黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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「平野國臣」と「人間とは何か」
3月30日・31日長崎県波佐見町にて、”縁游義塾”という
「人間いかに在るか」「人間いかに生きるか」「人間とは何か」
について考える講座が開かれた。
深澤塾長、窪島塾頭、山田副塾頭、私城後が参加者である。

そこでは、「人間とは自然一切と関わり合いながら変化する現象的存在である」
という基本理念の下、
「人間とは何か」について深澤塾長が約20年に渡り、
窪島塾頭、山田副塾頭に向かって語った言葉のまとめ、
452のキーワードについて、そのエッセンスをディスカッションしあった。

この四人で、人間と人間の関わり合いについてさらに考えを深め、
人間が本質を見失い行止っている日本社会に向けて、人間の本質を発信していくことを確認し、
今回第四回目であった縁游義塾の講座はお開きとなった。

私は、波佐見から東京への帰路飛行機の中で、
その452の言葉に目を通しながら、
半分を過ぎたあたりでふと気が付き思わず涙を流していた。

「平野二郎國臣」という幕末時代の先駆者であった志士である彼こそが、
「人間とは何か」を今の時代に伝える格好の人物であるではないかと。

福岡藩士であった平野は、まだ長州も薩摩も幕府の人間も、幕藩体制はずっと続くと思い、
ノホホンと日々を生きていた時代に、江戸や長崎など海外事情に聡い土地を歩き、
各地の有力者と議論する中で、この日本の体制は長くは続かず、
民の生活が成り立たないことに気付き、
幕府を討ち、天皇の下で人民階級が一つに統一されなければならないと悟り、
行動を開始する。

家族を捨て、藩士という身分を捨て、身一つで全国を行脚し、
同志を求め、商人にも仕え、藩主・天皇に意見具申し、討幕の仕組みづくりに死力する。

途中、幕府が勢力を盛り返さんとする時勢により、
福岡藩の獄舎に入れられ、死罪に処されることも想定されるなか、
その討幕の志には一寸のためらいももたず、
自らの策を具申するために、食事を削り、落し紙と米粒を使って、文字を編み続ける。

一年弱で獄を出たのちは、朝廷に認められ学習院出仕となり、
天皇にその働きを認められるまでになるが、
逆にそのことで幕府の目の敵となり、生野挙兵の失敗によって、
再び京都の獄中に入れられ、結果として命を奪われることとなる。

しかしながら、平野は国家を一つにするための活動を始めてから、
腹を切るまで一貫して事が成就することに希望を持ち続け、
同志を励まし、活動に前向きに取り組み続けた。

明治維新の原動力となった彼の思想哲学や行動の足跡は、
明治政府からその後の昭和時代まで、時の政府有力者の正当性を
否定するものであったため、日の目を見る事がなく、
光の当たらないところで眠り続けた。

しかし、時代が求め続けたことにより、
他人の手が加えられていない、平野の書簡が見つかり、
昨年、福岡藩の研究者である小河扶希子氏によって、平成の世の中に蘇った。

これを手がかりにすると、「平野二郎國臣」の生涯は、
「人間とは何か」を学ぶ最高の教えとなりうる。
平尾國臣氏の筆跡には、普遍性のある人間哲学を追究した行動を呼び起こす力がある。

私、城後光は平成二十五年四月一日、そのことに気付き、
平野國臣を追い続け、人間性回復運動の一歩を踏み出すことをここに決意する。

太宰府天満宮
平野國臣が最初の仕事として改修工事に従事した「太宰府天満宮楼門」
JUGEMテーマ:幕末 歴史
平野國臣 | 07:26 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from: 城後 光   2013/04/02 9:13 PM
深澤さんありがとうございます。
世論と如何に向き合い、本当に民に必要なことを
どう筋道を付けていくか、世界中で見失っている要諦であります。

しっかりと平野国臣を胸に、
世界情勢を頭に入れながら、一歩一歩歩んでいければと思います。

笑われてもけなされても、
どけんでもよかとです。
from: 田ご作A   2013/04/02 8:43 PM
 光ちゃんへ。
 よく纏め直しました。ハナマルです。これから世論に、如何に向き合うかです。幕末は世論はそんなに気にしなくてもよかった。民主主義社会では、世論が一番重要な意味を持っています。國臣君は妻子をすて藩士も捨てまして、ビンボーを平気で生きています。
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