黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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野火 塚本晋也監督・主演作品 鑑賞

先週の日曜日にこの映画「野火」を渋谷ユーロスペースにて鑑賞しました。

屍体がゴロゴロと登場する作品でしたが、その後の食べ物を寄せ付けないほど、

衝撃的な印象を受けなかったような気がしました。

しかし、映画館を出た足で、そのまま書店に出向き、大岡昇平著の原作本を求めました。

普段は、映画を見た日に、その記憶が冷めない時間で感想を書く私ですが、

この作品は、すぐにコメントしようになく、今になってしまいました。

しかし、この映画を一人でも多くの方に見て欲しい、そう願い駄文を綴ることにします。

この作品の原作本著者である大岡昇平氏は、

1944年に招集されてフィリピンミンドロ島に赴任し翌年米軍の捕虜になり、

帰国後1949年に文壇デビューし、1952年にこの作品を世に出しています。

大岡著「野火」を塚本晋也監督は、高校生時代に手にとって、その衝動のまま、

この作品を映像化することに突き進んでいくことになり、約40年後この作品が完成しています。

日本兵の活動地域を踏まえて、大東亜戦争と呼ぶのが相応しいと思いますが、

その戦争で、様々な餓死兵が出たことは教科書、テレビ、書籍などで知られている事実でしょう。

日本国内はもとより、太平洋諸島、ロシア、中国、その他の国々で、

満足な食料すら得られることなく誰にも知られずに亡くなった日本兵は数十万単位に及びます。

この結論は、大東亜戦争を歴史的事実として客観視できる後世の人間には自明の事実です。

緒戦はともかくとして、戦闘を続けるごとに敗色が濃くなっていく日本軍において、

海外で兵站を担える土地は減る一方でした。

一方で国内も物資が急激に減りつつある中で、海路・空路など輸送路も敵によって封じられます。

どんなに海外で戦う兵隊が希望を抱いても、彼らに助けを与える余裕はありませんでした。

(ここから多少ネタバレありです)

そんな状況の中でフィリピンのレイテ島を彷徨う、

一人の負傷兵「田村一等兵」がこの映画の主人公です。

彼は、肺を患い肉体労働ができない状態となり、除隊後野戦病院行きを余儀なくされますが、

そこはさらなる酷い負傷兵の溜まり場であり、その場にも居場所はなく野に放たれます。

原生林が生い茂る島を彷徨う中で、多くの死者を見続けて、人間としての尊厳が

麻痺していくなかで、兵士同士の殺し合いの場所にも遭遇し、

自らも現地民を殺さざる得ない状態に置かれました。

生きること死ぬことの境界線が見えない環境に苛まれる日々を超え、

気が付いたら捕虜収容所にて目が覚めて、日本での作家として生活をするも、

その光景が頭から離れず苦悩の日を送っているという場面でエンドロールが流れました。

(ネタバレ部おわります)

映画自体のストーリーを流してみると、決して複雑なものではありません。

しかしながら、一つ一つのシーンに、「人間とは何か?」「社会とは何か?」

「国とは何か?」「戦争とは何か?」そういったものを突きつけるものが溢れていて、

見るものに与える衝撃は並大抵のものではありません。

それは間違いなく、大岡昇平氏の苦悩であり、

彼に代表される兵士の状態を招いた大東亜戦争というそのものの苦悩なのでしょう。

安全保障に関する議論で、「戦争になるならない」とか議論がなされています。

なんと軽はずみな言葉遊びなのでしょうか。

70年前の大東亜戦争を思い浮かびるまでもなく、現実にISILに苦しむシリア人は数知れません。

米軍の掃討作戦に参加して、人間不信になって兵役解除された米軍兵も途切れません。

日本は明治維新期を迎えるまで近代的な戦争国家ではありませんでした。

もちろん鉄砲など飛び道具は存在しましたが、如何に負けたものの屈辱を抑え、

戦闘に勝利するかをしっかりと認識した上で戦争が繰り広げられました。

明治維新期から近代的な軍事システムをもつ国家に移行したように見える日本ですが、

1870年代から2015年の現代に至るまで、現場の兵は使い捨ての概念です。

未だに大東亜戦争の戦没兵の遺骨収集すら満足に行われていません。

今でも、アメリカでは兵役戦没者の死体を捜索し丁寧に弔う仕組みが存在します。

一方の日本では、有事法制が進められていても、自衛隊の戦死者を保証する仕組みは、

全く不十分なままで、あくまでも戦争には参加しないという建前のままで事態は推移しています。

「野火」を見ながら、屍体を見て人間としての尊厳が麻痺する田村一等兵を見るにつけ、

戦争がない状態が70年続いて、戦争は他人事のようであり、

平和というものの存在が麻痺する現代日本を思わずにいられませんでした。

目の前の人間を信じることができない状態が戦争末期の姿であると、

この作品は随所随所で訴えています。様々な人間同士の無情な行いを通じて。

この作品を観て私が感じたことは、常時戦場というものを意識できるか否か、

これしか結局、人間を信じることはできないのではないかということです。

人間は歴史上、常に大なり小なり生存のために、他者との争いを行なっていきました。

技術がどれだけ進もうとも、生存できる場所が限られる限り、

その土地を巡る争いが収まることはありません。

では、今を生きるならば、いつか死ぬならば、どうやって人々と付き合っていくべきか、

感じることがこの地球に生まれてきた定めではないのか、

そんな感想をいただいた作品でした。

まだ大岡昇平著「野火」を読み終わっていません。

時間をかけて、彼が伝えたかったことを紐解いていきます。

それが必ず今後の社会の作り方に役立つと信じて。

JUGEMテーマ:映画
映画 | 11:51 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from:   2015/08/03 9:40 PM
深澤さん
この映画、そのうち福岡でも公開されるはずです。
是非見てください!
from: 深沢清   2015/08/02 12:43 PM
よか映画のようです。感想をもう一度読みます。有難う。
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