黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了

先日偶然であるが、現在の大分大山町農業協同組合

矢羽田 正豪組合長とお会いすることがあった。

 

過去に、小泉純一郎総理が大山町に視察に入られたことがあり、

昨年には小泉進次郎自民党農林部会長が講師として

矢羽田氏を招いたとのお話をお伺いした。

 

何が、大山町農協の凄さなのかと気になった私は、

その中興の祖である矢幡氏の著書を手に取ってみることにした。

 

端的に言えば、このブログ一つ前のエントリーである、

小説「プラチナタウン」主人公を地でいくような、

ビジョンに溢れ、行動力を持ったリーダーが矢幡治美氏であった。

 

大分県大山町(現在日田市)は、北部九州の中心部にあり、

日田駅から車で約10分、福岡市から高速で1時間強、

熊本市に約2時間、大分市に2時間弱に位置している。

全町の広さは、約4500ha、そのうち耕地は380haで、

水田は90haとほとんどが果樹園と決して農業に適した土地ではない。

(面積は本著刊行の昭和63年当時)

観光資源もなく、景色が良い景勝地があるわけでもない。

鉄道線路も、高速道路も通わず、遺跡や民謡の類もない。

杉山が多く戦前から戦争直後まで、住民は山林関係で生計を立てていた。

 

そんな土地で、造り酒屋に生まれた矢幡氏は、

戦争が終わり大山町に戻った。コメ不足により酒造業は廃業し、

郵便局長をやっていたが公職追放により仕事ができなくなり、

見よう見まねで農業に従事。水田から始め製茶農家に転じるも、

静岡茶が市場の大半を占めている状況に遭遇し断念。

 

そして、昭和26年農業委員に就任、29年には農協組合長に転じる。

農民の意見を聞いたり、生活実態を目の当たりにする中で、

土地の農業のあり方を変える必要を感じ、農協の経営理念を発表。

 

1.組合員の不利益にならない方法で農協の経営をします

2.農協に利益があがれば、環境の向上に投資します

3.農協は友づくり運動に努力します

といった形で、県中央会の方針に固執しない大山スタイルを目指した。

 

組合長の就任翌年に村長選挙があり、立候補を検討しつつも、

政争が激しく立候補を断念、しかし同年秋に再び行われた村長選にて、

矢幡氏は、無投票にて村長にも就任する。

(大山村は昭和44年に町制施行により村から町に転換)

 

自らの経験からも、工業や商業という他の産業と比較し、

農業には経営手法に大きな課題があることを踏まえ、

コストを抑えて稼げる仕組み作りが急務であることを痛感。

大山農協の基本方針は、時間が経ち、さらに具体化し充実した。

 

1.組合員が犠牲にならない着想での農協経営

2.他より高利な貯金を推進し、低金利で融資を行う

3.農業に必要な購買品を安く仕入れ安く売る

4.農産品の加工事業を行い、消費者への直接販売を行う

5.農協で得た利益を村おこしのために還元する

6.農家生活向上のため高収益品種に特化し休日を増やす

7.少量生産、多品目栽培、希少価値販売を行いリスクを減らす

8.畜産をやめ果樹などに転換し軽労働を目指す

 

これらの目標を設定した上で、昭和30年代から60年にかけて、

時間をかけて段階的に、なおかつ様々な地域との連携を行い、

農協組合員だけでなく、全町民が参加して、

活気ある地域づくりの為に取り組んだことが、

この著書では詳しく記されている。

 

現在は、徳島県の上勝町の葉っぱビジネスが著名ですが、

それを遡ること数十年前から、総合商社に匹敵する農協作りを意識し、

少しずつ農業の六次化を進めてきたのが、まさに大山町農協である。

 

また、大切なことは地域づくりは人づくりであるという点を押さえ、

少しでも所得の高い農家の実現、ともに学び合う環境作り、

次世代を支える子どもへの就学支援など、

少子高齢化が日本中で叫ばれる現状でさえ追いついていない

制度設計が、大山町では農協を中心に進められていたことは、

大変素晴らしい事実であり、総理大臣までもが注目する意味がわかる。

 

この著書は刊行からすでに30年近くが経過しているものの、

農協改革や地方自治体変革に必要なエッセンスは全く古びておらず、

紹介したいポイントを挙げればきりがない。

だからこそ、せめて終章の「農協の体質強化のために」と題された、

矢幡氏の3つの原則提言を紹介して、このエントリーを終わりにしたい。

 

まず三つの原則をはっきりと守っていかなければならいない、

その一つは創造性です。

従来のありきたりの農業から思いきった新しい分野を創造していく。

あるいはまた、農協の従来の経営方針、運営方針、中央会から示された

型どおりの農協というものから脱皮して農協自体にも

創造性を発揮していかなければなりません。

 

また次は迅速性です。もう世の中は日々に急速に変化しつつあります。

特に国際情勢の変化が直ちに国内に響き、

農村の農家にも響いてくるような現代です。

なにかの事態があったならば、もう打てば響くような

変わり身の早い迅速な対策措置をやっていかなければならないと思います。

荏苒として、いわゆるサラリーマン根性と申しますか、

鳴かず飛ばず、とにかく自己の職場を守ればいいという

保身的な考えでは、対応できないと思いますので、迅速性を堅持すること。

 

それから責任性、これは一組合長が責任を取るという意味ではなくて、

職員の執行部のあらゆる職員が、

それぞれ自分の責任を全うするという責任性の追求です。

 

この創造性、迅速性、責任性を踏まえて大分大山町農協では

もう十数年前から機構改革を敢行したのです。

大山町農協

評価:
矢幡 治美
家の光協会
---
(1988-01)
コメント:町づくりに関わる人に是非読んでいただきたい。30年経っても全く指摘事項が古びることがない。

読書 | 14:06 | comments(2) | - | - | - |
コメント
from:   2017/05/05 8:20 AM
大山町農協は、見学の価値大有りですね!
from: 深沢清   2017/05/05 8:16 AM
よく見つけ出して読みましたね。お見事です。この本は20年くらい前に読んで、ヤスオちゃんと姐御も読んでいます。それ八幡治美さんの思想に感動しました。それを読んで即見学に行きました。田ご作ご一行さまであります。未だにポカーンとしています。ヨロチク。
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