黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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東日本大震災から二年半
2年経って今一度福島県を訪れた。
原発事故により運転できなくなっている常磐線の広野駅で下車しました。
一昨年出向いたのは、隣の隣である久の浜駅だった。
津波に飲まれた海岸は殆ど変わらない様子でしたが、
田んぼに消波ブロックが山積みされているのを垣間見て、
なかなか進まないのであろう復興作業を感じました。
津波対策の消波ブロック

東京から普通電車でも4時間で人が立ち入れない区域に辿り着きます。
しかし、その様子はメデイアなどではなかなか伝えらていません。

もちろん、その土地では、震災前と表面的には変わらないような日常生活が営まれています。

けれども、東日本震災後三十万人弱の人々が自分が暮らしていた家に帰れない状態なのです。

震災直後は、国難だと叫ばれて、復興には並大抵のことでは済まないとされ、
未だに放射能汚染水を始め、福島原発を巡る課題は日々増えているのに、どことなく遠くなっている東日本大震災。

長い間エントリーし続けた東京オリンピックが招致できたのは良いけれど、
本当に福島をはじめとする東北のことを忘れてしまっているのではないでしょうか。

そんなことを自分自身に重ねながら考えていました。

浜通りをあとにして、郡山経由で会津若松に行きました。
もちろんのこと、街並みは八重の桜一色、
だけどもやっぱりそんなに商店に活気はありませんでした。
来年は、また別の土地に大河ブームが移るわけですが、
果たしてこれで良いのかとちょっと感じた次第です。

二年前に沢山見かけたマスク姿の人々は、稀にしか見受けませんでした。
もちろん減ったとはいえ、環境放射線量は高い状態は続いているわけです。
(リンクはDAYS JAPANの実測放射線地図画像です。)

果たして、日本は「このくにのかたち」をどうやって考えていくのか、
このような見過ごしてしまっている点を、
今一度きちんと踏まえることが大事だと感じています。

何故ならば、自然災害はいつでもやってくるのが日本であり、
経済面でも将来展望は決して晴天とは言えない状況です。

東京とそれ以外の格差はオリンピックによってさらに拡がるかもしれません。
その時、果たして同じ国として成り立って行けるのか問われてくるのではないでしょうか。

人口が密集し、生産活動も集中する東京と、
人口は減り、経済活動が停滞する地方は、
国としてのバランスが取れなくなる可能性も大いにあります。

これから2020年への日本の課題は、
オリンピックを進めるよりももっと大きな問題への対応なのではないでしょうか。
2011.3.11 | 00:09 | comments(0) | - | - | - |
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