黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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横井小楠 その1 (三上一夫著 横井小楠-その思想と行動- 読了記)
私は、5年前大河ドラマ龍馬伝が放送された年、幕末について改めて学ぶために、
横井小楠という一人の人物に関する本を5〜6冊読んだ。
しかし彼の関する評価は、坂本龍馬や勝海舟などが認めた人物という域を超えられなかった気がする。
 
今回あるきっかけで、横井小楠氏について再び学んでみようと思い立ち、
まず吉川弘文館発行である以下の著書を読んでみた次第である。

三上一夫著「横井小楠 その思想と行動」歴史文化ライブラリー62

まずは本著にも至る所で引用されているが、あまりも有名な小楠氏の言葉を挙げたい。
1866年甥二人がアメリカ留学するに際して贈った送別の辞である。

「堯舜孔子の道を明らかにし、西洋器械の術を尽くさば、
 何ぞ富国に止まらん、何ぞ強兵に止まらん、大義を四海に布かんのみ」

真心をもって富国強兵に励むことを説くがそれだけではなく、
国際的に強調して、全世界に普遍的なものを広めていく男子であってほしいとの願いである。

この三上氏著書では、以下のような流れで横井小楠氏の足跡を辿っている。
1.熊本藩での実学への取り組み、2.福井藩に招かれてから、
3.幕府の政治に参画してから、4.明治維新後新政府に参画して、
5.彼が非業に倒れてからの師弟の功績。

一つ一つ具体的に取り上げると、ブログの分量では収まりきれそうにないので、
その足跡については別途時間をかけて書きたい。

とにかく横井小楠という人物は、現代の21世紀にそのまま現れても、
政治家として活躍できただろう認識力が備わっていて、普遍的事実を俯瞰する力に優れていた。

信義に耐える気概をもって、理不尽な他国の要求には決して屈してはならない国の姿、
アメリカとロシアそして中国など、自らの利益を求めて軍事強国が覇権を争う姿、
政治が腐敗すれば自然に国民の暮らしを蔑ろにする政治が生まれてくる実態、
国を閉じるのではなく積極的に開いていくことによって貿易で利益を得る経済活動、
政治を私のものとするのではなく、天下は公共のものでなければならないという原則等々。

横井小楠氏は、まだ鎖国下・江戸幕府が存在している民の自由も存在しない160年前に、
こういったものを戒めているが、国民主権が実現したにもかかわらず、
未だに日本ではどれも満足に実現できていないのが実態である。


彼は、家庭的に将来の発展が望めない次男坊として生まれたが、
学力優秀で15歳で藩主に謁見できるほどであった。塾長に抜擢されるほどであったが、
物事の本質を理解し、あるべき政治の体制と現状のズレを批判する彼の姿は、
字面ばかりに熱心になり、現実の政治を変化させようとしない先輩から反発を買った。

江戸に学び、多くの実力者との交友を深めたが、自藩で仕事できる環境は与えられなかった。
しかし、諸藩を人物をめぐる旅に出るなかで、その高い見識が認められ、
多くの土地で指導を請われるが、最終的に藩全体から歓迎された福井藩に出向くことになる。
半年の福井藩訪問中、多くの実力者が彼に教えを請い、藩主松平春嶽氏からも一目を置かれる。

その後一旦熊本に帰り、不遇の時期を過ごしていたにもかかわらず、
黒船が浦賀に来航する半年前からその情報を入手できるほどのネットワークを持ち、
世界情勢には高いアンテナを張り巡らしていたことも、多くの有力者を惹きつける要因となった。

福井藩では人間教育の機運が高まり藩校の改革に取り組むためどうしても小楠氏の力を欲し、
藩主同士の頼み込みまでして、熊本から福井に横井小楠氏を招聘することに成功する。
福井では、普通の人間には認められていない釣りも認められ、他の教育者を上回る待遇で遇され、
休む間も無く講義を行う小楠氏であった。

彼は、人格形成、藩経済の立て直し、改革派・保守派の意見融合など、
福井藩の変革に対して、様々な知見を総動員して、多くの藩を動かす役人を支えた。
産業振興策や貿易振興により、藩庫を富ますことによって、幕府内の実力も高まっていった。

そして、幕政でも期待度が高く力を持っていた松平春嶽氏の懐刀として、
福井の横井小楠を飛び越えて、幕府変革の知恵袋にもなっていく。
数年前は藩の仕事も満足にできなかった彼が、最後の将軍となる一橋慶喜氏の賞賛を受けるまでになる。

そこまでの実力を備えたにもかかわらず彼を引き摺り下ろしたい地元の妨害は後を絶たず、
士道忘却事件というレッテルを貼られ、再び表舞台には出られないようになる。
そんな時期が、大政奉還という世の中の大変革期にあたり、
不遇の時代、沼山津の四時軒に逼塞している時期には、坂本龍馬が何度も足を運んでいる。
そのほかにも幕府の有力者、雄藩を引っ張る人間も何度も書状をやりとりしている。

そして、王政復古が成り、明治新政府が始動すると、小楠氏にも声がかかり、9名だけの参与に就く。
体調があまり優れないなかでも、新しい政体作りに尽力するが、
彼の実態をあまりよく知らない暗殺者につけ狙われ非業の最期を遂げる。

しかしながら、その非常に大きな視野を持った考え方は、熊本・福井など、
多くの師弟に受け継がれ、教育分野・政治分野・経済分野など、
多くの実力者を生み出す土壌となっていった。
横井小楠氏に学んだ人々同士が連携して行った仕事が多いのもその特徴と言える。


とさっと、彼について本著に従って流してみたが、あくまでもこれは表面的なものである。
彼が成し遂げた意義を明らかにしようとすれば、その守備範囲が広すぎるため、
具体的にテーマを絞って説明する必要があるだろう。
それで、今回の記事はまずはエピローグとしてこうった全容で終わりにしたい。

横井小楠氏を知ることは、現在を俯瞰することである。
私はそんな考えを持ったからこそ、これから改めて横井小楠氏の足跡を辿ってみることにした。

普遍的な考え方を維持していたからこそ、江戸幕府の有力者にも、
その体制を壊そうと励んでいた雄藩の実力者にもその価値を認められたのである。
現代もそういった人物が必要不可欠なのである。

世の中を変革するために闇雲に壊していたら、人民が混乱に陥るだけである。
維持すべきところは保ちつつ、変化させるものはそのメリットを前面に変化させる。
横井小楠氏が行った福井藩変革から、我々現代日本人が学ぶものは非常に多いはずだ。

JUGEMテーマ:幕末 歴史
評価:
三上 一夫
吉川弘文館
¥ 1,836
(1999-02)
コメント:小楠氏の行動に即して、どのような事実と考え方が、人々に受けれ入れらていったかを非常にわかりやすくまとめられた本である。論文調でない点も初心者にもお勧めできる。

横井小楠 | 00:36 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from:   2015/05/22 9:55 AM
深沢さんありがとうございます。
まだまだ小楠さん関連本を読みこまなくてはいけません。
よろしくお願いします。
from: 深沢 清   2015/05/22 8:07 AM
お見事です。とても良く纏めてあります。名古屋ではこれをよろしく頼みます。まとめは凄いにつきます。畏れ入りました。
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