黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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不易流行〜日本庭園に学ぶ時代の超え方〜
昨日、お茶を振る舞う茶店の写真が撮りたいがために、文京区駒込にある六義園を訪ねた。
六義園は、五代将軍徳川綱吉の側用人
柳沢吉保が7年の歳月をかけて1702年に完成させた回遊式築山泉水庭園である。
http://teien.tokyo-park.or.jp/contents/outline031.html
明治以降一時荒廃していたものを岩崎弥太郎が購入し、岩崎家によって再興され現代の姿になったとのこと。

私は、気分の赴くままに、東京都内の日本庭園を何度か訪れている。
皇居東御苑も四季折々の草花が素晴らしい。
自然が豊富な田舎で生まれた人間だからこそ、緑を求めて日本庭園に誘われるのだろうが、
ただ木が生い茂る明治神宮など鎮守の森では味わえない、
人工的な文化価値があることで、その魅力を多分に感じるのかもしれない。

考えてもみてほしい。建物を300年維持し続けることは大変である。
伊勢神宮で式年遷宮が行われるのは大工など作り手の技術を維持するためにと言われている。
しかしながら、多くの所有者がしっかりしている日本庭園は、
若干の姿を変えつつも、長年に渡り作られた大枠を生かしたまま現代の人々を癒し続けている。

それは、そもそもが一番初めの作り手が、
日本人の精神文化に強い関心を持ち、
時間をかけてその土地の持ち味を生かして建設し、
日本ならではの四季をその一箇所で再現しようと、
丹精を込めていることが一番の柱である。
六義園を作った柳沢吉保も、和歌に親しんでおり、
その六義の由来は、紀貫之が使った六体という言葉に由縁があるそうだ。

建立から何世代もの時期を超えて、守り続けようと意思を思わせるものがあるからこそ、
多くの日本庭園が、庭師の手を掛けて、時の所有者の意を汲んで守られ続けている。

今では、日本人に限らず外国からの観光客の方々も、その静寂さを求め、
四季を感じるために足を運んでいらっしゃる。
完成当初から変わらないだろうが、鳥などの小動物も、
都会の数少ない緑を求めて翼を休める拠点として活用している。

何故に多くの生き物を惹きつけるのか、それは日本庭園にエネルギーがあるからである。
人工的な建物には、動物が吸収できるエネルギーは存在しない。
日本庭園には、沢山の木々があり有機物を生み出している。
水のせせらぎ、季節の草花は、
人間の精神に癒しを与える物質的、精神的な力をもたらしてくれている。
その人工的な容姿は、自然に出来た土地の風景にインスパイアされたものであるために、
人が意図的に作っていながらも、
あたかもずっとその土地にあるかのように不自然さを感じることなく風月に耐えている。

江戸時代から国の中心地であり続ける現代の東京地区において、
日本庭園が果たす役割は、本来自然人であるはずの
人間本来の生命エネルギーを快復する一時の癒しであったのだろう。
それは、2016年の現代においても普遍的であるからそこ、作られた時の姿をとどめて、
今後も多くの人々の心に癒しを続けるような価値を秘めているのだろう。

万物は流転することが避けられない。
多くの人間は100年以上生き続けることは困難だ。
どんなに頑丈な建物を作ったとしても
それを維持しようとする人が一人もいなければ、誰かによって破壊される。

経済に限らず、世の中が大きく変化していると考えられる時期だからこそ、
時にはじっと動かず、長い間その姿を変えていない存在に
じっくり目を凝らしてみる必要があるのではなかろうか?

日本庭園など、大枠は変わらないなかでも
時代を超えて変化をやめない存在をじっくり観察することは、
流行トレンドを追いかける専門家の論評を読むことよりも、よほど深い学びが得られるはずである。

昨日得た緑のエネルギーを種に、私は今日もパソコンに向かって閉ざされた空間で仕事に励む。
あの日本庭園がどのような人々によって作られたのだろうかと、どこか想起しながら。
JUGEMテーマ:日本庭園
社会 | 07:55 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from:   2016/02/15 10:17 AM
深澤さん

波佐見日記のネタ探しに出かけたおかげです。
発信しようとすると、吸収しなくてはいけない。
面白くなります!
from: 深沢清   2016/02/15 8:21 AM
ウーンと唸るような名文を記しています。驚きです。この文こそ今の時代に要るものです。有難う御座います。
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