黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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ANA JALとLCCの差はもはや無くなりつつあるのでは?
いつも東京と九州の往復には、
春秋航空やジェットスターといったLCCを多用するのだが、最近ANAに乗る機会が増えた。
ちなみにANAマイレージカード保有のため、スカイマークやJALはここ最近ほとんど利用出来ていない。

フルサービスキャリアであるANA国内線サービスと、
国内LCCキャリアのサービス差は開くどころか近付いていて、
価格を含めて勘案すれば、すでに逆転しているのではないかと感じる次第である。

私は、年末年始の繁忙期に、羽田→福岡のANA便を利用し、佐賀→成田の春秋航空便を利用した。
もちろんいずれもほぼ満席であったし、4空港とも他の時期に比べれば混雑していた。

ANAの羽田空港ターミナルには、人の手を介さず荷物を預ける機械が設置され、
スキップサービスを使えば、保安検査以外に人の手を借りる必要はない。
一方、春秋航空は手荷物預け入れを含むチェックイン、
搭乗口のチケット提示には、スタッフさんの手を借りることになる。

年末年始の利用は機材が異なったので比較は出来ないが、
年始に利用したANAの羽田→宮崎便は、春秋航空佐賀便と同じくボーイング737-800であった。
フルサービスキャリアのANA機材と、ローコストキャリアの春秋航空機材、
シートピッチに大きな差があると思いきや、体感した違いは、
ほんのちょっと春秋航空が狭いレベルで慣れてしまえば大差ない。

ANAではプレミアムクラス以外の機内サービスは飲み物かサービスされる。
春秋航空は無料飲み物などの提供はないが佐賀県名産の嬉野茶を200円お代わり自由で注文できる。
機内で買える飲み物とお菓子のバリエーションには遜色はない。
(もちろんクオリティがどうかは置いておく)
春秋航空にはアッパークラスの設定はないが、最前線座席と非常口座席は足元に余裕があり、
事前指定を受けるのは最高プラス1000円程度だ。

といった感じで、あまりLCCといって変わらないではないかと上げておいたところで、
LCCの相対的なマイナス点も考えたい。

やはり運航間隔は、圧倒的にANAが便利であり、
多客期にしか増便されない春秋航空の成田佐賀便は1日わずか1往復が飛んでいるのみだ。
年末年始こそ2往復に増便されていたが、日帰りで利用するのは極めて難しいダイヤ設定である。
Peachの福岡関空便など、1日に何便も設定がなされている区間でこそ、
LCCの利便性の悪さを感じないのであるが、全国的にまだまだそういった路線は限定的である。
また、連休時すら空席が生じている春秋航空の成田佐賀便は、
まだまだ知名度が決して高くないことを感じさせられ、まだまだ営業努力不足と言えなくもない。
もちろんそれは少ない便数という要因も大きいだろうが。

またこれは、他のLCCには当てはまらず、
春秋航空1社に限ることかもしれないが、プロパースタッフが圧倒的に少ない。
このため、地上業務の大半をANA系スタッフに頼っており、
イレギュラーが生じた時の対応は、プロパー社員の慌て様と、ANA系スタッフの落ち着きぶりの差は大きい。


と、プラスマイナスを散見してみても、
ダイヤ設定と営業努力さえ大きく挽回出来る余地さえあれば、
LCCはまだまだ伸び代があるし、ANAやJALなど大手キャリアも安心してはいられないだろう。
航空ビジネスは、国の規制や、高い航空機機材や運航経費といった参入障壁があるから、
先行者利益が大きい業界ではあるが、インバウンドが増えていることからも、
まだまだ需要を増やして大きく伸びていける余地は残されている。

私が、過去エアアジアの国内参入に期待したのは、これまでの国内線運航会社にない、
新しい考え方を日本の空に取り入れて、大きくサービスを変化させる可能性にである。
予断は許さない状況だが、再びエアアジアというアジアでの経験を踏まえたLCCグループが国内線に参入する。

前回の就航時、マレーシアの本体から派遣されていたエアアジア社員の手際の良さ、
現場権限の強そうな雰囲気には、日本の航空会社にないものを感じた。

2016年再び日本の空が、LCCと大手キャリアの切磋琢磨によって、
航空便をあまり使わない人にも身近になる、
サービスの変革が起きることを私は、1人の利用者として大いに期待したい。
航空 | 00:25 | comments(0) | - | - | - |
ある意味スッキリしたスカイマークと今後
民事再生法が適用されたスカイマークですが、
ボーイング737以外の運航が止まり、効率化が図りやすい環境になりました。
 
筆頭株主であった前社長の西久保氏が大量に株式を売却し、
大幅に株価下落するとともに、安定株主がほとんどいなくなりました。
他の資本が経営権を取得する環境も整ったといえるかもしれません。

もちろん、エアバス380、エアバス330の導入キャンセルに伴う
エアバスとの訴訟リスクや経営環境の変化に伴う社内の動揺、
イメージダウンによるお客様の減少など、不安要素は全く払拭されていません。

しかしながら、そもそもJAL、ANA、JASに楔を打ち込もうとした
日本の空のチャレンジャーとして設立された経緯を考えれば、
原点回帰の方向に進んでいるのではないかと感じています。

世界で安定した収益を上げているLCCの元祖として謳われるのは、
アメリカのサウスウエスト航空です。
この会社は、機材はボーイング737に統一されていて、
すべて自由席で早いものから座席を埋めていく仕組みであり、
客室内のサービスも必要最低限なものとなっています。
(エアトランという買収された子会社はボーイング717という小型機を保有)

コストを抑えつつも、航空機全損などの大事故は発生しておらず、
運航開始から約44年が過ぎたにもかかわらず、
乗客や乗員が死亡する事態を起こしていません。
また、同時多発テロに端を発する航空不況にも動ぜず、
レイオフ(従業員解雇)をしなかった企業経営としても名を馳せています。
 
なぜかといえば、事故を起こさないことは保険代を浮かすことにつながり、
従業員を安定雇用することは、採用コストを削減することに繋がるからです。
長期的な結果としてすべては安定した経営の糧になっているのです。

私は、日本ではまだまだだLCCという言葉が一般化する前の2006年に、
アメリカに旅立ち、サウスウエストと、新興LCCのジェットブルーという
二つの航空会社の複数路線に搭乗し、どうしてこういった安価な航空会社が、
日本の空には存在しないのだろうかと、疑問を感じえませんでした。

それから10年余りが経過して、ぱっとみANAとJAL連合しか、
力を維持する企業は、国内航空網にはないように見られる一方で、
LCCが増えたり、中部拠点のフジドリームエアラインが路線拡大を続けたり、
わずか一機の保有ながら天草エアラインが独自の路線を模索していたりします。

また、特にスカイマークの動きで顕著になったことですが、
就航路線の改変スピードもものすごく短い期間で動くようになりました。

日本の空を移動手段として考える人は、スカイマークが参入したことで、
その後の新設航空会社の増加によって、確実に増えていったはずです。
だからこそ、スカイマークは今経営面で厳しい環境に置かれていますが、
原点に立ち返って、日本の空をさらに便利にするチャレンジャーとしての
役割を取り戻して欲しい、私は一人の航空ファンとして切に願います。

現実的に様々な社内システムは内製化されていて、
人材面も長らく独自で取り組んできた実績があり、
神戸空港拠点化など、マーケット開拓も自らで行ってきた企業であります。

もちろん、政府との付き合いはANAやJALには劣るでしょう。
だからこそ、維持できている自らのポテンシャルを今一度軸にして、
強固なスポンサーとなる航空会社のサポートによって、
再び、スカイマークの存在意義を示してほしいものです。

最大の強みは、羽田空港に一定の発着枠を維持できている点です。
これを生かすも殺すも、現経営者と債権者次第になってきます。
他の産業にも当てはまるのでしょうが、航空業界では特に、
新規参入者への風当たりは強く前例を認めない主義が蔓延っています。

だからこそ、数々の前例を打破してきたスカイマークの翼がここで折れてしまっては、
すべての航空利用者の利便性低下が免れません。
今後のスカイマークにもしっかり注意を払っていきたいと思います。
ただ一人の貧乏航空利用者の立場として。

JUGEMテーマ:航空関連 - ニュース
航空 | 09:09 | comments(0) | - | - | - |
地盤沈下したままかなりの時間が経った日本国の現状
朝早く目が覚めたのでふと日本の上空を飛んでいる飛行機を眺めてみた。
以下の写真は、今朝5:45頃に日本周辺を飛んでいる民間航空機の姿である。
早朝の日本の空
上記は、Flighttrader24というサイトが提供しているアプリで、
航空機の発進する電波でリアルタイムにどこを飛んでいるかが分かる。
(一部の航空機は信号の関係で表示されていない。)
最初は、東京上空を眺めていたら、羽田空港、成田空港に向かっている
まばらな航空機の状態に目がいった。しかしいざ引いてみてみると、
アメリカ西海岸などからやってくる飛行機は日本を通り過ぎていることに気がついた。
韓国や台湾、中国本土に向かっている航空機が圧倒的だったのだ。

時差があるので、上海、香港などは朝4:45現在の飛行機の動きである。
もちろん、多くの旅客機、貨物機入り乱れているのだが、
ダイナミックに世界を牽引している極東アジアの姿を垣間みた気がする。
きっと世界中で販売されたばかりのiPhone6もこれらの航空機に乗っているのだろう。

このようなダイナミックな極東地域からわずか2000Km程度しか離れていない日本は、
果たしてどの程度世界の中に存在感を示せているのだろうか。
航空機の飛ぶ数がそれを顕著に示しているような気がしてならない。

私は、別に経済発展をどんどんやれと志向する人間ではない。
しかしながら、平均寿命まで数十年が遺されている日本人として、
日本のパスポートが世界中どこでも存在価値を持ってほしいとは願っている。

考えてみると、私が仕事で販売しているバイクのパーツについても、
大半はMade in China であり、そのパーツが取り付くバイクの大半はアジア製である。
(現にHONDA、YAMAHA、KAWASAKI、SUZUKIの新車はほぼ海外生産である)

単純に商売人として、人が減っていて高齢者ばかりになる場所で商いするよりも、
多く増えていて若者が新しいものを欲する場所で商いをするほうが良いのは当然であろう。
なおかつ中国大陸には13.6億人もの人口があり、
なおかつ1億円以上の資産を持つ人口は280万人と世界一になるのは時間の問題とも言える。
(広島銀行上海駐在員レポート2013.8月「中国の富裕層」)
もちろん30%を超えた上海の高齢化進展などがあるものの、
日本と比べれば圧倒的にパイが大きいのは紛れもない事実である。

日本は、第二次世界大戦の敗戦から、人口が急激に増え、
高度経済成長時代を経過し、それが落ち着き、長らく経済的停滞に喘いでいる。
だからといって、さしたる危機感がある雰囲気でもなく、
日本全体を巻き込むようなダイナミックな変化が起きているようでもない。
対岸の中国大陸周辺が著しく経済発展を遂げているのを対岸の花火を観るかのように。。

もう少し、おこぼれを頂戴してもよいのではなかろうか。これは私の単純な考えである。
3年前に上海郊外の街に仕事で出かけたため、上海都市部などをぶらぶら歩いた。
まだまだ東京と比べれば、サービス化できそうな分野が沢山存在することを感じた。
もちろん、場所によっては総じて物価が安いのだが、
日本と同等クラスの消費傾向も存在していて、
上海の中心部では、ベンツ・BMWの自家用車割合が東京を遥かに抜いている。

内向き傾向が叫ばれる日本であるが、まさに内向きであろう。
はっきり言えることは、東京で中国人を見ない日はないが、
上海で日本人を見ないで生活することはできるのである。いや、見かけることのほうが稀かもしれない。
なにしろ大挙して押し寄せる勢いがないからである。

孫子の兵法に「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉がある。
日本のトップである総理大臣が、中国・韓国に何年も出かけていないのである。
これをもって明らかだが、まずは現実を知ることから始めなければ、
何事も新しい道を拓くことは出来ないだろう。

毎年毎年沢山の市民の方が日本にお金を落としてくれて本当にありがとう。
ただこれをお礼に行脚するだけでも、外交に成りうるのではなかろうか。
安倍首相は昭和54年に鉄鋼会社で勤務しているだけなので、この辺の機微が分からないのだろう。
商売に大切なことは信頼関係である。決めたことをしっかりやってくれる、
その第一義が外交の基本姿勢であることは、古来から決まりきったことである。
もちろん、約束を守らない国は歴史上沢山あるが結局は長続きしない。

人間を信頼することを立脚点においた社会的なつながり(契約関係も)は、
単純な利益享受の関係よりも近視眼的ではなくなるので、将来を見据えることができる。
株価にばかり目を取られている経営は結局のところ、本業を見失う企業が多いことに通じる。

私が、航空機という世の中を見る一つのきっかけをもとに気がつくのだから、
政治のトップ、経済のトップは、もっと複合的な要因から、
他国と比べても日本の先行きおぼつかない現状を目の当たりにしているはずである。
しかしながら何も動けないのは、結局のところ目先にとらわれているからに過ぎない。

木を見て森を見ずということわざがあるが、
行き交う人を見て飛行機を見ずという言葉を日本のトップに送りたい。
閑古鳥がないているとっても過言ではない成田空港の夜のターミナルから、
上海の浦東空港に最終便の飛行機で飛んでみてほしい。その差にただ悲しくなるはずだから。
JUGEMテーマ:経済全般
航空 | 06:58 | comments(3) | - | - | - |
日本航空・三菱航空機 日の丸を背負う企業の矛盾
日本航空が三菱航空機が開発するMRJを32機導入することを決定したことが、
メディアを賑わせているが、実は昨日もう一つ日本航空は、
新しく航空機を購入するプレスリリースを出している。

エンブラエル170追加導入およびエンブラエル190の新規導入
http://press.jal.co.jp/ja/release/201408/003053.html
上記リリースにあるようにこちらは2015年からの導入で、
MRJの導入予定である2021年とは6年の隔たりがあるが、
どう考えても日本航空で、エンブラエルと三菱航空機が飛ぶ期間が重なる。

今日の東京新聞の報道では、日本航空のMRJ導入にあたる決定に際しては、
「小型機をMRJに統一することで、機体整備の費用が安くなるほか、
機種ごとに免許が必要なパイロット育成の効率を高めることができるとしている」
と趣旨で日本航空の三菱航空機導入意図を報じている。

これは、大きな矛盾である。エンブラエルの新しい機材を導入して、
習熟度が高まってきたタイミングで、全く新しい会社の機材を導入すれば、
パイロットも整備担当者も、マニュアルを一から作り直ししなければならない。
エンジンメーカーも異なるので、メンテナンス性も全く異なる。

つまりは、ここに単純に経済効率的ではないMRJ導入の意図が
見え隠れしていることが早くも露呈してしまっているのである。

再びプレスリリースを見てみると、日本航空がエンブラエルをフルに
導入したい意思も読み取れる。なぜならすでに多数の航空会社で
採用された実績があるし、ボリュームディスカウントの効くコスト面でも魅力だからだ。

三菱航空機 
MRJ70(座席数78 航続距離3380km)エンジンメーカー:PW
MRJ90(座席数92 航続距離3310km)エンジンメーカー:PW
エンブラエル 
エンブラエル170(座席数78 航続距離3889km)エンジンメーカー:GE
エンブラエル190(座席数104 航続距離4445km)エンジンメーカー:GE

日本航空は、2007年にエンブラエル170を導入していて、傘下のジェイエア国内ローカル線の小型機主役である。
プレスリリースと、現在の導入機材数を踏まえると、エンブラエルからMRJ導入時に全て機材を入れ替える様相である。

企業間取引一般論として、商品を注文する際に、貴社との取引はこの商品が納入されるまでで、
新しい会社との契約商品が入ったら打ち切りになりますと提示されて歓迎する会社は皆無だろう。

MRJという国産航空機を期待するのは、日本航空という日本を代表する民間航空会社なら当然としても、
このような両天秤に図るような機材導入計画を立てる会社に、10年後の経営が明るいと言えるのだろうか。

私は、世界で初めてMRJ導入を発表した全日空の機材導入計画の巧みさには賛意を持っている。

世界中で、航空機開発競争が激しくなるなかで、航空会社も機材導入計画が経営を左右する。
日本航空と三菱航空機には、この当たり前の事実を今一度考えていただきたい。

契約が取れなくて悪戦苦闘する会社は、期初に立てた計画を達成しようと奥の手を使う。
そうして多くの会社が架空取引に手を染めたり、代金が回収できずに苦労してきた。
三菱や日航の経営陣ならば、間違いなくその過ちだけは犯すまいと自戒しているはずだが。

なかなか欧米での展開が進まない三菱航空機であるが、今後のMRJマーケティング新基軸に期待したい。
航空 | 08:31 | comments(1) | - | - | - |
スカイマークが生き残る道
スカイマークは、もはや詰んだと見ても言い過ぎではないだろう。
ヨーロッパのメディアは、エアバスがA380の注文をキャンセルされたとの論調で
エアバスを中心としてスカイマークのことを報じている。

スカイマークのプレスリリースを見ても、
エアバスが契約履行できないために生じる違約金請求するという事実が覆りそうにはない。

さて、ここからが筆頭株主経営者の腕の見せ所である。
どんなに小さくても会社を維持したいとの想いを語った
西久保社長は如何なる奇策を世に問うのだろうか。

無い袖は振れないので、まずはスカイマークは、資金調達を行う必要がある。
次に事業規模を縮小せざるを得ない。
導入したばかりであるが新造機であるA330は転売を余儀無くされる。


さて、資金を提供しようとする企業がどこかに存在するのだろうか。
私は間違いなく存在すると考えている。

日本では、ANAとJALに続く勢力であるスカイマーク唯一無二の強みは、
羽田空港の発着枠である。
現在路線を限定されているものを含めてスカイマークは36枠を保有している。
これは、これから日本そして首都圏に足場を築きたい
国内外の航空会社にとってどうしても手に入れたい権利である。

現在A380を導入している航空会社のうち、日本路線を積極展開しているのは、
エミレーツ、カタール、シンガポール、カンタスのエアラインであろう。
なお、シンガポールとカンタスは、傘下にLCCを持っている。

加えてエアアジアや春秋航空などのLCCも羽田の発着枠はどうしても欲しいだろう。

今後これらの航空会社がスカイマークに対して、
どのようなアプローチを行うかに私は着目したい。

長い間、JALとJASとANAという航空会社に寡占されてきた
日本の空をこじ開けたスカイマークという新規航空会社。

機材導入を巡る資金繰りで消えてしまった数多の航空会社の二の足を踏むのか、
それとも第二創業すべく新しい道を目指すのか。

いずれにしても、LCCの参入によって大いに利益を享受している
一人の利用者としては興味津々である。
航空 | 08:50 | comments(0) | - | - | - |
空の安全のために(マレーシア航空機墜落後原因を巡って)
一人の民間航空ファンとしてどうしても書き留めておきたい。

マレーシア航空のボーイング777型機がウクライナ上空で、
撃墜され墜落し、すべての乗員乗客の命が奪われた。
事故現場が紛争地域であったために、
撃墜したものを特定しようとする報道が過熱している。
しかし、発射元を特定できたところでこのような事故が防げるのだろうか。
もっと根本の要員を除去しない限り、安全な世界の空には程遠い。

私が今もっとも必要だと考えるのは、一年に二度に渡って
数百人の乗客が犠牲になった墜落事故を起こしているマレーシア航空の
現状を徹底的に調査し、その問題点を明らかにして、改善策を明示することである。

アジアの民間航空需要は世界でもトップクラスの伸びを示すと予測され、
ボーイング、エアバスなど航空機メーカー、エアアジア、エミレーツなどの
新興航空会社も、路線拡充に躍起になっている。

一方で、管制トラブルによるインシデントの多発や、
パイロット不足の日常化が日本で話題にされているように、
これまでの航空インフラと需要伸びがマッチしていないために
発生していると思われる問題が顕著になっている。
これは、そのままアジア各国にも当てはまるはずである。

安い空の旅を提供することで、多くの人が気軽に飛行機に乗って、
国境を越えることが当たり前になった現代において、
安全な空を維持するために必要なコストは誰が支払うべきなのか、
しっかりとした国際的議論がなされているようには思えない。

日本でも中国との防空識別圏設定については、
日本の航空会社とアメリカの航空会社は、飛行計画の提出を巡って対応が分かれている。

アジア地域は民間航空の需要の伸びが高まる一方で、
国内外で紛争地域を抱えている国家も多数存在し、
軍用機やミサイルなど空を飛び交う武器が、減りそうな状況ではない。

この環境下で、今すぐ求められていることは、
国を超えた民間航空会社同士の安全に関する情報共有を密にすることに他ならない。

国家間同士の思惑で、一国の政府がどんな姿勢であろうとも、
民間航空会社の使命は、安全に乗客を目的地に送り届けることである。
その結果として利益が発生するため、
もちろん航空機も何ら問題がない状態を維持できる環境を整える必要がある。

この強力な使命をもった民間航空会社同士が、
セーフティーネットを築かない限りは、国家間の緊張が高まる中で、
民間航空機を安全に飛ばすことはできないだろうと考える。

例えば、飛行に関して注意を要する空域の共有(特に係争地域)、
管制管の癖についての状況の共有(離着陸の優先度など)、
緊急時の着陸・維持拠点の情報共有(トラブル時の対策)、
気象情報についての情報共有(既に行われているが)、
各国政治ニュースについての情報共有(アンオフィシャルなネタである)等々。

過酷な労働環境下では実現が難しいであろうが、
航空会社スタッフ同士が気軽な情報交換を始めていくことからしか、
空の安全は維持できなくなっているとの認識が必要であろう。

こういった姿勢で、マレーシア航空機事故調査も見つめてほしい。
ロシア軍に撃墜された大韓航空機の惨劇から時間が流れたが、
また、決して同じ過ちを繰り返さないためにも。

ちなみに、以下WIREDサイトに掲載されているとおり、
マレーシア航空機以外が撃墜されていた可能性もかなりの確率である。

航空 | 09:05 | comments(0) | - | - | - |
出来ては消える新規航空会社失敗の要因と回避方法
先般日本初の地域拠点を結ぶLCCを目指した
「リンク」が自己破産申請すると報道されました。
http://www.traicy.com/archives/8170818.html

これまでにも、日本で計画された数多くの航空会社が
路線便開設前に会社を畳んでいます。

ヘリコプターを利用した都市圏輸送、
プロペラ機を利用した島嶼間輸送、
大手しか路線がない地域から羽田への路線、
旅行会社出資のチャーター専業、
輸送大手出資の貨物輸送専業など、
規模の大小、目的の大小を問わず、いろいろなチャレンジがなされてきました。

しかしながら、結局のところ、日本の空を定期的に結んでいる航空会社は、
50社に満たないのが現実です。

別に数が多ければ良いとは言えませんが、
路線の柔軟性や、価格、ダイヤなど、やはり旅客、貨物輸送ともに、
硬直化しているのが日本の民間航空の現状です。

根本的に、日本の空が新規参入に厳しいのは国土交通省の姿勢だと感じられます。
というのは、新規参入を表明してから就航までに掛かる時間があまりにも長いのです。

全日空や日本航空グループの新会社が設立されると数カ月で運航を開始しますが、
新規参入会社の多くは会社設立後、
二年以上は飛行機を飛ばすことができていないのが実情です。

ただでさえ、航空機という巨大な投資を行う必要がある航空会社ですので、
お金を生まない時間が長いというのはいきなり致命的と言えます。

次の課題は、限定された収益路線にあります。
日本の空は羽田空港を中心に路線が張り巡らされており、
利用者動向はもちろん、整備に必要な各種機材も東京を中心に求められます。
つまり、地方拠点のほうが会社自体の立地コストは安いのですが、
それ以外の出費はけっこう負荷が高くなります。
また、空港自体の設備はもとより、
アクセスが地方空港は極端に軟弱なために、
大量に旅客を集約することがむずかしいのです。

最後に多くの人が見落としがちですが、物言わぬ株主の存在です。
これは逆に成功例を見てみます。
スカイマークの西久保社長は同社に百億単位で出資した筆頭株主です。
天草エアラインは熊本県と天草郡2市1町の出資で約8割に達しています。
フジドリームエアラインズは中堅大手物流会社の鈴与全額出資子会社です。
調布飛行場から伊豆諸島にプロペラ機を飛ばす新中央航空も
東証一部上場の川田テクノロジーズの全額出資子会社です。

そして何と全日空は株主の6割が大株主以外の個人株主なので、
突然に資本構成が変わることは困難です。

つまり、大きな投資が長い間必要になる航空会社は
安定的な経営が求められるので短期的な収益だけを意識する株主は向かない業態なのです。

このような要因を乗り越えて、新規参入を果たすにはどうするべきか、
私はここにホンダジェットの登場を期待しています。

つまり、空飛ぶ個人タクシーです。
上記の制約に左右されにくい業態は、ニッチなユーザーを取り込み、
安定的な運航を継続させることに他なりません。

もちろん、この業態でも、多くの新規参入会社が素早く撤退していきました。
何故ならば、飛行機が生み出す収益を当てにするからです。
早く移動できる、このメリットを計り知れない意義を持つ
企業経営者などが活用できれば必ずそこに、
航空機使用事業を続けられるコツがあるはずです。

しかも、それを時間を掛けて、庶民が使いやすいようにサービスを拡げていく。

もちろんやるのは大変ですが、日本で出来るならば世界中で展開できるはずです。

つまり、新規参入航空会社がなくならない道は、
小さく作ってとにかく長続きするスタイルを確立できるかどうかにかかっているのです。

次のチャレンジャーが楽しみです!
航空 | 01:27 | comments(2) | - | - | - |
日本で見納め間近のジャンボジェットを見に行こう!(撮影地紹介付き)
飛行機に興味がある方はご存知でしょうが、
間もなく日本の空からジャンボジェットが引退します。
ボーイング747
長い間、飛行機に乗らない方にとってもポピュラーだった
このボーイング社の名機は日本で育まれたと言っても過言ではないでしょう。

現在、ANAでは里帰りフライトと題して、
全国各地の空港を結んで日々ジャンボジェットが各地の空港に出向いています。
便数は限られていますので、乗れない方もこの機会に、
ジャンボの写真を撮って、昔の思い出に浸ってみるのはいかがでしょうか?
ANA

なお、現在空港運用条件の関係で、
ジャンボの離着陸が出来ない伊丹空港にも特別に飛来するようです。
もしかしたら今回が最後かもしれません。
思い返せば、あの123便日航機もここから飛び立ちました。

良い思い出も、辛い思い出も、忘れてしまいたいことも、
記憶に留めておきたいことも、振り返ってみるよい機会ではないでしょうか。

11/15日現在以下の日程が決まっています。
併せて、飛行機写真にもってこいの場所をご案内します。

広島空港里帰りフライト
11月17日
広島空港の撮影スポットはこちらのサイトがとても詳しいです。

中部国際空港里帰りフライト
11月22日
セントレアの撮影スポットは空港公式ページ案内があります。

鹿児島空港里帰りフライト
12月1日
鹿児島空港で長い期間撮影をされている方のスポット紹介です。

長崎空港里帰りフライト
12月8日
長崎空港の対岸にある森園公園は滑走路が見渡せる絶好の撮影スポットだそうです。

伊丹空港(大阪国際空港)飛来日遊覧飛行実施
2014年1月12日
伊丹空港の滑走路エンドの千里川堤防はダイナミックな機影を撮影出来そうです。

また、羽田空港から福岡空港、新千歳空港、那覇空港には、
1月6日までのスケジュールによれば、定期便が日程限定ですが就航中です。

また、羽田から初日の出フライトも開催決定です。11月20日発売開始です。

その他の空港にも随時里帰りフライトが実施されるようですので、
詳しい就航空港やスケジュールは、以下のANA特設サイトにて確認可能です。


ジャンボジェットと通称されている、ボーイング747型機は、
世界で最も乗客を運んでいる羽田新千歳を始めとして、
混雑して沢山の飛行機を飛ばせない日本において、
多くの搭乗客を一気に運ぶために、東京と全国の空港を結びつけてきました。
そして、成田ハワイ間などの観光路線に就航することで、
海外旅行を一気に庶民的にした立役者でもあります。

ジャンボジェットは、四つのエンジンを搭載しているために、
パワーはありますが燃費は悪く、
省エネ化が進む航空業界では残念ながら出番が減ってきました。
世界中で、ボーイング777/787、エアバス340/380などにその役割を譲っています。

ジャンボといえば、その代名詞とも言える二階建てのキャビンが憧れの的でした。
昔は、二階にスーパーシートが設置されていたために、
そのステータス性もあいまって飛行機自体が憧れの存在でした。

マリンジャンボ
ジャンボジェットは、ANAのマリンジャンボ/ポケモンジェット、
JALのドリームエクスプレス(ディズニー特別塗装)など
多くの子供たちの注目も集めてきました。


もちろん二階建てで大きい飛行機という存在感が特別塗装機の土台なのでしょうが、
その顔も親しみが持たれた理由に感じています。
ボーイング747

ジャンボジェットは、登場当初は四人で操縦を担っていましたが、
コックピットの電子化が進み、機長と副操縦士の二人での運用が可能になりました。

ちょうど時代の転換期に現れて、去っていく存在なのかもしれません。
ちょうど団塊の世代とも重なります。
ジャンボジェットは一つの時代を終えて、エンディングを迎えつつあります。
そんな哀愁漂う飛行機を見つめていると、きっと何か得るものがありそうな気がします。

私も最終的には時間を見つけて、生まれて初めて乗った飛行機、
ジャンボジェットのラストフライトを楽しんできたいと思っています。
航空 | 01:38 | comments(0) | - | - | - |
HAC(北海道エアシステム)の活かし方

会計士事務所主導の再生計画が議論されていますが、

どうしたって継続的な赤字であるならば、

一旦清算すべきでしょう。収益を生み出さない会社で

安全で快適な公共サービスが維持できないのは、

国鉄の失敗例で皆様懲りたでしょう・・・。


私は、同じSAAB340の飛行機を運航する

モンゴルのEznis航空と提携して、抜本的な企業理念を

変えることを提案します。

道民の足を旗頭に北海道に安住していも、

現に搭乗率が50%に満たない状況では、

スタッフのモチベーションすら向上しないはずです。


いっその事、発展途上国であるモンゴルに飛行機共々、

丁稚奉公にスタッフの人と一緒に出向くくらいの、

変化が必要なのではないでしょうか。


ちなみに、Eznis航空は、ANAと提携しています。

いっそのこと、JALとの関係も希薄化しているため、

ANAさんを仲立ちにしてみるもの面白いかもしれません。


私は、北海道にわずか一ヶ月の滞在期間でしたが、

函館から旭川まで車で往来しました。

結果感じたのは、一般的な飛行機利用者の少なさです。

お金に余裕がない道民が圧倒的に多く、遠路でも車で移動します。


その考え方を簡単に変化させるのは容易ではありません。

だからこそ、長年に渡って、北海道道内の民間航空会社は、

継続的に事業に行き詰まりを見せているのだと思います。

それを今更小手先に改革しようと意気込んだところで、

時間が解決するわけもありません。


会社の営業範囲は限られているかもしれませんが、

飛行機が飛べる空は限られていません。

スカイマークが、反対轟々されながらも、非効率路線から

即座に撤退を繰り返して、

現在は他社と比較しても高収益企業であることを

今一度関係者の方には肝に銘じてほしいものだと切に願います。


JUGEMテーマ:マーケティング

航空 | 07:56 | comments(0) | - | - | - |
747ジャンボをつくった男 ジョー・サッター+ジェイ・スペンサー著 掘知恵子訳
飛行機が、とくにジャンボジェット機が好きな方には、
ワクワクする一冊ではないでしょうか。
また、プロジェクトマネジメントについて考える方にも、
沢山の示唆が得られる素晴らしい著書だと思いました。

多くの人々がご存知のとおり、世界中の空で沢山の人を
運んでいるボーイングが製造するジャンボジェット機「747」。
そのプロジェクトの技術者を取りまとめたジョー・サッター氏が
ボーイング社での仕事について振り返った一冊です。

彼は、ボーイングの本拠地、シアトルで幼少時代をすごし、
飛行機が多数飛ぶ地域で、飛行機の作りに興味を持つ少年として育ち、
やがて航空機の技術者になることを目標にし大学に進むも、
第二次世界大戦により、最初の仕事は海軍に配属されることになりました。

そこで、下級士官として就航したばかりの軍艦で夜間の監視係を
仰せつかった彼は、急激な低温下におかれた船内で、
九死に一生を得る経験をし、帰還したのが信じられないくらいの状況で、
ほとんど船のコントロールができない状態で、なんとか母港に戻ります。

この後終戦を迎え、ボーイングに入った彼は、
二度とこのようなコントロールができない状態に、
乗り物をもっていかないことを強く念頭に置き、
軍用機の技術を土台にした、民間の新しい飛行機の開発に携わります。

戦争で培われたボーイング社の高い技術を
今後の収益の柱にすえようと、ボーイングは民間機分野に注力します。

ジョーは、安全性を第一に、操縦しやすく、経済性が高い
航空機を生み出すために、多くのボーイングが獲得した技術経験を
フル活用し、当時アメリカ航空会社の頂点に君臨した、
パンナムなどの大手航空会社と協力して新造機つくりに取り組みます。

当初は、ダグラスなど他の航空会社に後塵を拝していた、
ボーイングの民間機部門でした。プロペラ機の世界では、
技術力、快適性などは優れているものの、他の会社にセールス的には負けていました。

しかしながら、ジェット機の時代が本格的に到来すると、
それまでに培われた風防実験成果や、高い高度に耐えられる設計などが
一気に開花し、ダッシュ80と呼ばれる初の技術開発用のジェット機を
登場させたのをきっかけとして、一気に民間航空機のトップを
ボーイングという会社が固めていきました。

その初のボーイングのジェット機から、チームに入ったジョーは、
空力チームのトップとして、1950年代後半ボーイング707を世に出します。
それから、727、737と世界中の航空会社に需要に応える
ジェット機を開発していったボーイングでしたが、経営は火の車でした。

というのは、丁度その時期ヨーロッパ・アメリカ・ロシアの三極で、
超音速の旅客機開発が進められていて、莫大な国家予算が投入され、
ボーイング自体も会社が傾くほどの投資をした開発が進められていました。

技術の進歩が間に合わなかったこともあり、このプロジェクトは難航を極め、
最終的は、計画が中止されるまでに、かなりの人的・資金的不可を
ボーイング全体にかけていたのでした。
しかも、もっとも注力されるプロジェクトであったために、
社内の優秀な技術者は、ほとんどが超音速機開発に従事していました。

こんな中、新しい航空産業時代を切り開くべく、大型ジェット機
ボーイング747の構想がアメリカの国際線を牛耳っていたともいえる、
パンナムからボーイングに寄せられました。
そのプロジェクトの技術責任者に、ジョーが任命されました。

当初、オール二階建ての飛行機を作るような顧客要求であったのですが、
ジョーは、構造上、使用上さまざまな要素から、オール二階建ては
飛行機として効率的ではないと確信していました。

結果的に顧客要求を退けて、ほぼ1階建ての2階部分に
操縦室とわずかな客室がある、現在の747のスタイルに決まったのですが、
開発期間は、これまでのジェット機開発よりもはるかに短い、
通常の3分の2の時間、28ヶ月で1機目を受け取ることを望まれました。

プロジェクトチームは、キャリアはあるものの、すでに引退時期のほうが
近い年配の技術者が多い状態で、当初は頭を抱え気味だったジョーでした。
しかし、部下を信頼し、逆にキャリアが多いからこそ、
多様な技術が集約できると考えて、個性的なスタッフを引っ張りました。

とにかく安全に、経済性が高く、乗客が快適で、人も運べるし、
貨物を運ぶ場合にも効率性が高い、遠くに飛べるけれども、
足腰は強く長い間の運航にも耐えられるなど、本当に様々な要求が
求められるジェット機でした。

しかしながら、エンジンの開発は遅れ、予算が少ないため、人員も少ない状況、
ボーイングの作業工程は、複数の場所にわかれ、ジョーは一日の大半を
移動時間に費やされる始末で、まさに悪戦苦闘状態でした。

しかしながら、プロジェクトメンバーの団結力、
会社の経営陣のプロジェクトに対する理解力、そしてこれまでにないものを
作り上げるという使命感、沢山の航空会社の期待など様々な要素が
組み合わさって、ついに1969年2月9日一号機は最初の飛行を行いました。

1965年8月にジョーがプロジェクトへの召集を受けてわずか3年半で、
ついにジャンボジェットが空に飛び立ちました。
1927年に始めて大西洋単独無着陸飛行に成功したリンドバーグは、
就航したばかりの747を見て、ジョーの前でささやいたそうです。
「やっぱり、あれはすごいな」と。
ジョーは、幼い頃からのヒーローだった、そのリンドバーグの言葉に、
何事にも変えがたい喜びを感じたそうです。

その後、多くの人がおわかりのとおり、世界中の空で、747は活躍し、
当時世界一の収容力を持つジェット機として、沢山の旅客・貨物を運び、
世界中の航空交通網拡大に大きく影響を与えました。

ニューヨークと東京を結ぶ長距離機、
日本の国内線専用の多頻度離着陸対応機、
旅客半分・貨物半分を運べるコンビ機、など多くの派生型を生み出し、
今でも747-800という最新鋭の技術を集めた派生型が開発されています。

その後ジョーは、767の開発に取り組み、最終的に747-400という
コンピューターが大幅に導入され、2人での操縦が可能な
新しい世代のジャンボジェットにかかわり、ボーイングの定年を迎えました。


幼い頃から憧れた世界に、仕事を通して、
これまでに前人がなし得なかった、ジャンボジェットという新しい文化を作り、
多くの人々を空の世界に案内した「ジョー・サッター」本当に幸せな
ビジネスキャリアだったと思います。

私は、飛行機好きとして、また新しい文化を作る仕事をしている場面を
この著書から知り、ワクワクしながら、ページを進めていきました。
プロジェクトの成功のためには、高い志、
揺るがないチームワーク、そして夢が大切だと考えさせれました。

ちなみに来週月曜日に登場予定の飛行機は767型機です。

 JUGEMテーマ:ビジネス
評価:
ジョー・サッター,ジェイ・スペンサー
日経BP社
¥ 2,310
(2008-03-13)
コメント:飛行機好き、組織のリーダーには是非とも読んで欲しい本です。こんなリーダーと仕事したら間違いなく楽しいと思います。

航空 | 00:08 | comments(0) | - | - | - |

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