黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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私が小さな町で政治家になった理由。

私は、今年4月末に移り住んだ町で、

10月23日に行われた町議会議員選挙に当選し、議員になりました。

35年間、政党に属したこともなければ議員秘書をしたこともありません。

それまでに他者の選挙のお手伝いを数日手伝った程度です。

 

しかしながら、幼い頃から世の中の仕組みには興味があり、

選挙という仕組みにも興味があったのは事実です。

 

なぜ、この土地で選挙に出ようと思ったのか?

その回答を一言でするならば、

「外野で文句を言うだけの人間になりたくなかった」それだけです。

 

世の中に不満を感じている人はたくさん存在します。

中でも、政治家に対して文句を言う人は古今東西数多存在します。

 

生まれた時から身分が固定されている封建時代は別として、

表でも裏でも「俺がやる」と手を挙げた人が世の中を変えていける時代は、

現代に限らず、いろいろな土地で存在しています。

日本国憲法下で、法の下の平等が図られている日本もそのはずです。

 

しかしながら、様々な理由付けがなされた上で、

世の中の仕組みを政治家が変えていくことが難しいことだと言われます。

政治家を経験して、様々な軋轢を踏まえた結果、

世の中は政治の世界では変えられないと言われるのであれば理解できます。

 

けれども、現実には政治の世界を経験したことのない人が、

「どうせ一議員では何も変えられない」と大なり小なり声を発しています。

 

私は、単純な頭の持ち主なのかもしれません。

果たして本当にそうなのかと、二十年以上疑問を感じてきました。

 

この疑問に対して、何らかの答えを得るのであれば、

絶対に政治の世界に飛び込んでみないと、答えは出せない、

私は他人がどんなことを言おうとそれだけを決めていました。

 

 

そんな前提の中で、私は今年東京から長崎のこの町に移り住んできました。

もちろん、いつかは町議選挙に出馬したいと心に秘めながら。

 

けれども、そのタイミングでは時期は考えていませんでした。

まずは、この町に解け込む為に目の前の仕事を一生懸命やることだけ考えていました。

 

しかしながら、周囲の声を聞いていくと、

この町が持っていると思っている可能性を訴える声は少なく、

一方で問題点を声高に叫ぶ人もあまり見当たりませんでした。

そして、選挙に出るのではないかと候補者の噂自体あまり聞きませんでした。

 

私自身は、この町に四年ほど前から通っている度に、

飲み会の席で冗談ながら、町議選挙に出たらどうだと声をかけられていました。

もちろん、それはわずか10人程度のお声がけでしたが、

何度も声を掛けられていると、あながち単なる冗談でもないと感じていました。

 

そんな自分自身の想いと、周りの雰囲気が合間って、

選挙が告示される二ヶ月を切ったタイミングで、自分の腹を決めました。

 

この町に移り住むきっかけになった方にお話をしたところ、

全力で応援していただくとの言葉をかけていただき、

結果はどうであれ、全力で投票日まで駆け抜けることにしました。

 

実際に、投票日自分自身の得票が積まれていくまで、

全くもって選挙を勝ち抜く自信はありませんでした。

かといって、全くダメであるとも思っていませんでした。

 

とにかく、選挙日までにはたくさんの人に、

自分自身のことを知ってもらうべく足を動かし、

いろいろな場所でいろいろな方と会話を重ねました。

 

選挙期間中は、軽トラックの選挙カーに登り、声を枯らして地声を叫びました。

手を振ってくれる女性を見ると、出来るかぎり選挙カーを降りて、

走ってその女性の元まで全力疾走を行いました。

 

団地では、雨の中濡れながら、自分の想いを短時間演説しました。

そして、立会演説会ではその地域のことを、

自らの少ない知識を振り絞って、精一杯お話させていただきました。

 

様々な方が、私の行動を垣間見て、こいつは期待できると、

評価していただき、応援していただいた結果、

奇跡的に483票もの得票をいただき、

立候補者16人中12番目で当選させていただきました。

 

 

そして、12月15日から始まった議会にて初めての一般質問に臨みました。

もちろん初めての議会なので、緊張して十分な質問ができたとは言えません。

けれども、町長からも担当課長からも、私の意見を踏まえて、

前向きに検討したいという回答をいただきました。

 

もちろん、それで実際に町政に対して、

何らかの動きが起きるかどうかは、今後のことなのでわかりません。

 

しかしながら、わずか3ヶ月以上前には、

この町全体にとっては、何者でもなかったものの意見が、

町役場全体の中に、声として入っていたことは事実です。

 

私が大切にしている言葉は「やってみもせんで」という言葉です。

「やってみない状態で何が分かるのか」というニュアンスです。

 

もちろん、私がこの小さな町で政治家として真価を問われるのはこれからです。

意見を出したところで、的外れなことばかりで、

何も町の将来に貢献しないかもしれません。

 

そんなことがないように、出来るだけ町民の方と会話をしながら、

しかし、町の中だけに固執せず、外部の情報も大いに参考にしつつ、

少しでも町のためになるような議員たるべく仕事に取り組んでいきます。

 

それが「一議員には何も変えられない」と声を出した方を

いい意味で裏切る唯一の方法ですから。

 

褒めると伸びる人は沢山いるようですが、

私は、「どうせダメだろう」と言われるとエネルギーが沸く人間です。

来年も、いろいろな方からお叱りを受けることは覚悟で、

自分自身が信じた道を走っていきます。

 

少しでも世の中をより良い方向に、

一人でも多くの方が、笑顔でいられる社会を築くために。

シルバー民主主義

波佐見 | 23:19 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from: 城後 光   2016/12/31 9:39 AM
深澤さん
ありがとうございます。
ぼちぼちやっていきます。
from: 深沢清   2016/12/30 9:15 PM
よくできました。ハナマルです。頑張って!
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