黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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続 マッハの恐怖-連続ジェット機事故鎮魂の記録- 柳田邦男著 読了。

2017年5月15日陸上自衛隊のプロペラ機LR-2が函館空港周辺で

消息を絶ち、北斗市の袴腰山から3キロの地点で機体の一部が発見され、

乗員4名の死亡が確認されました。

 

このニュースの後に、周辺にて1971年7月3日に発生した

「ばんだい号墜落事故」を思い出したとの意見を目にしました。

気になる消息(いすみ鉄道社長ブログ)

私自身は、その当時生まれておらず、

この航空事故のことも知らなかったので、

興味から、その事故について詳しいこの本を手にしてみました。

 

柳田邦男氏の著書は過去に「航空事故-その証拠に語らせる-」を

読んだことがありますが、事故の責任を追及するのではなく、

その事故原因から、如何にその後の航空安全に対しての教訓を

得ていこうとするのかという視点は、非常に有益なものでした。

 

この「続 マッハの恐怖」においては、上記の著書よりも

若干前に刊行されており、ばんだい号事故など、

一つ一つの航空事故に対して、詳しく焦点が当てられています。

 

この著書で柳田氏が航空事故の原因調査に対して

問題意識を持っていることは、事故調査委員会のあり方が、

その事故の要因を丹念に探ることなく、

何らかの原因決めつけの元で進められているという点です。

 

東亜国内航空(元JASの前身)YS-11「ばんだい号」は、

札幌の丘珠空港から函館空港に向かっていたところ、

函館空港から15km離れた横津岳に墜落して、

乗客乗員68名全員が亡くなっています。

当時は、フライトレコーダー、ボイスレコーダーが搭載されておらず、

明確な事故原因も明らかにならないまま、

パイロットの操縦ミスによるものが原因と推定されると、

事故調査委員会は結論付けています。

 

しかしながら、この調査委員会においては、

原因を巡ってはレーダーによる航路解析や、目撃者の証言など、

パイロットによる単純ミスとは言い難い面もあり、

機体の不具合なども発生していた懸念があることを、

この著書では、事故調査委員会メンバーや、

当時のパイロットによる証言などから柳田氏は指摘しています。

 

当時の調査委員会は、十分な情報公開がなされておらず、

また国の体制も事故原因を明らかにして、

その後の安全に役立てようという意識が乏しかったため、

玉虫色の決着を図った点が顕著です。

 

この事故の直後に全日空機と自衛隊機の空中衝突事故、

日本航空では翌年に3件もの事故により多数の死者を出しています。

 

時代は大きく流れて2017年現在、

国土交通省の外局として「運輸安全委員会」が組織され、

航空事故、鉄道事故、船舶事故の原因究明を行なっていますが、

常時大きな調査母体を持っているとは言いがたく、

アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)とは異なり、

運輸部門を取り仕切る国交省とは完全に独立した機関とは言えません。

 

ばんだい号の事故から約46年が経過して発生した陸上自衛隊機の

函館空港周辺への墜落事故ですが、事故から1ヶ月が経過しても、

その事故詳細については、何ら防衛省から発表がされておりません。

現在もLR-2は陸上自衛隊の連絡偵察機として運用されているにも関わらず。

 

この事実を踏まえても、当著で柳田邦男氏が指摘した事実は、

決して過去のものとは言いがたく、

日本の航空事故防止の観点からは今なお有効な声だと感じます。

 

特に、私が強く感銘を受けた文章を最後に引用して、

この著のポイントとしてご案内したい思います。

 

(以下引用)

かつてシステムが単純だった時代には、航空機事故の原因は、

「機械」の側にあるのか「人間」(パイロット)の側にあるのか、

その識別は単純明解であった。

しかし、今日航空機というものが、機体自体のみならず

空港や航法援助施設をも含めた巨大なシステムとして飛んでいる以上、

事故の原因を「機械」か「人間」かという単純な対立要因に分解して、

そのどちらかに”解”を求めようとする二次方程式な発想では、

真の解答は得られないのではなかろうか。

 

”パイロット・ミス”という虚構の”解”が出されるのは、

そのような二次方程式を無理に解こうとするからに他ならない。

 

ジェット時代における「事故原因」の変数は、決してXかYだけではない。

それはある広がりを持った「領域」(フィールド)であり、

その「領域」の中に「機械」の側の要因と「人間」の側の要因とが

複雑に入り組み合い、連続した「面」を構成している。

 

仮に「直接の原因はミスだ」とわかっても、

何らかの誘因なしには「直接原因」としての「ミス」は起こり得ない。

その誘因こそが重要なのであり、誘因という考えを導入するとき、

「事故原因」はやはり「面」で考えざるを得ない。

つまり、「事故原因」とは、たえず多次元方程式であり、

そこにおける”解”はXかYという形ではあり得ない。

 

このような考えを私はあえて「仮説」といったが、

アメリカやイギリスの事故調査における公聴会制度は、

こうした多次元方程式を解く手がかりを与えつつあり、

「仮説」は次第に実証されつつあるように見える。

(引用終わり)

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

評価:
柳田 邦男
フジ出版社
---
(1973)
コメント:失敗学という言葉が少し前に話題になった。おそらくその考え方は航空事故など複合的な要因が原因となる事象においてとても重要である。企業経営にも何らかのヒントになること請け合いの名著と言える。

読書 | 21:29 | comments(0) | - | - | - |
日本初!地方を救う譲渡型賃貸投資ガイド 森裕嗣 著読了。
評価:
森 裕嗣
秀和システム
¥ 1,296
(2017-06-17)
コメント:これからマイホームを考える家族、新しい不動産投資を考えている投資家、住宅建設の仕組みを再構築しようとする建設会社、移住を増やしたい自治体、いろいろな方に参考になる新しいマイホーム取得の形です。

私が生活する長崎県のこの地方においても、

全国の非都市部で問題になっているように、

賃貸住宅の空き家増加は目に見えて増えているのが実情である。

 

また一方で、全国的に近年所得が向上しているとはいえ、

長崎県の所得推移は決して大きく上昇しているとは言いがたく、

世帯収入が伸び悩む中で、

住宅投資に対する意識は変わらなくても、

マイホームを手にしようとする家族には高い壁が存在している。

 

 

そんな時期に、知人より一冊の本が刊行されたことを知った。

何でもこの本の著者 森裕嗣氏は、神奈川県から秋田市に移り住み、

不動産の需給のミスマッチを解消すべく、

様々なビジネスモデルを編み出し成功されているとのことである。

 

著者の森氏は、本著で「譲渡型賃貸」という不動産投資を案内する。

 

簡単にいえば、オーナーが土地代・建築費用を負担し住宅を建て、

そこに入居した人が家賃を払い、一定期間が経過すると、

土地建物は入居者のものとなるという契約形態である。

 

この仕組みを活用することにより、

住宅ローンが組めない世帯においてもマイホームが取得でき、

一方、空き家増加を心配せずに安定した家賃収入を得られる

手段として投資者にも長期間安心した利回りが期待できるとのことである。

 

もちろん、メリット面だけではなく、

譲渡を前提とした戸建住宅への投資となり、

賃貸者の退去が生じるデメリットについても、

しっかりと対策を講じられている。

 

譲渡型賃貸住宅をサポートするネットワークを、

著者が経営するリネシス株式会社が提供することで、

住宅売却についてもサポートを行う仕組みを築いている。

また、家賃設定の利回りについても、

中途売却を行なっても元本割れがしにくい基準で設定されている。

 

 

日本人は、所有可能な土地が限られていることもあり、

持ち家思想が高く、それを基準に社会環境が形作られている。

 

しかしながら、バブル崩壊以降長期経済低迷が続き、

加えて非正規雇用が増えたこともあり、

持ち家を得たい世帯にとっても、住宅を取得することが

困難な状況が続いているのが実態である。

 

この譲渡型賃貸の仕組みが、

その課題に一つの解決策をもたらす術であることは、

著者の森氏が秋田県という全国でも

決して世帯所得が高い土地ではない場所で、

事業を成功させていることからも想像できるのではないだろうか。

 

 

しかしながら、当然のことながらこれまでに存在しなかった

譲渡型賃貸の仕組みが日本各地に普及するにあたっては、

投資家、建設会社、賃貸家族(マイホーム希望者)、自治体、

そして多くの地域に存在する企業の理解なしには上手くいかない。

 

そのことを森氏は、それらのステークホルダー目線で、

どのようなメリットがあるのかを事細かに解説している。

 

社会保障に対する財政支出が増加する中で、

公共工事が減少し、地方の建設会社も新しい需要を欲している。

そして、全国の自治体では長らく生活する家庭を求めている。

 

少子高齢化が著しく進展する中では、

住宅に求められる機能、そしてその意味も大きく変わっている。

だからこそ、マイホームを得るための仕組みが

多様化することも、至極当然なのだろう。

この著を読み終えて改めて考えさせられた次第である。

 

私自身、賃貸住宅に家族と生活する身として、

行政に関わる仕事について街づくりを考える立場として、

譲渡型住宅のようなスキームが、世の中に受け入れられ、

多くの人が一つの土地に愛着を持って暮らせるには、

どういった仕組みが相応しいのか、再び考えてみたい。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

読書 | 06:26 | comments(0) | - | - | - |
新しいことをやる人々は、周りにエネルギーを与えてくれる。

私はここ一年ほど新しいことをやろうとする人々と

積極的にお付き合いをするように心がけている。

もちろん、中にはあまり近づかない方がいいんじゃない・・・。

そう周囲から言われる方もいらっしゃるのは事実である。

 

けれども、今の現状に満足して変化を求めない人と、

何か新しいものを生み出そうとする人には大きな違いがある。

 

なおのこと、変化が著しい都市部とは異なり、

地方の町では、今までに築いてきた仕組みを

変化させることは容易ではないので、

チャレンジすることはとても大きなハードルである。

 

資金面や環境面でのハードルよりも、

周囲の人々の心理的なプレッシャーが大きい。

「どうせ失敗する」

「他の地域で既にやっている」

「お金にならない」

そんな声が、チャレンジする人に容赦なく投げかけらる。

 

加えて、実際にプロジェクトに参加した方からも、

「もうこの辺でやめましょう」

「経験上もう無理だ」

「そろそろ銭が続かない」

色々な弱音が飛び出してくる。

 

チャレンジを阻む要素はそれこそ無限に降ってくる。

しかし、やろうと決めた人の気持ちが揺らがなければ、

そのプロジェクトは曲がりなりにも進んでいく。

 

 

私は、どうせ無理という言葉がとても嫌いである。

自分自身、昨年10月の選挙に出るにあたって、

全く知らない人々から「やめとけ」という言葉をいただいた。

しかし、その人々の大半は私と同じ決断を行なった人ではない。

 

 

これは、私自身の価値判断に過ぎないが、

新しい変化を受け入れる人の多くは、

過去に何らかのチャレンジを行い、

「お前のやっていることは無理なことだ」、

そんなプレッシャーを周りから受けた方が大半である。

 

未来を切り開いていくのは、

そんな大人数の変革者ではない。

非常に少数の変わり者のチャレンジ精神である。

歴史をちょっと振り返ってみれば当たり前の事実である。

 

 

だから、これからも私は周りにとやかく言われようと、

新しいチャレンジを繰り返す人々と会話し続け、

私なりにできる行動によって、その人々をサポートしたい。

それが、2017年6月25日に考えている思いである。

 

さらっと忘れないように、ここに記しておく。

JUGEMテーマ:モチベーション

つぶやき | 05:47 | comments(2) | - | - | - |
闇を照らす-なぜ子どもが子どもを殺したのか- 長崎新聞社報道部少年事件取材班著 読了。

6月5日広島県三原市で中学3年生の男子生徒が、

5歳の女の子をスポーツセンター2階から投げ落とし、

怪我をさせるという事件が起きました。

読売新聞の報道によれば、

この生徒は特殊支援学級に通っているとのことで、

何らかの障がいを抱えていたことが窺えます。

 

さて、今日読み終えたこの著書「闇を照らす」にて

取り上げられる長崎で起きた3つの凶悪事件被害者は、

いずれも自らの意思を思う通りに行動に表すことができずに、

他者との協調性に何らかの問題があった子どもでした。

 

中学1年生の男子生徒が4歳の男の子を

高さ20mの駐車場から投げ落として殺害した事件。

 

小学6年生の女子生徒が同級生の女の子を

小学校の教室で切りつけて殺害した事件。

 

高校1年生の女子生徒が同級生の女の子を

一人暮らしの自宅で殺害し死体を損傷させた事件。

 

いずれも私が現在生活する長崎県で発生しました。

だからこそ、地元の新聞社である長崎新聞では、

事件検証会議を作り、どんな背景があり、

どのような対策が求められているのかまでを

21回の協議を重ね、しっかり明文化しています。

 

それぞれの事件は、もちろん個々の要因があります。

 

加害者個人の問題、その家族の問題、

そして彼ら彼女らを取り巻く社会の問題、

事件が起きる前には何度も、

大きな問題を予見させるような事態が生じていました。

 

それにも関わらず、

しっかりとした対応がなされなかったために、

凄惨な事件が発生したと捉えられて仕方ない状況が、

この著書では多面的に分析をなされています。

 

 

長崎県に限らず、日本全国で子どもが起こした殺人は、

多数発生していますが、発生直後のセンセーショナルな報道が

ひと段落すると、その背景にどのような問題があったのか、

掘り下げて調査を行う動きは決して目立つものではありません。

 

大人が起こす事件以上に、子どもが起こす事件には、

当事者を巡る様々な問題が内包されている可能性が高いはずです。

何故ならば、子どもはまだ自らで事件が起きたのちに、

生じる現実を考えられないままに、

行動に走ってしまう可能性が大きいのですから。

つまり、当事者は事件を通じて、何らかのメッセージを

伝えようとしているとも言えます。

 

しかしながら、大人の犯罪者は裁判で

客観的に事実が明らかになる点に比べ、

子どもが起こした犯罪については、

少年法など未成年の加害者保護の側面から、

情報が開示されにくい現実があります。

 

だからこそ、報道機関や学術機関など外部の目で、

客観的に事件を振り返ることは非常に重要になります。

もちろん、それは事件の被害者には酷なことです。

 

しかしながら、凄惨な事件を繰り返すことなく、

新しい犯罪者を生み出さないためにも、

誰かがやらなければならない作業であるはずです。

 

 

15歳の女子高生が同級生を殺害した事件では、

その三ヶ月ほど前に、

この加害者は実の父親を殺害しようとしています。

それ以前に母親は病いで亡くなっています。

小学六年生の頃には給食に異物を混入させたり、

小学五年生当時には、猫を殺すようになった事実がありました。

 

父親は救急車で搬送されたにも関わらず、警察に届けず、

関係者にも事実を口外しないように求めたそうです。

この少女は、自閉症スペクトラム障害(ASD)を持っていて、

他者との共感生に問題があり、

特異な対象への過度の関心があったそうです。

しかし、知的能力は高いため表面的には社会に適応できていました。

 

しかしながら、少女を診察していた医師は少女を放置すれば

殺人に至る危険があると判断し、事件直前に児童相談所へ

電話で相談をしています。

 

しかしながら、その児童相談所内にて

課長による相談員へのパワハラなどの問題があり、

この少女に対しての対応は全く行われませんでした。

その後も、医師は父親に対して児童相談所に繰り返し、

相談要請を行ったものの、全く顧みられずに、

最悪の事態となってしまったわけです。

 

 

この事件が決して特異な事例とは思えません。

子どもは様々な点で、周囲の大人に対して、SOSを発しているのです。

それを拾ってあげられるのは、家族を含めた周りの人間です。

 

少子化が社会的な課題となっている現代だからこそ、

一人一人の子どもにどうやって向き合っていくのかは、

社会全体のテーマであると言えます。

 

私自身わずかながら子どもに日常的に接する大人として、

子どもたちに何ができるだろうか、

せめて声をかけることからでも始めたいと改めて考えさせられた、

非常に意味のある読書となりました。

 

長崎新聞が提唱した男児誘拐殺害事件検証会議から

発達障害の子どもたちへ寄せたメッセージを最後に紹介して終わります。

 

(以下294pより引用)

友達とうまくいかなくて「おかしいなあ」

お父さんお母さん、先生にいつも怒られて

「何でだろう」「つらいなあ」と、感じていませんか?

 

それってあなたの努力が

足りないわけじゃないかもしれない

他の人がしない努力をあなたはしているよ

 

あなたが他の人と違っていてもいいんだよ

 

友達や家族、先生の中に

応援してくれる人が誰かいるよ

すぐに、会えなくてもどこかにいるよ

困った時、周りの人に聞いてみて

(引用終わり)

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

闇を照らす

評価:
長崎新聞社報道部少年事件取材班
長崎新聞社
¥ 5,330
(2017-04)
コメント:子どもが加害者となった事件の背景、そしてそれを踏まえて地域からこのような悲惨な事件を起こさないためには何が必要なのか、非常に具体的な提言が含まれた子どもに関わる人に読んでほしい一冊です。

読書 | 19:04 | comments(0) | - | - | - |
もう一つの維新史 -長崎・大村藩の場合- 外山幹夫著 読了。
評価:
外山 幹夫
新潮社
---
(1993-11)
コメント:決して読みやすい本とは言えない。しかし「竜馬がゆく」のように華々しい形ではない幕末の実態を知りたい人には是非とも読んでほしい。

渡辺昇、渡辺清、楠本正隆、幕末から明治維新期に登場する

大村藩士ですが耳にしたことはありませんか?

特に大きく活躍したのは、渡辺兄弟(渡辺清が兄)です。

 

江戸城総攻撃前の西郷隆盛・勝海舟の会談で隣の間にいたのが、

渡辺清左衛門(ここで言う渡辺清)で戊辰戦争でも活躍します。

少し時を遡り、長州藩の桂小五郎と、薩摩藩の小松帯刀の間に入り、

薩長同盟の必要性を説いて橋渡しをしたのが、渡辺昇です。

 

最後の大村藩主であった大村純熈は、渡辺昇・渡辺清・楠本正隆など、

大村藩士として全国規模で活躍することになる人物と切っても切れない

関係性を持っていました。

 

だからこそ、大村藩においては、決して高い身分でもない彼らが、

藩論を統一し、その動きを牽引することになります。

 

その裏では、筆舌尽くせない陰謀が渦巻き、

決して周りに迷惑をかけた訳でもない志士の血が流れたことを、

外山幹夫氏は、当時語られなかった文献から見出していらっしゃいます。

 

解説で安岡章太郎氏が書かれているように、

幕末期には、幕藩体制維持側、新しい政権樹立を目指す側、

双方が主導権争いを行う闘争は、至る土地であったことでしょう。

 

しかしながら、大村藩のその動きは、それから100年以上にわたり、

大村藩に関わる人々に暗い影を落とすほど陰湿なものでした。

 

だからこそ、この歴史的な事実を踏まえた上で、

幕末・明治維新とは何だったのかを振り返ることは、

現代の日本を知る上でも非常に有意義なことではないかと、

この決して読みやすいとは言えない新潮選書を読み終わって、

何気に感じている次第です。

 

 

渡辺昇は、大村藩の中では決して主流派ではありませんでした。

しかし、江戸に剣術修行に出向き、斎藤弥九郎の練兵館で剣を磨き、

名を上げて全国の志士と知り合う中で藩主純熈の評価が上がっていきます。

 

彼は、学問上や知人の影響などによって、勤王派(反体制側)となります。

同じ考え方を多少なりとも持っている藩士を誘い、同盟を結びます。

そして、体制側の有力者を次々に失脚させていきます。

その結果、藩内でも藩外でも影響力を持つようになっていきます。

 

桂小五郎と親交があった渡辺昇は、長州征伐を止めるように幕府に

大村藩から筑前藩主を通じて建白書を提出します。

その後、貿易面から長州藩の助太刀をしていた坂本龍馬に出会い、

長州藩と薩摩藩との同盟の必要性を説かれ、両者の仲介役を努めます。

 

伊藤博文と渡辺昇はこれらのやり取りで、何度も議論をし、

時には船の上で殴り合いの喧嘩をしそうになったほどだそうです。

 

 

そんなやり取りが行われている後に、

この著書最大の注目点である「大村騒動」が起こります。

 

1867年(慶応3年)正月三日、謡初の儀が執り行われたその日、

勤王派「三十七士同盟」の要人、針尾九左衛門と松林飯山が襲われます。

 

この事件の捜査が行われ、2900人の武士のうち、

1000人もの藩士が動員される物々しい事態となります。

 

後に見ると非常に恣意的に思われる取り調べの結果、

最大の家格を持つ家老を含め26人もの有力者が命を絶たれました。

 

もちろんながら、その家族も縁座(処罰)を免れず、

大村藩士団の構成は一気に変化を余儀なくされました。

結果として、渡辺昇が牛耳っていた「三十七士同盟」が

大村藩の実権を握ります。

 

こうして大村騒動の嵐が吹き荒れた頃、世の中では大政奉還がなされ、

戊辰戦争の時代へと突入していきます。

渡辺清が率いていた大村藩の新精隊は、薩摩軍と行動を共にし、

関東、東北へ出陣し、特に東北唯一の同盟藩であった秋田にて、

庄内藩との激戦などで大いに活躍を遂げることになります。

 

結果として、戊辰戦争や維新実現の論功行賞により、

大村藩主は土佐藩に注ぐ3万石もの賞典を預かります。

 

大村騒動など、強制力を発動して権力を握ることに長けた

渡辺昇は、維新後の政府でも多方面で活躍しますが、

人心を得ることは難しかったようで、生涯悩むことが多かったようです。

 

渡辺清は、福岡県・福島県で知事を務め、貴族院議員としても

仕事をしていますが、こちらも人心掌握は難しかったようで、

各地で住民反乱の憂き目を晴らすことに失敗しています。

 

楠本正隆は、三十七士の中心的存在であり、理論的指導者でした。

維新後は、地方行政指導者として評価され新潟県知事、東京府知事を

務めた後に衆議院議員を経て、衆議院議長を二年間務めています。

しかし、彼も自伝などは残していないとのことです。

 

 

江戸幕末には、躍動する人物が多数存在し、

世の中を変えるために大きく貢献したと言う光の部分から、

歴史が語られることが多くあります。

しかしながら、その影にはもちろん虐げられた人もいますし、

それを仕掛けていった煽動者も存在するわけです。

 

歴史の変化とはどんなことなのか、

大村藩という小さな世界で起きた事実を垣間見ることで、

様々なことを学ばせてもらいました。

 

光と影が存在する当たり前の事実、

歴史を垣間見る時には、決してそのことを忘れないようにしたいものです。

JUGEMテーマ:幕末 歴史

読書 | 11:17 | comments(0) | - | - | - |
ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全奇跡 前間孝則著 読了。
評価:
前間 孝則
新潮社
¥ 1,728
(2015-09-25)
コメント:新しいプロジェクトに参加するメンバー・リーダーにぜひ一読していただきたい組織論溢れるビジネス書です。なぜMRJがうまく行っていないのもわかります。

この本の存在は、刊行された2015年9月に知っていた。

しかし、中々手に取る機会がなく、読み終わって正直後悔している。

もっと早く読むべきだったと。

 

現在、ホンダジェットは、年間60機以上のペースで納品がなされる、

商業化に成功した状況に到達している。

この機体開発において、スケジュールについては当初からは伸びているが、

FAAの型式証明を取得してから数年しか経過していないにも関わらず、

現在までに製造上で大きなトラブルが生じたという話は聞かない。

 

かたや、日本政府の大きな支援もあり進められている

三菱航空機のMRJは、開発にあたって数多くの不具合が出て、

発注先への納入予定がはっきりしていない状況にある。

 

その違いは一体どこにあるのか、この著書をしっかりと読み解いてわかった。

ホンダエアクラフトを率いる技術者は、すべて自らで作り遂げようと、

明確な意思を持ってホンダジェット作りに取り組んでいる。

それが、MRJを開発する経営陣からは伝わってこない。

ここが、二つのプロジェクトの現状を二分する要因ではないか。

 

 

この著書の作者は、IHI(元石川島播磨重工業)で、

ジェットエンジンの設計に20年関わっていた前間孝則氏である。

氏は、長年にわたって繰り返し、ホンダジェットの開発リーダー

藤野道格氏と藁谷篤邦氏(エンジン)にインタビューを行い、

試作機開発から型式証明取得まで綿密に取材を重ねている。

 

また、HONDA本体の歴代社長などにもホンダジェット事業化前から、

何度も話を聞くことで、如何にその創業者精神がホンダに

流れていることが、航空機開発という新しいチャレンジに

繋がったかという点からも非常に読み応えがある。

 

私は、1981年生まれで現在36歳であるが、

子供の頃読んでいた子供向け科学辞典には、

トヨタ自動車が飛行機を開発する想像図が載せられていた記憶がある。

SFアニメでも盛んに空飛ぶ車がイメージされていた。

 

一方で、この著書にも数多く触れられているように、

三菱重工や富士重工業など、多くの日本企業による

航空機開発事業をバブル期前後を中心に進められたが、

事業化は中々うまくいっていない。

 

航空機開発は、民需であれ軍需であれ、規模の大小を問わず、

巨額の投資と開発期間が必要なビッグプロジェクトである。

現に、ホンダジェットが日の目をみるにも30年が掛かっている。

 

考えてみても欲しい。

30年の月日を一つのプロジェクトに投下した日本発の事業で、

世界的な実用化に至っているものがどの程度存在するだろうか。

 

医療の分野ではIPS細胞などの取り組みがある。

光インターネットは、ある程度の技術蓄積がされている。

電気自動車については、まだまだ日本企業は競争力を維持している。

 

ただ、消費者が購入できる消費財で30年をかけて開発されて、

世界的に日本企業がマーケットを席巻しているものが、

この2010年代に存在している事例は非常に少ない。

 

その要因は、日本発の世界的企業ですら、

自らの力で、基礎研究から商品化、

そして消費者への販売までの仕組み作りが必要な、

全く新しい分野に取り組もうとする気概に乏しいからではないか。

 

その一方で、アメリカではIT分野を中心に、

グローバルな展開を行う企業群が豊富に存在し、

それを支える政府や投資家も非常に積極的に支援を行なっている。

 

 

「できない理由を探すのではなく、

希望を持って一つずつ課題をクリアしていく」

 

この著書において、最初から最後まで貫かれているメッセージである。

 

 

ホンダジェットがなぜ事業化に成功し、

多くのプライベートジェット機保有者からの注文を集めているのか、

その全貌は、本著を読んでいただく他にない。

とりわけ、私がこの著書の中で印象に残っている、

ホンダエアクラフト代表である藤野道格氏の言葉を引いて終わりにしたい。

 

(以下、本文より引用)

彼もホンダジェットのプロジェクトリーダーになった最初の頃は、

多くの会議を開いたという。

ホンダの良き伝統とされた、忌憚のない意見をぶつけ合う

”ワイガヤ”方式をとった。ところが、藤野はある意味でそれを否定する。

 

「客観的に振り返ると、航空機の開発においては、

そういうところから良いアイデアなどが

まったく生まれていないことに気がつきました。

 

まだ知識や専門性のない多くの人が

そうした会議に準備もなく来て議論したとしても、

生産的な結果はまったく出ない。

ただ会議に出て時間をかけること自体が

仕事みたいになっていたんではどうしようもない。

 

だから、会議は必要最小限にする。

あるいは、具体的な目的のない無駄な会議は

できるだけ開かないようにと、方針をガラッと変えたんです。

 

コミュニケーションは大切ですが、

そのためには参加するメンバーが十分な知識を有して

同じ土俵で本質的な内容を論じなければ

議論もかみ合わないし、ただ時間を費やすだけとなってしまう」

 

会議を減らした結果、どのようなことが起こったのか。

 

「すると、誰が一番重要な人なのかということが

だんだんわかってくるんですね。

会議を開かないと、自分で情報を集めないといけない。

自分で話に行かないといけない。

 

あるいは、自分で判断しないといけないことになって、

本当に仕事で重要な人や情報ソースを持っている人など、

仕事で必要な人の所に直接行くことになります。

 

誰が重要で、誰があまり重要じゃなかったのかということが、

逆によくわかってくるのです。

 

実はコミュニケーションというのは、

会議に出て人から与えられるものではなくて、

自分で取りに行くことなんじゃないのかというのがわかってきた。

 

そうした意識が定着してくると、たとえばアメリカに行っても

本当の専門家に直接話を聞きに行くとか、

直接教えて貰いに行くとか、

そういう変化がチームの中に徐々に表れてきたのです。

(引用終わり)

 

本著の終わりあたりに、この藤野氏がある著者の意図は、

多くの日本組織に訴えたかったのではないかと感じます。

 

コミュニケーションの意味を考えずして、

その場の結果を求めてもほとんど実効性はありません。

 

日本企業の収益性が他国と比べて低下しているのも、

政府自治体の収益構造が悪化しているのも、

これまでに行われた仕組みを本質的に変化させないまま、

小手先の変化で、現実をごまかそうとしているからです。

 

世の中にないものを作り上げていくためには、

その想いを持ったメンバーが、熱い情熱を持って、

魅力的なプロジェクトで一致団結していくことが必要です。

それを引っ張る大きなビジョンを掲げるリーダーの下で。

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私自身、小さな組織に属する人間として、

ホンダジェットが生み出される過程からたくさんの気づきを得られました。

読書 | 21:21 | comments(2) | - | - | - |
ソーシャルパワーの時代-「つながりのチカラ」が革新する企業と地域の価値共創戦略- 読了。
評価:
玉村 雅敏,上木原 弘修,小島 敏明,横田 浩一,井上 貴至,池本 修悟ほか
産学社
¥ 2,160
(2016-07-31)
コメント:CSV(共有価値の創造)というキーワードについて、事例を知りたいと思っている人にぴったりの概念・現状網羅型の的確な参考書です。

CSV(価値共創)という言葉をちらほら耳にするが、

一体どんな取り組みなのだろう、その疑問からこの本を手に取りました。

 

CSVとは、Creating Shared Valueの略で、

アメリカの経営学者マイケル・ポーターが唱えたコンセプトで、

「経済価値を創造しながら、社会ニーズに対応することで、社会価値を創造する」

という意味で使われている営利企業の経営戦略の考え方です。

 

この著書「ソーシャルパワーの時代」においては、企業経営に限らず、

多様な主体が協働して「共有価値の創造」を行う戦略として捉えられています。

もっと簡単な言葉に置き換えると、

 

『「自分ごと」を「みんなごと」とし、さらに「世の中ごと」と考える

繋がりの連鎖を作って、お互いに魅力を高め合っていく仕組み作り』

 

このようなニュアンスで、この著書では様々な価値共創事例が紹介されています。

 

一通り読んだ私の言葉で置き換えさせていただくならば、

『「All for one ,One for all (みんなは一人のために、一人はみんなのために)」

この考え方を組織としてどうやって作っていくのか』、

それがこの著書がテーマとしているものと言えるのではないでしょうか。

 

地方創生を進めることが、政府・自治体・そして企業においても、

これからの目標とするべき行動指針とされる中で、

自らの組織だけの発展を考えて経営の舵取りを行うことは難しい昨今です。

 

日本に限らずとも、世界中の組織において利益をあげればそれで解決、

そんなわかりやすい結果を目指せば良いという価値観は通用しなくなりました。

 

自らが存在している役割を、個人及び組織でも、しっかりと認識した上で、

他者あるいは他の組織とどのように役割分担を行いながら、

これまでに世の中に存在しなかったものを築いていくか、

それを求められているのが、現代社会といっても良いでしょう。

 

その一つの手法として「CSV(共有価値の創造)」が唱えられ、

行政機関、企業、NGO、など多くの組織体で実践されています。

 

最初は、自らの組織の目的を達成する一義的な目標だった取り組みも、

組織外のプレーヤーが参加していくことで、

より大きな問題解決を図るために、仕組みを見直していった事例が、

この著書では多数取り上げられています。

 

例えば、キリンホールディングス株式会社味の素株式会社イオン株式会社が、

「社会価値」と「経済価値」を両輪として追求するために、

どのように地域と共に価値を共創するスタイルを築いていったのかを、

具体的な商品開発・販売事例を紹介されています。

 

また、富山県氷見市鹿児島県長島町山梨県富士吉田市岐阜県高山市

東京都谷中銀座商店街武蔵小山商店街などや、

JICA(国際協力機構)がサポートする世界各地での取り組みなどについても、

参画する人々の生の声とその仕組みの概要について、

非常にわかりやすく、応用が効く実践的な内容をまとめられています。

 

世界的な知名度を持つ営利企業から、小さな地域で取り組む団体、

国全体の治安維持に関わるようなNGOなど、大きさの如何に関わらず、

共有価値の創造というキーワードで活動を捉えるのは非常に面白かったです。

 

「社会は一人一人の繋がりによって成り立っている」

言われてみれば当たり前のことでありながら、

そのことを再びしっかり定義することができた組織が、

今の時代に、多くの人々の共感を得て、

事業を少しずつ拡大させていることに気がつきます。

 

私が住む場所でも、そんな共有価値の創造が少しずつ行われています。

改めて、自らもその一人のプレーヤーとして、

どこに一番の存在意義を見出すか、しっかりと考えて行動していきます。

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読書 | 11:03 | comments(0) | - | - | - |
農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了

先日偶然であるが、現在の大分大山町農業協同組合

矢羽田 正豪組合長とお会いすることがあった。

 

過去に、小泉純一郎総理が大山町に視察に入られたことがあり、

昨年には小泉進次郎自民党農林部会長が講師として

矢羽田氏を招いたとのお話をお伺いした。

 

何が、大山町農協の凄さなのかと気になった私は、

その中興の祖である矢幡氏の著書を手に取ってみることにした。

 

端的に言えば、このブログ一つ前のエントリーである、

小説「プラチナタウン」主人公を地でいくような、

ビジョンに溢れ、行動力を持ったリーダーが矢幡治美氏であった。

 

大分県大山町(現在日田市)は、北部九州の中心部にあり、

日田駅から車で約10分、福岡市から高速で1時間強、

熊本市に約2時間、大分市に2時間弱に位置している。

全町の広さは、約4500ha、そのうち耕地は380haで、

水田は90haとほとんどが果樹園と決して農業に適した土地ではない。

(面積は本著刊行の昭和63年当時)

観光資源もなく、景色が良い景勝地があるわけでもない。

鉄道線路も、高速道路も通わず、遺跡や民謡の類もない。

杉山が多く戦前から戦争直後まで、住民は山林関係で生計を立てていた。

 

そんな土地で、造り酒屋に生まれた矢幡氏は、

戦争が終わり大山町に戻った。コメ不足により酒造業は廃業し、

郵便局長をやっていたが公職追放により仕事ができなくなり、

見よう見まねで農業に従事。水田から始め製茶農家に転じるも、

静岡茶が市場の大半を占めている状況に遭遇し断念。

 

そして、昭和26年農業委員に就任、29年には農協組合長に転じる。

農民の意見を聞いたり、生活実態を目の当たりにする中で、

土地の農業のあり方を変える必要を感じ、農協の経営理念を発表。

 

1.組合員の不利益にならない方法で農協の経営をします

2.農協に利益があがれば、環境の向上に投資します

3.農協は友づくり運動に努力します

といった形で、県中央会の方針に固執しない大山スタイルを目指した。

 

組合長の就任翌年に村長選挙があり、立候補を検討しつつも、

政争が激しく立候補を断念、しかし同年秋に再び行われた村長選にて、

矢幡氏は、無投票にて村長にも就任する。

(大山村は昭和44年に町制施行により村から町に転換)

 

自らの経験からも、工業や商業という他の産業と比較し、

農業には経営手法に大きな課題があることを踏まえ、

コストを抑えて稼げる仕組み作りが急務であることを痛感。

大山農協の基本方針は、時間が経ち、さらに具体化し充実した。

 

1.組合員が犠牲にならない着想での農協経営

2.他より高利な貯金を推進し、低金利で融資を行う

3.農業に必要な購買品を安く仕入れ安く売る

4.農産品の加工事業を行い、消費者への直接販売を行う

5.農協で得た利益を村おこしのために還元する

6.農家生活向上のため高収益品種に特化し休日を増やす

7.少量生産、多品目栽培、希少価値販売を行いリスクを減らす

8.畜産をやめ果樹などに転換し軽労働を目指す

 

これらの目標を設定した上で、昭和30年代から60年にかけて、

時間をかけて段階的に、なおかつ様々な地域との連携を行い、

農協組合員だけでなく、全町民が参加して、

活気ある地域づくりの為に取り組んだことが、

この著書では詳しく記されている。

 

現在は、徳島県の上勝町の葉っぱビジネスが著名ですが、

それを遡ること数十年前から、総合商社に匹敵する農協作りを意識し、

少しずつ農業の六次化を進めてきたのが、まさに大山町農協である。

 

また、大切なことは地域づくりは人づくりであるという点を押さえ、

少しでも所得の高い農家の実現、ともに学び合う環境作り、

次世代を支える子どもへの就学支援など、

少子高齢化が日本中で叫ばれる現状でさえ追いついていない

制度設計が、大山町では農協を中心に進められていたことは、

大変素晴らしい事実であり、総理大臣までもが注目する意味がわかる。

 

この著書は刊行からすでに30年近くが経過しているものの、

農協改革や地方自治体変革に必要なエッセンスは全く古びておらず、

紹介したいポイントを挙げればきりがない。

だからこそ、せめて終章の「農協の体質強化のために」と題された、

矢幡氏の3つの原則提言を紹介して、このエントリーを終わりにしたい。

 

まず三つの原則をはっきりと守っていかなければならいない、

その一つは創造性です。

従来のありきたりの農業から思いきった新しい分野を創造していく。

あるいはまた、農協の従来の経営方針、運営方針、中央会から示された

型どおりの農協というものから脱皮して農協自体にも

創造性を発揮していかなければなりません。

 

また次は迅速性です。もう世の中は日々に急速に変化しつつあります。

特に国際情勢の変化が直ちに国内に響き、

農村の農家にも響いてくるような現代です。

なにかの事態があったならば、もう打てば響くような

変わり身の早い迅速な対策措置をやっていかなければならないと思います。

荏苒として、いわゆるサラリーマン根性と申しますか、

鳴かず飛ばず、とにかく自己の職場を守ればいいという

保身的な考えでは、対応できないと思いますので、迅速性を堅持すること。

 

それから責任性、これは一組合長が責任を取るという意味ではなくて、

職員の執行部のあらゆる職員が、

それぞれ自分の責任を全うするという責任性の追求です。

 

この創造性、迅速性、責任性を踏まえて大分大山町農協では

もう十数年前から機構改革を敢行したのです。

大山町農協

評価:
矢幡 治美
家の光協会
---
(1988-01)
コメント:町づくりに関わる人に是非読んでいただきたい。30年経っても全く指摘事項が古びることがない。

読書 | 14:06 | comments(2) | - | - | - |
プラチナタウン 楡周平著 読了。町づくりに必要なものって?
評価:
楡 周平
祥伝社
¥ 771
(2011-07-25)
コメント:少し前に刊行された本ですが、現実としてこの小説を超えた町づくりの事例は多くは聞こえてきません。新しいチャレンジをしようと試みている方に是非手に取っていただきたいです。企業であれ行政であれ。

総合商社で役員一歩手前である穀物取引を担う部長が、

財政難にあえぐ出身地の町長に就任し、

都市部から高齢者を招き入れる巨大施設を誘致し、

町の破綻を救い、元の所属企業からも賞賛される。

 

そんなストーリーである、この著書を手に取ったのは、

石破 茂元地方創生担当相が自著で推奨されていたためです。

 

著書の解説を堀田力氏(さわやか福祉財団理事長)がされていることからも

明らかであるように、その分野のプロフェッショナルからも、

賞賛を受けているこの著書は、読み手を引き込む好著でした。

 

多くの読書がそうであったと思いますが、

私自身、主人公である山崎町長に感情を移入して、

自らが生活する自治体に置き換えながら物語を追い続けました。

 

大企業の人事評価、選挙の複雑さ、

人口減少が避けられない地方自治体の乏しい財源、

地域の政治家と外部視点との隔たり、

民間事業者と役所感覚との隔たり、

都市部と地方部でのサービス意識のギャップ、

などなど、どれもが私自身が現実として向き合ってきた点を

捉えてあまりあるものでした。

 

国も地方自治体も年々厳しくなる財政問題を抱えています。

中小から大企業まで社会に伴う環境変化に晒されています。

 

色々なことを変えなくてはいけないと分かっている人が、

社会中に溢れている日本社会において圧倒的に不足するのが、

じゃあ、私がその変化に伴うリスクを持って、

変化の舵を取っていこうとするリーダーです。

 

この「プラチナタウン」という小説は、

一見すると財政再建を果たした町づくりをテーマに据えていそうで、

実は、その場に立っている一人一人のリーダーに

スポットライトを当てているからこそ、

最初から最後まで、読み手をワクワクさせっぱなしにさせるのです。

 

所属する企業のビジネスモデルの限界を感じつつ

自らの境遇や家族の意向を踏まえ転職できないサラリーマン、

主たる営業領域が発展性がないと認識しつつ

企業の統治形態や規模などドラスティックに変えられない経営者、

過去の延長線を維持したままでは圧迫する財政に

行政サービスの縮小が必須と分かって議会で承認するだけの議員、

自治体の限界を知りつつ議会運営や職員の現状に

理由をつけ現状から大きな変化をもたらそうとしない首長・・・・・。

 

自分自身のことを含めて、日本社会のあり方を

チクリチクリと刺している楡さんの描き方には、

ずっとワクワクだけを抱いているわけにはいきませんでした。

 

 

この著書で描かれている町を再建させるプラン、

一定の所得を有する高齢者が都市部から離れて

集団で生活する老人のアミューズメントパークを標榜する

介護施設の集合体である「プラチナタウン」。

 

私が生活する町にも工業団地として造成され空いている土地があり、

近隣自治体には、比較的整っている医療施設があり、

人口集積著しい都市から1時間半圏内でアクセスが可能と、

「プラチナタウン」を建設できる要素はまま揃っています。

 

社会環境の動向と、アメリカなどの成功例を踏まえて、

日本でも高齢者向けに安心して暮らせる街を作ろうという

掛け声は数十年前から盛んではありますが、

現実はなかなか進んでいないのが現状です。

 

なぜ一向に捗らないのか、それは長期ビジョンを持った

リーダーが乏しいからに他ならないのではないか、

この著書を読み終えて改めてそう確信しているところです。

 

首長しかり、議員しかり、行政職員しかり、

経営者しかり、労働者しかり、

この街を50年後どんな形で残していくのが、

その土地の住民として過ごしやすいのか、

それをしっかりと考えて、現実とのギャップを埋めていく努力を

一つずつ重ねる他に、街を次世代に渡していくことはできません。

 

頭でわかっていても、目の前に多数存在する生きにくさを抱えて、

理想を追い求めていくことは並大抵のことではありません。

 

しかし、まずはこの指とまれと青写真を掲げ、

それに賛同してくれる仲間作りをしていくことが大切だよ、

この「プラチナタウン」という著書からは、

そんな気づきを得られたことが私に取って一番大きい収穫でした。

 

わが町にとっての「プラチナタウン」構想はなんだろう、

まずは、自分自身の頭で熟させてみます。

せめて酒飲みながら知人に大ボラを吹かせられる位には。

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読書 | 12:03 | comments(0) | - | - | - |
人物戦後政治 〜私の出会った政治家たち〜 石川真澄著読了。

以下、著者あとがきより引用。

 

戦後民主主義の中で生きてきた私は、政治とは良くも悪くも

普通の人間が紡ぎ出していくものだと信じている。

新聞社で政治記者をつとめている間も、そのことを忘れたことはない。

そうした気持ちから、私は国内の政治事象のうち、

選挙やその制度のこと、投票結果の分析、

世論調査に表れた数字などに特別の関心を払ってきた。

 

しかし、にもかかわらず政治が「政界」と呼ばれる場所で

専業の人々によって営まれる仕事でもあるという側面も、

けっしてないがしろにするわけにはいかない。

そこでの営為は普通の人々を生かしも殺しもするから、

民衆の側からの監視や批判が欠かせない。

 

政治ジャーナリズムは普通の人々と「職業としての政治」を

扱う人々との緊張の間に身を置いている。

私もその場所から報道と評論を続けてきた。

そのため政治家との接触・高裁は私の日常の主な部分をなしていた。

この本は、そうした私の経験の部分、

いわば政界見聞を取り出して書いたものである。

 

ただ、個々の政治家の評伝集というようなものではなく、

私の見てきた時代の政治はどんな質のものであったかを考え、

背景に気を配りながら書いたつもりである。

 

著者が様々な国会議員についてのコメントを行いながら、

昔の政治家が現代の政治家に比べておしなべて良かったわけではなく、

政治家としてレベルが低い人物がいなかったわけではないし、

現代も過去に比べて優秀な政治家は存在すると正直に伝えている。

 

しかし、この著書が出されたのは1997年のことであり、

すでに20年が経過し、小選挙区制が定着し、

政党に比べると議員一人ひとりの影が小さくなっているのが現実である。

 

この著書に描かれている政治家は、それぞれに品格に特徴があったり、

政策に鋭いものがあったり、組織形成に秀でていたり、

それぞれに特徴を持った人々が描かれている。

 

本書では以下の政治家が取り上げられている。

 

池田勇人、大平正芳、宮沢喜一、佐藤栄作、川島正次郎、

河野一郎、三木武夫、田中角栄、竹下登、佐々木更三、

江田三郎、河上丈太郎、成田知己、石橋政嗣、西尾末広、

佐々木良作、羽生三七、土井たか子、菅直人、武村正義、加藤紘一。

 

すでに子供世代すら政界を引退した人も多数である。

1957年に朝日新聞に入社して政治部に配属された著者がみた時代なので、

それもまた当然であろう。

 

しかしながらこの書を読んでいて、全く飽きがこないのは、

石川氏が政治家との距離感を一定に保っており、

けっして個人的な関係を持ちすぎていない姿勢で、

あくまでも政治の場面を知るための

取材活動の範囲に拘っていることが要因だろう。

 

政治活動とは、人間の泥臭い部分が現れやすい、

ともすればダークな世界である。

 

しかしながら、価値観が異なる人をまとめ、世の中を動かしていくには、

好き嫌いを超えた普遍的なメッセージを発信していくことが、

求められているのが国会議員の一つの必要条件でもある。

 

それはまた、彼らに接する政治記者も然りであろう。

そんなことを考えるにあたり、

2017年現代の国会議員及び政治記者はどうであろうか。

 

政策的に優れた意見表明を連発する政治家は与野党に存在するが、

政局に流されずに、安定した得票を得て、

自らがポリシーとする分野で十二分な国民的評価を得ている

国会議員は、果たしてどの程度存在するのであろうか。

 

私は、国家の中枢である国会議員から非常に遠い位置である、

地方自治体で、一人の議員として活動を行なっているが、

自らが得意とするフィールドをまだ定められておらず、

行政当局が一目置けるような議員になるには、

全く遠い道のりが必要な状態である。

 

だからこそ、時代を超えて、その存在感を示している

石川真澄氏が記している昭和の政治家から学ぶ点が多々ある。

 

政治家としての姿勢はもちろんのことながら、

自らが寄って立つ点をきちんと定め、

それを政治家としての生涯突き通す意思を持ちつつ、

政党という属する組織の目的を決して蔑ろにしていない点である。

 

時代は変わったと、過去を無視することは簡単である。

しかしながら、有権者が投票によって政治家を選び、

選ばれた政治家が政党を作り、そこで国会を運営する仕組みは、

1946年以降本質的には変化していない。

 

良い面も悪い面もひっくるめて、先人の歴史に学び、

現代の政治家が見落としてしまっている民主主義の本旨が

何なのか、時には立ち止まって考えて見なければならない。

 

全くのひよっこの地方政治家である私に、そんな決意を与える、

石川氏の政治に対する愛情が伝わってきた政治人物評であった。

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評価:
石川 真澄
岩波書店
---
(1997-05-28)
コメント:政治家は骨がない、だから関心がない。そう思っている方にこそ目を通してほしい気骨あふれる昭和の政治家がここには沢山紹介されている。

読書 | 06:14 | comments(2) | - | - | - |

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