黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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昭和60年4月1日廃線。国鉄矢部線に想う鉄路の存在価値。
先日、帰省した際に鹿児島本線羽犬塚駅のホームを覗いてみたが、
すでに矢部線ホームであった0番線の影も形もなくなっていた。
実家の棚に、ふと矢部線走行風景を写したVHSビデオがあったので、
ぼんやりと思い出して、この小論を書き始めてみた。

私は、1981年1月生まれであるので、矢部線が走っていた事実は、記憶としては殆ど残っていない。
廃線跡や、国鉄矢部線写真集などの記録などで、当時を辿ってその記憶を新しく描こうとした少年時代だった。
とはいえ私は、母親曰く、少ない運行本数ながらも、列車が通過するたびに、
線路端に走っていき、ディーゼルカーを追っかけていた幼少時代だったそうである。
何しろ、実家のすぐ後ろに線路が通っていたので、家の中まで警笛が聞こえてくるほどの生活スタイルだったのだから。

子どもの頃の経験は一生に大きな痕跡を残すようで、35歳の今になってもローカル線を眺めると、
それだけで和みを得られるのが、私にとって一番の癒しとなっている。
国鉄矢部線は、筑後市の羽犬塚駅から八女市の筑後福島駅を通って、
現在は八女市になった黒木町にある黒木駅を結んでいた19.7Kmの非常に短いローカル非電化線であった。
昭和20年と非常に新しい時期に開通した線路でありながらも、
そもそも乗客需要を想定した鉄路ではなく、開通から廃止まで常に赤字だったはずである。

その芸名とおり、黒木町出身の黒木 瞳氏が、
八女高校への通学にも利用していたこのローカル線であるが、
残念ながらモータリゼーションの進展と大きな沿線人口増加要因もなく、国鉄の赤字を減らすため、
1981年第1次特定地方交通線に指定され、それから4年後に40年とその短い生涯を閉じた。

2016年現在も、矢部線廃止時と同様に、利用者が減少し、運行本数が減らされ、
廃線を危惧されている鉄路が日本各地に存在している。
地方人口は減少し、自治体財政も厳しく、鉄道の役割も限定されている昨今、
日本のローカル鉄道を取り巻く環境は、非常に先行き不透明な時代が続いている。

しかし、廃線跡を見つめてきた私は、やはり鉄路が存在するとしないでは、
その土地の魅力に大きな違いが出ることを感じずにはいられない。

車は基本的に、日本では非常にパーソナルな乗り物である。
自家用車がその大半であるため、バスであってもマイカーを避けるように走らざるを得ない。

一方、鉄道はレールを占用して走っているために、それ以外の乗り物の都合に合わせずに、
基本的に事前に決められた時刻に合わせて、信号と運転士の操作だけによってコントロールされている。
そこに乗り合わす乗客は、よほどの緊急時以外は、運行に対して一切の影響を与えることなく、
全てを鉄道会社に委ねて移動の足を任せてしまっている。

都心部で顕著なように、殆どの庶民は、鉄道に生活の大半の移動を任せており、
鉄路なしには通勤通学始め日常の移動もままならない。
一度に数十、数百、千人以上の人間を運び、年間の遅延時間は均してみると
非常に微々たるものであるのが、日本の鉄道なのである。

決められた場所で働き、決められた時間に行動し、
大きな存在に自らを委ねて生きている多くの日本人そのままに、
日本の鉄道は今日も決められたダイヤで列車を走らせている。
特定の遠隔地鉄道以外は、基本的にどこかで別の鉄道と接続されており、
人々を何の前提条件も必要とせず、その対価である運賃だけで終点まで誘ってくれる。

他の路線と繋がってさえいるのならば、他からお客さんを呼んでくる可能性を必ず持っており、
その沿線地域がその努力さえするならば、他者を引き寄せる可能性を見出してくれる。
マイカーが主導権を個々のドライバーに依存するのとは大きく違い、
あくまでも人を輸送する主導権は、交通機関側に存在するのである。

全国で少しずつ公募社長さんが、独自の利用者促進策を講じながらローカル線の舵取りをされているが、
利用者増に導いている会社に共通するのは、鉄道に限らず、
地域の魅力を高めようとする努力を積み重ねられている事実である。

人を呼び込むという作業は、条件面では短期滞在・長期滞在などきりがないし、
基本的には自治体でやるべき作業なのかもしれない。
しかしながら、これほどまでに財政は厳しく、独立性が乏しく、
課題が山積する地方行政機関の現状を垣間見ると、
人を呼び込むだけに自治体のフルパワーを発揮するのは殆ど非現実的とは言えまいか?

餅は餅屋に任せるべきで、人を運ぶことが使命である交通機関に、
人を呼び込む力を存分に発揮させることこそが、地方に求められる生き方なのではなかろうか。

そのためにも、失われた鉄路をしっかりと振り返った上で、
今絶滅の危機に瀕している鉄路の価値を今一度見直し、
どうすれば、人を呼び込む力を最大化できるのか、
地域の人々みんなが話し合ってみる意味は非常に大きいはずだ。

鉄道路線の単体収益だけで、存在価値を論じるのではなく、
人を招いている価値をきちんと加味し、鉄路の存在価値を評価する仕組みが国にも求められるだろう。

ともあれ、まずは多くの人々が懐かしさを感じる列車に乗って旅をしてほしい。
そうすれば必ずその価値が他では得られないものだと気がつくはずだから。
矢部線
JUGEMテーマ:鉄道
八女 | 00:47 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from:   2016/01/06 7:42 PM
深沢さん
ありがとうございます。
100の仕事、やりたいものが沢山あります。
一方で、やらなくちゃいけないことに追われています。
どうやって折り合いをつけるかです。
とにかくがむしゃらやってみます。
from: 深沢清   2016/01/05 9:11 AM
正月5日に、よか文を載せましたね。これ地域再生のことです。何処にでも人間が生きる意味を問うものがあります。それに気づくのが現代人の地域再生です。田舎は百姓の概念をもって生きていきましょう。百姓とは「100の仕事」をやって生きる事です。
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