黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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加藤清正 海音寺潮五郎著 読了。-熊本城から見えてくる領民を想う殿様像-

先日、熊本城に行く機会がありました。

そこでボランティアガイドさんに、

熊本城の建造物や、その創建の歴史を伺いました。

60代過ぎのガイドさんは、ひらすらにこの城を築いた

加藤清正という人物を褒めたて、

今の熊本にとってなくてはならない人だと絶賛していました。

 

どんな地域でも、地元の人に尊敬されている方がいますが、

果たして、その土地の民衆にとって賞賛を得るだけの施政者がいるのか、

常に疑問を持っている私であるので、

加藤清正公とは、どんな人物なのか知るべくこの小説を手に取りました。

 

最初に結論を書くと、非常に人間味に溢れた施政者であったことは

紛れもない事実のようです。もちろん、多くの弊害も生み出していますが。

彼は、豊臣秀吉によって世に出された人物であったので、

終生その恩を忘れることなく、次の天下人となった徳川家康に対しても、

豊臣家の安寧を願う戦国大名であり続けました。

 

 

この小説の主人公はもちろん「加藤清正」であるが、彼が仕えた豊臣秀吉について、

多くのページが割かれている。以下は有名な賤ヶ岳の合戦に向かう時のシーン。

 

ーーー

前者に向かって、大音声にさしずする。

「汝らは大急ぎで長浜に走り行き、街道筋の町々村々からあるかぎりの松明を出させ、

在々の百姓らをくり出させ、その松明に火をともして、街道に立たせよ。それ行け!」

 

ぱっと徒士らは走り出した。

のこった三十人組の前に立って、また叫ぶ。

 

「汝らも長浜に足のかぎりに走り行き、長浜領内の村々にふれをまわし、

庄屋、大百姓どもの蔵をひらかせて米を出させ、飯を炊かせよ。

炊きあがったならば、空俵のあと先はそのままにして、

中ほどを切りあけ、中に濃い塩水をそそいでよくしめてから飯を入れさせ、

牛馬の背につけて、街道を賤ヶ岳に向かって持ち行かせよ。まぐさも用意させよ。

これには糠を混ぜて、やはり俵につめて持ち行かせよ。

飯の俵との見わけのために、木の枝か紙のしべをつけさせておけ。

 

わしが軍勢ども、途々わしにつづいて駆けて行くこと故、

ずいぶん飢え疲れる者が出るであろうが、それを見かけたなら、

これは飯でござる、これはまぐさでござると教えて食べさせてよと言えい。

奪い取ろうとするものもあろうが、その時はかまわず奪いとるにまかせよと言えい。

着物になりと、手拭になりと、包んでお持ちあれと教えて取らせよと言えい。

このために行った米もまぐさも、あとで十層倍にしてわしがとらすと、

よく言い聞かせよ。それ行けい!」

ーーー

 

これは、豊臣秀吉が天下統一を図ろうとする最も盛んな時期である。

戦国時代当時、戦争の手段を教える術として書物なく、

すべて上に仕える武将の指図によって、人心掌握術を学んだ。

 

加藤清正は、秀吉の母の従兄弟の息子である血縁者であり、

秀吉の出世とともに、戦国時代実力によってその地位を挙げた。

だからこそ、秀吉が主人である織田信長の心を掴み、

その評価を得ようと如何に虚心坦懐に働いたかをつぶさに観察した。

 

結果として、秀吉亡き後に徳川家康が天下を支配することも予見し、

自らの存在がどのように評価されるのかを十二分に理解し行動を行った。

 

また、秀吉が自らの境遇が卑しい身分の出身であり、

農民の生活を土台に国作りを考えたことを参考にして、

常に現場主義で、戦場でも平時でも、

最下層の民の気持ちを汲み取ろうと努力し続けた。

 

 

加藤清正最大の失敗は、秀吉が命じた朝鮮出兵の先鋒として、

泥沼化した朝鮮での征伐軍をあくまでも主戦論者として強行した点にある。

以下は、小西行長が相手に和平交渉をする中で、

逃亡していた国王の兄弟を捕まえようと同僚大名に相談する場面である。

ーーー

「ことさらめかしく申すまでもなく、

戦さというものは戦う者の力量以外に

運不運のともなうもので、いかに力量あり、勇敢なものだとて、

必ず人にまさった手柄を立てられるとはかぎらぬものでござる。

されば、運の向いている時には、

気力を励まして強く追いかけるべきものでござる。

両王子がこの町を通って奥地へ参られたとは、われらに手柄立てよとて

天のあたえ賜った好運でござる。

飽くまでもこれを追求するこそ、武人の心掛ではござるまいか。」

 

鍋島は盃をふくんで一口のんで言う。

 

「加藤殿の仰せ、一応道理とは存じますが、異国の者はなかなか心が強く、

はかりごとが多いとうけたまわります。

餌にかけて人を遠く切所にさそいこんでおいてぐるりと取巻き、

わなに陥れるような戦さをすること、

昔からめずらしくないとうけたまわっています。

あの建札も、あるいは餌の一つかと疑わしく思います。

もしそうなら、不覚を取ることになりましょう。」

ーーー

もちろん、局地戦としては加藤清正が率いる軍隊は

対峙した明軍に対して、大きな戦績を収めたことは事実であるが、

海外での長年にわたる出兵で、多くの従軍兵士が命を落とし、

国力を減じたのが全体の結果であり、

その時に双方の対立を招いてしまった結果として、

400年以上が経過する今でも中国・朝鮮半島と日本の間で、

決して良い関係が築けていない遠因にもなっている。

 

このような朝鮮半島と日本の間に、

大きなしこりをもたらした朝鮮出兵ではあったが、

加藤清正は、朝鮮で収穫も得ていた。

 

高い技術を持っている石工、瓦工、陶工を熊本に連れてきて、

領国経営になくてはならない土木工事の技術を高度化させることに成功した。

河川工事、海岸防波堤工事、熊本城築城など、現代もその建造物が残っている。

2016年に熊本市近郊で起きた熊本地震によっても、清正時代に建造された

熊本城関係の施設は、再建された施設とは違い原型を留めていたそうである。

 

最後に明記しておきたいのは、

加藤清正は儒学に目覚めた初期の大名でもあった。

関ヶ原の合戦が終わり、江戸に徳川家康を尋ねた際、

林羅山から論語の講義を聞き、すぐに共感を覚え、学問を始めることにした。

戦国大名ばかりであった周囲が、変わった趣味だとバカにする中で。

たまたま石工として熊本に連れてきた朝鮮人の中に、

儒教を学ぶものを見つけ近習として身近に置き、

土木事業の指図の傍、日々論語の研究をするようになった。

 

清正はたたき上げの戦国大名ではありながら、

これからの平穏な時代を率いていく武士には、

学問が必要なことを十二分に認識していた施政者でもあった。

 

 

私が、加藤清正という人物に興味を持ったのは、

彼が建造した熊本城の石垣が400年以上経っても

崩れなかったという現実を直視したからです。

 

この小説にも以下の記載があります。

善政という者は、当座は大いに有難いが、

形としてはのこらない。

時が過ぎ、人の代がかわると、忘れられるのである。

 

熊本藩を加藤家が率いたのは2代44年に過ぎず、

細川家は239年に渡って多くの民衆が

文句を言わない程度の善政を敷いたにも関わらず、

現在の市民も加藤清正に対する尊敬の念が大きいのは、

形に残るものを数々築いたからに他なりません。

 

加藤清正という人物の足跡をたどることは、

日本における政治というもののあり方を考えることかもしれない。

決して論理的に書かれたとは言えない歴史小説から、

与えられた刺激は、私にとって非常に大きなものでした。

 

今年最後の読書に相応しい作品に出会えました。

是非とも、熊本城が再び煌びやかな姿に復活することを祈ります。

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