼は、徐々に軍部に屈伏していく新聞の時勢に乗らず、
クーデターにて政権中枢を狙う動きを
痛烈に批判する論説を書き続けます。
特に515事件への軍部批判には、
多数の記事反対派からの圧力がかかり、
家族も生命の危機を感じる事態に直面します。
しかしながら、時代の趨勢に抗うことは難しく、
葛藤を重ねながらも、徐々に立場を追われていきながら、
昭和12年にその生涯を終えます。
菊竹の生涯を描きながら、
木村栄文氏はきっと、少しずつ表現が固まりつつある
テレビ業界への危惧を訴えたのではないか
と言うのが私なりの感想です。
今日の作品鑑賞前に、別作品後のトークにて、
森達也監督は、晩年の作品はつまらないと指摘されていました。
私は、テレビの時代趨勢を深く知りませんので、
具体的な賛否はできませんが、なるほどと思いました。
確かに、スパイスは、初期の木村栄文作品こそ、
たっぷり振りかけてあることは感じます。
その自戒も、栄文さんは、この作品に込めたのではないでしょうか。
新聞記事を暗喩として。
それにしても、凄い作品です。
西日本新聞の副社長と、六皷(三国さん)が対談するシーンなど
なかなか見ものです。
その主張は別としても、
メディアに関わる人には是非見て頂きたい作品だと感じました。
ちなみに、昨日今日と以下の木村栄文作品を鑑賞しました。
飛べやオガチ、いまは冬、絵描きと戦争、
桜吹雪のホームラン、記者それぞれの夏
やっぱり、どの作品も描き方が異なって全く飽きませんでした。。。
JUGEMテーマ:今日観た映画
評価:
木村 栄文
朝日新聞社
---
(1997-05)
コメント:木村栄文の番組を見た後に読むことをお勧めします。

木村栄文 | 21:52 | comments(0) | - | - | - |
記者たちの日米戦争 木村栄文著 読了
日本とアメリカ、第二次世界大戦開始から終戦まで、
新聞を中心とするメディアに関わる気骨ある人々を追ったルポルタージュです。

木村栄文氏は、福岡にあるRKB毎日放送のテレビディレクターで、
この著書は番組制作のための取材を通して、多数の関係者のインタビューを
テレビ向けに行われたものを再構成された内容になっています。

文章の始まりは、1945年9月2日に東京湾上の戦艦ミズーリ号で行われた
降伏調印式での日本の疎外された光景に始まり、
この景色は、1991年の湾岸戦争後、多数のアメリカからの批判を浴びた
日本の姿を重ね合わせるところから、本題に入っていきます。

この著書を通して、主人公であるのは、
ワシントン州シアトルの沖合10キロに浮かぶ
ベインブリッジ島の週刊新聞「ベインブリッジ・レビュー」の社主兼編集者である、
「ウォルト・ウッドワード」です。

彼は、この島の住民の生活に関することのみに注力した
紙面を作るための編集方針を貫き通し、人口4千人のなかに暮らしている
日系人274人の生活が日米戦争勃発によって大きく変化することに強い危惧を抱きます。

そして、日系人を含め、一人ひとりの島民の生活が
合衆国憲法に照らして、尊厳あるものであるために、
新聞の存亡をかけて、戦時中の雰囲気に流されない記事を発表し続けます。
それはこの一文から始まります。
以下引用です。
------------
「ベインブリッジ・レビュー」社説 1941年12月8日号外新聞
”素直な意見”
「もしも、予期されざる事件によって発生した非常事態に頭をかかえ込んでいる
土地があるとしたら、さしずめ1941年12月8日、月曜日の朝の
ベインブリッジ島がその最たるものであろう。
いま、この事態を控えめに語る暇はない。国家と強い絆で結ばれた
50世帯、3百人の島民は昨日、いきなり苦境に立たされたのだから。

偉大なるアメリカ民主主義なるものは、
よく言ってものろまな動物みたいなものである。
われわれはそのあたりをうろつき、べらべら喋り、労働ストをもてあそび、
積極的労働意欲に欠け、いろんな点で非効率な存在である。

問題は、この”のろまな動物”ががむしゃらに、ヒステリックに、
日本人を祖先にもつ人びとに憎悪の感情を向ける危険が多いということである。

大衆の集団ヒステリーは、日系人がアメリカ国民にして国家に忠実であり、
かつ祖先の国とは何の関係もたぬ島民である事実を無視してしまうおそれがある。

さらに本誌が訴えたいことは、日系人は、先の大戦時のドイツ人のように
国籍を変えたり、変名したりして危難を逃れる手段をもたないということである。
まちがえてはならぬ、彼らは日系のアメリカン人である。
われわれが戦っているのは日本である。

日系人に訴えたい、あなた方は忠実なアメリカ人として、
いままで以上に忍耐力を発揮してほしい。
厳しい監視の目も覚悟しなければならない。
このことを恨まず、受け入れなくてはならない。

本紙はこの島の一般住民に告げる。
この島には一見、敵に見える顔立ちの人びとが3百名住む。
だが、よく考えてほしい、彼らがわれわれに爆弾を落としたというのか。
彼が立派なアメリカ市民であることは、すでに実証されている。
国歌に忠実な彼らの家庭から、すでに六名もの子弟が兵役についているではないか。

島民よ。いまこそ非常事態に冷静に対処しよう。
そして、この試練の日々を生きよう。
かくて戦い終えたとき、アメリカに忠誠を誓ったものどうしは、
互いに見交す日を迎える。
自由の故国の、空高くひるがえる星条旗をともに守ったものとして」
------------(引用終わり)

長い文章でしたが、途中で終えたくなかったので、全文引用しました。
木村氏の前で、上記の文章を朗読したウッドワード氏はまぶたをうるませたそうです。

戦争というもっともジャーナリストが、
その仕事の本質を追及される時期、そして数多の障害訪れる時期に、
日米で国家の、民衆の圧力にめげず、
自らを貫く民主主義国家における人びとの存在意義を説いた
ウッドワード氏をはじめとして、新聞人を取り上げたのが本著です。

戦争というものは、さまざまな要因がありつつも、
人々を画一的な行動に駆り立てるスローガンに収斂させる動きになります。
それは、メディアに流れる言葉にも当てはまります。

だからこそ、その流れに乗らない人びとには、非国民のレッテルを貼られ、
自らの生命すら危機に陥る状況になってしまいます。
彼ら、新聞人は、その生命の危機をもかけ、
新聞というプロとしての誇りを追求し、利害関係者の圧力にも屈しませんでした。

翻っていま、2012年の世の中で、特に日本において、
自らの責任をもって、人々のあり方を説いているマスコミ人がいや、メディア人が
どの程度存在しているのでしょうか。

木村氏は、その点をこの著書をとおして、訴えたかったのではないかと、
傍目の非業界人としては、読了感としての想いです。

しかしながら、メディアを作っているのは、その内部の人だけではなく、
それを受け取る、我々一人ひとりの市民なのでもあります。
だからこそ、常に社会の本質的な問題はどこなのか、
市民としても、その声をメディアに求めて行かなければなりません。

アメリカでは、その動きが盛んだったからこそ、
ベインブリッジ・レビューのような新聞社が長らく存在したわけです。
(ウッドワード氏引退後廃刊されました。)

この著書をまくらとして読みましたので、次は主役である番組の
「記者それぞれの夏 〜紙面が映す日米戦争〜」を映画館でみたいと思います。

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評価:
木村 栄文
角川書店
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(1991-12)
コメント:戦争、メディア、語られているのは第二次世界大戦時期の話ですが、指摘は現在にも十分に当てはまる話になっています。

木村栄文 | 22:14 | comments(0) | - | - | - |
むかし男ありけり 木村栄文作品 鑑賞
この土日に、オーディトリウム渋谷で始まった「公開講座 木村栄文 レトロスペクティブ
に出かけてきました。取り急ぎ木村ディレクターの以下5作品を鑑賞しました。

苦海浄土、あいラブ優ちゃん、鉛の霧、まっくら、むかし男ありけり

撮られる視点も、問題提起も、役者さんの配役も、見どころもすべて違っていて、
本当に同じ人が作ったのかと思えるくらい、重ねてみても飽きないどころか、
引き込まれてしまう作品の数々でした。
もちろん、どの作品も甲乙つけがたい傑作の数々です。
しかし、表題のとおり、私が想いをまず書きたいのは「むかし男ありけり」です。


この映画は、壇ふみの父としたほうが有名であろう直木賞作家「壇一男」の
晩年の送ったポルトガルのサンタクルスを高倉健がレポーターとして、
現地にて、壇一男が接した人々にインタビューをしながら、
彼の著作を読みながら、その生活に触れていく紀行ドキュメンタリー(?)です。

壇一男は、最後の無頼派と呼ばれるくらいの、好色家であり、
生涯で沢山の土地を行き来するたびに、多数の女性を虜にした人物であったようです。

この「むかし男ありけり」の中でも、彼の話をするだけで、
弾けんばかりの笑顔を見せる女性が多数登場します。

一年半に渡って家族同様のつきあいをしたポルトガルの人々はもちろん、
博多にある呑み屋さんの女将も、ぞっこんだったことは、
ディレクターの木村さんと高倉さんが、インタビュー時に
言葉をなくして、彼女に「何か言って」とせっつかれるシーンを見れば伝わってきます。

木村栄文さんも高倉健さんも、女性にもてる心優しい男性ですが、
その二人を持ってしても、持て余してしまうほど、
女性に対して特に魅力あふれていた壇一男という
オトコの生涯を見事に表現した作品でした。

壇一男は、代表作が「火宅の人」という小説と括られるのですが、
実態は、自らの体験を描いた作品であり、彼の女性遍歴、
人生に影を落としている重たい精神の想いが赤裸々に綴られているそうです。
(私は現時点で未読なので内容は判断できません。)

高倉さんは、その壇が歩いた場所を訪ねて、彼を慕った人々と会話して、
この作品が、本当に精魂こめて文章化されたことに感銘を受け、
居住まいを正して作品を味わわなければいけないと、最後に感想を述べていました。

作品の表現としての観点からは、高倉健を使ったこと、
木村栄文ディレクターがインタビューをしていること、
当人の愛人に直接想いを訪ね歩くことなどにスポットがあたるかもしれません。

しかし、そういったものを抜きにして、木村ディレクターと、高倉健さんが
本当に、壇一男という男に対して尊敬の念を抱いているという軸が
一本に通っている作品だったように思います。

高倉健さんがポルトガルを訪れて、明日帰るという最後の夜、
サンタクルスの壇行きつけのバー主人が、壇一男を記念したパーティーを開きます。
そこには100人を超える人々が集まって、本当に楽しそうな表情をしています。

きっかけは作られたものだったかもしれない。
けれども、その作られたきっかけをもとにして、偶然の出来事をたくさん起して、
本当の人々の感情を引き出していく、
これが、木村栄文作品の真骨頂です。(少なくとも5作品はそうでした)

この素晴らしさがうまく表現されている作品だったと思います。
壇一男の作品にもきちんと目を通してみたいと思います。

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木村栄文 | 22:52 | comments(0) | - | - | - |

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