黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
<< January 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
ARCHIVES
RECENT COMMENT
  • 「変わらないもの、変わるもの。」成人式を迎えた皆さん方へ。
    深沢清 (01/03)
  • 今日見た夢の話 〜誇るべき先輩〜
    深沢清 (05/29)
  • 飲み屋のお姐さんに嫌われない方法〜嫌われる7つの振る舞いを避けよう〜
    光 (09/15)
  • 若者よ、失敗を恐るな。
    光 (07/06)
  • 新しいことをやる人々は、周りにエネルギーを与えてくれる。
    光 (06/25)
  • 新しいことをやる人々は、周りにエネルギーを与えてくれる。
    深沢清 (06/25)
  • ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全奇跡 前間孝則著 読了。
    光 (06/03)
  • ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全奇跡 前間孝則著 読了。
    深沢清 (06/03)
  • 農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了
    光 (05/05)
  • 農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了
    深沢清 (05/05)
にほんブログ村参加してます。
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
テレビで見たたけど〇〇〇だよねという会話が嫌いな理由。
私は、テレビで見たけど〇〇〇、新聞で見たけど〇〇〇という会話をする人が苦手である。

ある一人の人が生活しているだけで、いろいろなことを見聞きしているはずである。
一年中、理由あって家の中にじっといないといけない人を除けば、
景色の移り変わり、周囲から聞こえてくる人の声、様々な情報源は存在している。

テレビや新聞などのマスメディアによってもたらされる情報は何十万、何百万という人が目にしている情報である。
確かに、その情報に接していない人にとっては耳寄りかもしれないが、
不特定多数向けに発信されているので他の人が知りうる可能性が高いのも事実である。

私は、面と向かったその人とその人でなくてはいけない会話をしたい訳で、
他人が知っていそうな会話を媒介にすると、頷く他なくなる可能性が高いという雰囲気が苦手である。
情報に取得しようとする意思が低ければ低いほど、残念ながら情報を得ることに対する感度は低下する。
逆に、日常に溢れる当たり前の事実でさえも、何か情報を得たいと考える人にとっては貴重な材料となる。

テレビや新聞などマスメディアから得た情報を又聞きして、自らの意見なしでそれを垂れ流す人は、
自らの情報収集能力がないことを公言しているようなものなので、やめた方が良いと思われる。

何故、このような現実を気にすべきかといえば、
インターネットと携帯電話の普及により、情報
を個々人で取得することへのハードルが下がったからである。
それまでは、テレビをしっかり見たり、新聞を読むだけで、世の中に対する情報のアンテナ確度を高めておく必要があった。
しかしながら、現代では個人所有の携帯電話を通し、その人が興味を持つだろうメディア情報は、自らの画面に現れるようになりつつある。
つまり、そこには自らが情報収集するための手間は一切必要がなくなりつつあるのが実態である。

だからこそ、メディアが拾えないパーソナルな情報を収集して、
そこから社会を見渡してみる努力が現代社会を生き抜くためのスキルとなりつつある。
その行為を繰り返して、自分なりに情報収集、情報発信している人のもとには、
同じように巷にない情報を求めようとする人が集まってきて、さらに新しい情報を得やすい環境が作られる。
逆に、情報をただ他者から得ようとだけする人のもとには、稀有な情報は集まりにくくなる。

情報が溢れているからこそ、その人にしか語ることの出来ない情報を集めることは、
現代社会を生き抜くために必要不可欠なスキルなのである。
大きく考えると、そんなスキルを持っていませんと公言している人が苦手なのは、
その人はただ情報を私から奪い取ろうとしているのではないかと疑心暗鬼になるからかもしれない。

もちろん、改めて考えてもそれはオーバーリアクションであるのが正直なところで、
何と小さな器の持ち主なのかと眉を潜められるのが正直なところかもしれない。

ただし、情報を集めることは生きていく最低の術というのは、
戦国時代など日本でも歴史的に繰り返されてきた事実であり、
天然資源の乏しい日本で生きていくためには必須のスキルであることは、
もっともっと多くの日本人が意識すべきことではないだろうかと、私は思うのである。

テレビを見て満足するよりも、
テレビに取り上げられるためにはどう生きるのか、
そんな意識を少しだけでも持ったほうが、
世の中の変化に惑わされずに独自の道を歩いていけるのではないか。
少なくとも私はそうでありたいと思う。
(決して自己顕示をしたいという訳ではないことを強調しておきたい)
つぶやき | 14:00 | comments(0) | - | - | - |
コメント
コメントする









 

(C) 2020 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.