黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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任天堂 驚きを生む方程式 井上理著 読了
評価:
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日本経済新聞出版社
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(2013-06-07)
コメント:任天堂とは?そんな疑問に答えてくれることは間違いない、歴史、文化、人にフォーカスした一冊である。理由は読めばわかるがAppleファンにもお勧めしたい一冊である。

私が任天堂について知りたいと感じ、この本を手にしたのは、
以下のHONZに掲載されていたアップル創業者の一人、スティーブ・ウォズニアックが
ゲームボーイを楽しんでいる写真を目にしたことがきっかけである。

私も、1991年頃であっただろうか、お年玉でゲームボーイを買って遊んでいた。
購入して数ヶ月後、アスファルト道路に落下させて壊れてしまった。
仕方ないので任天堂に保証書対応を求めると、動くようになって戻ってきた。
私が今でも覚えているのは、残り四ヶ月保証期間がありますよという通知が
商品に同梱されていた事実である。

この著書にも書かれているが、任天堂が娯楽の会社であることの本質は、
サービスをとことん追求する姿勢を持ち続けている部分に存在する。
「生活必需品」を売る会社ではないからこそ、お客様に楽しんでもらう姿勢を
忘れることなく、商品で、サービスでワクワクさせる会社が任天堂である。
そう、ちょっと考えてみると、同じことをアメリカでやっているのが、
Appleという企業であり、ウォズニアックがゲームボーイをやっているのは、
ある意味では必然なのかもしれない。

任天堂という会社を知っている人々は世界中に存在し、
この会社が開発に携わったゲーム機によって遊ぶ人は延べ数十億人規模である。
京都に本社を置き続ける世界企業はどのような人々が、どのような考え方によって、
事業を展開しているのか、そんな疑問を追ったのがこの著書である。

冒頭から数章は、現在の経営者である岩田聡氏を中心に、
技術トップである宮本茂氏がどうやってDSやWiiといったリビングゲームを
世界に拡げて行ったのかにスポットが当たっている。
それはゲーム離れしてしまっている現状を打開すべく、
普通の人々は、日常生活に何を求めているのかを愚直に探求した結果であった。
任天堂がこれまでに業績を伸ばし続けている要因は、
常に彼らが出すゲーム機で楽しむ人口を増やし続けているからである。

一時期、ソニーやマイクロソフトなど競合社の新商品に張り合って、
ハイテク技術を余分に盛り込んだゲーム機、
NINTENDO64やゲームキューブを開発したが、
世の中には全く受け入れられず、他社の攻勢をもろに受けるだけだった。
その後、DSとWiiにより起死回生をはかったのは、ハイテクからの脱却であった。
この考え方を植え付けたのが、初代開発者とも言える横井軍平氏であった。

後に新幹線の車中で電卓で遊んでいるサラリーマンを見て、
ゲームできる小型端末を開発した彼は、1969年に「ラブテスター」というゲームで、
何の変哲もない検流計(物体に流れる電流を測る機械)を改造し、
世の中の若者の関心を、任天堂という会社に一気に集めさせた。

そんな根は技術者であるが、世の中の人々を観察し、遊び心をくすぐる商品を作る
人々をまとめあげたのが中興の祖である山内溥(やまうちひろし)氏であった。
彼は22歳で家業を継ぎ、すべての親族を経営から排除して花札屋を近代化した。
その後高度再成長期に事業を多角化するも失敗、屋台骨であった娯楽事業を
中心に据え、他の業種をすべて畳む決意をし、その後の任天堂のルールとする。

それでいて、明文化している社是が存在しないのは、
「柔軟であり独創的であれ」という、考え方をもった任天堂の社員だからこそ、
人々をワクワクさせるゲームを生み出しうると知っていたからである。

最後に同著の締めに記されている山内氏の言葉を紹介して、
この著書から得られる現代日本人へのメッセージとしたい。
「アイデアが枯渇して、何をしていいのかわからなくなったら、
社業をやめなきゃしょうがないよね。そんなことで行き詰まったら何をするの。
何もすることがないやないの。ハードの会社?なれないよ、そんなの」

日本のサービス産業化が進展する中で、彼ら任天堂が築いた軌跡を振り返ること、
とても意味ある作業なのではなかろうか。
JUGEMテーマ:読書
読書 | 07:59 | comments(4) | - | - | - |
コメント
from: 深沢清   2015/07/14 7:03 AM
ハイ分かりました。
from: 城後 光   2015/07/13 9:07 PM
山内さんは、会社の原動力はアイデアだ。
出なくなったらこの会社は仕舞うべきとメッセージを伝えたのです。
山内さんの薫陶を受けた宮本原専務はこう言っています。
アイデアは、二律背反する課題を解決するものだ。つまり、誰かを救うために、誰かが犠牲になるものはアイデアではない。
関わる全ての人間が、その手があったかと、納得できる切り札こそ、アイデアだ。

花札を作っていた任天堂がアイデアの本質に行き着いたのは、ある意味で当たり前なのかもしれません。
どんどんチャレンジして失敗すること。
そして、困った時は、常に本質を追求すること。
任天堂の天才たちから凡人が学べることは、ただこれだけです。
from: 深沢清   2015/07/13 1:27 PM
最後の山内さんの言葉を分かりやすく解説してチョ。よろしく。
from: 深沢清   2014/09/13 2:10 PM
次から次へとよかとば紹介するね。その紹介の仕方がハナマルです。
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