黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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岡山藩郡代-津田永忠物語- 池田光政と綱政の時代 「岡山放送発行」読了
岡山の有力地場企業の協賛で作られた地元の歴史本です。
津田永忠、彼は岡山藩の番頭(家老に次ぐ役職)であった人物です。
江戸初期1640年に生まれ、1707年68歳で生涯を閉じました。

幕末に人気が急増した岡山藩 侍大将「熊沢蕃山」が
藩内派閥争いによって、藩を追われた後に、
岡山藩主「池田光政」によって、その才を認められて
「閑谷学校」「後楽園」「児島湾の干拓」「藩内各地に学問所設置」など
多くの事業を中心となって進めて行きました。

光政の子「池田光政」の身の回りの世話をする役目を仰せつかり、
当時の有識者層の中心学問「儒学」を学び、
熊沢蕃山と池田光政とのやり取りから、民衆を豊かし、
藩政を安定させたものにするための術を学んでいきます。

25歳で藩の重役に取り立てられてからは、光政とともに、
さまざまな藩の事業に関わると共に、
数々の自然災害によって発生した民衆の飢饉などの
非常事態を乗り越えるために、獅子奮迅します。

数々の事業を成功させ、役目もつぎつぎに上がった
永忠でしたが、藩主の隠居にともなって、
同時にわずか34歳にも関わらず、藩主と共に隠居生活に入ります。

しかし優秀な頭脳を若殿である綱政が捨てておくわけもなく、
藩財政の逼迫時には、再び永忠の助言を求め、
それに答え、彼は財政再建のために、
民衆にのみ負担を強いることなく、新田開発・干拓事業・
支出削減・用水路建設・統治機構改革を行うことで、
増税に頼らず藩財政の建て直しを行います。

その後元禄期、様々な文化事業が国中で進められた時期に
後楽園の建設に尽力、現在に残る素晴らしい景勝地を作り出します。

最終的に、生涯をかけて熱意をもって取り組んだ
学校を作った「閑谷」の地でその生涯を終えます。


江戸時代、各地にこのような善政を行った政治家が存在したからこそ、
鎖国した世の中で、文化価値を高め、民衆の反乱を起こすことなく、
安定した政治を行うことができたのだと思います。

たまには、自らの生まれた土地の
有力者の足跡を振り返ってみて、自らの生きている証を
知るのもわるくないなあと思いました。

 JUGEMテーマ:歴史小説
評価:
タケバヤシ 哲郎・劇画
吉備人出版
¥ 1,000
(1994-02-24)
コメント:劇画(漫画)です。子供向けに書かれた本らしいのですが、大人向けだと思います。少し歴史を知らないと理解できないかもしれません。

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