黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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もう一つの維新史 -長崎・大村藩の場合- 外山幹夫著 読了。
評価:
外山 幹夫
新潮社
---
(1993-11)
コメント:決して読みやすい本とは言えない。しかし「竜馬がゆく」のように華々しい形ではない幕末の実態を知りたい人には是非とも読んでほしい。

渡辺昇、渡辺清、楠本正隆、幕末から明治維新期に登場する

大村藩士ですが耳にしたことはありませんか?

特に大きく活躍したのは、渡辺兄弟(渡辺清が兄)です。

 

江戸城総攻撃前の西郷隆盛・勝海舟の会談で隣の間にいたのが、

渡辺清左衛門(ここで言う渡辺清)で戊辰戦争でも活躍します。

少し時を遡り、長州藩の桂小五郎と、薩摩藩の小松帯刀の間に入り、

薩長同盟の必要性を説いて橋渡しをしたのが、渡辺昇です。

 

最後の大村藩主であった大村純熈は、渡辺昇・渡辺清・楠本正隆など、

大村藩士として全国規模で活躍することになる人物と切っても切れない

関係性を持っていました。

 

だからこそ、大村藩においては、決して高い身分でもない彼らが、

藩論を統一し、その動きを牽引することになります。

 

その裏では、筆舌尽くせない陰謀が渦巻き、

決して周りに迷惑をかけた訳でもない志士の血が流れたことを、

外山幹夫氏は、当時語られなかった文献から見出していらっしゃいます。

 

解説で安岡章太郎氏が書かれているように、

幕末期には、幕藩体制維持側、新しい政権樹立を目指す側、

双方が主導権争いを行う闘争は、至る土地であったことでしょう。

 

しかしながら、大村藩のその動きは、それから100年以上にわたり、

大村藩に関わる人々に暗い影を落とすほど陰湿なものでした。

 

だからこそ、この歴史的な事実を踏まえた上で、

幕末・明治維新とは何だったのかを振り返ることは、

現代の日本を知る上でも非常に有意義なことではないかと、

この決して読みやすいとは言えない新潮選書を読み終わって、

何気に感じている次第です。

 

 

渡辺昇は、大村藩の中では決して主流派ではありませんでした。

しかし、江戸に剣術修行に出向き、斎藤弥九郎の練兵館で剣を磨き、

名を上げて全国の志士と知り合う中で藩主純熈の評価が上がっていきます。

 

彼は、学問上や知人の影響などによって、勤王派(反体制側)となります。

同じ考え方を多少なりとも持っている藩士を誘い、同盟を結びます。

そして、体制側の有力者を次々に失脚させていきます。

その結果、藩内でも藩外でも影響力を持つようになっていきます。

 

桂小五郎と親交があった渡辺昇は、長州征伐を止めるように幕府に

大村藩から筑前藩主を通じて建白書を提出します。

その後、貿易面から長州藩の助太刀をしていた坂本龍馬に出会い、

長州藩と薩摩藩との同盟の必要性を説かれ、両者の仲介役を努めます。

 

伊藤博文と渡辺昇はこれらのやり取りで、何度も議論をし、

時には船の上で殴り合いの喧嘩をしそうになったほどだそうです。

 

 

そんなやり取りが行われている後に、

この著書最大の注目点である「大村騒動」が起こります。

 

1867年(慶応3年)正月三日、謡初の儀が執り行われたその日、

勤王派「三十七士同盟」の要人、針尾九左衛門と松林飯山が襲われます。

 

この事件の捜査が行われ、2900人の武士のうち、

1000人もの藩士が動員される物々しい事態となります。

 

後に見ると非常に恣意的に思われる取り調べの結果、

最大の家格を持つ家老を含め26人もの有力者が命を絶たれました。

 

もちろんながら、その家族も縁座(処罰)を免れず、

大村藩士団の構成は一気に変化を余儀なくされました。

結果として、渡辺昇が牛耳っていた「三十七士同盟」が

大村藩の実権を握ります。

 

こうして大村騒動の嵐が吹き荒れた頃、世の中では大政奉還がなされ、

戊辰戦争の時代へと突入していきます。

渡辺清が率いていた大村藩の新精隊は、薩摩軍と行動を共にし、

関東、東北へ出陣し、特に東北唯一の同盟藩であった秋田にて、

庄内藩との激戦などで大いに活躍を遂げることになります。

 

結果として、戊辰戦争や維新実現の論功行賞により、

大村藩主は土佐藩に注ぐ3万石もの賞典を預かります。

 

大村騒動など、強制力を発動して権力を握ることに長けた

渡辺昇は、維新後の政府でも多方面で活躍しますが、

人心を得ることは難しかったようで、生涯悩むことが多かったようです。

 

渡辺清は、福岡県・福島県で知事を務め、貴族院議員としても

仕事をしていますが、こちらも人心掌握は難しかったようで、

各地で住民反乱の憂き目を晴らすことに失敗しています。

 

楠本正隆は、三十七士の中心的存在であり、理論的指導者でした。

維新後は、地方行政指導者として評価され新潟県知事、東京府知事を

務めた後に衆議院議員を経て、衆議院議長を二年間務めています。

しかし、彼も自伝などは残していないとのことです。

 

 

江戸幕末には、躍動する人物が多数存在し、

世の中を変えるために大きく貢献したと言う光の部分から、

歴史が語られることが多くあります。

しかしながら、その影にはもちろん虐げられた人もいますし、

それを仕掛けていった煽動者も存在するわけです。

 

歴史の変化とはどんなことなのか、

大村藩という小さな世界で起きた事実を垣間見ることで、

様々なことを学ばせてもらいました。

 

光と影が存在する当たり前の事実、

歴史を垣間見る時には、決してそのことを忘れないようにしたいものです。

JUGEMテーマ:幕末 歴史

読書 | 11:17 | comments(0) | - | - | - |
ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全奇跡 前間孝則著 読了。
評価:
前間 孝則
新潮社
¥ 1,728
(2015-09-25)
コメント:新しいプロジェクトに参加するメンバー・リーダーにぜひ一読していただきたい組織論溢れるビジネス書です。なぜMRJがうまく行っていないのもわかります。

この本の存在は、刊行された2015年9月に知っていた。

しかし、中々手に取る機会がなく、読み終わって正直後悔している。

もっと早く読むべきだったと。

 

現在、ホンダジェットは、年間60機以上のペースで納品がなされる、

商業化に成功した状況に到達している。

この機体開発において、スケジュールについては当初からは伸びているが、

FAAの型式証明を取得してから数年しか経過していないにも関わらず、

現在までに製造上で大きなトラブルが生じたという話は聞かない。

 

かたや、日本政府の大きな支援もあり進められている

三菱航空機のMRJは、開発にあたって数多くの不具合が出て、

発注先への納入予定がはっきりしていない状況にある。

 

その違いは一体どこにあるのか、この著書をしっかりと読み解いてわかった。

ホンダエアクラフトを率いる技術者は、すべて自らで作り遂げようと、

明確な意思を持ってホンダジェット作りに取り組んでいる。

それが、MRJを開発する経営陣からは伝わってこない。

ここが、二つのプロジェクトの現状を二分する要因ではないか。

 

 

この著書の作者は、IHI(元石川島播磨重工業)で、

ジェットエンジンの設計に20年関わっていた前間孝則氏である。

氏は、長年にわたって繰り返し、ホンダジェットの開発リーダー

藤野道格氏と藁谷篤邦氏(エンジン)にインタビューを行い、

試作機開発から型式証明取得まで綿密に取材を重ねている。

 

また、HONDA本体の歴代社長などにもホンダジェット事業化前から、

何度も話を聞くことで、如何にその創業者精神がホンダに

流れていることが、航空機開発という新しいチャレンジに

繋がったかという点からも非常に読み応えがある。

 

私は、1981年生まれで現在36歳であるが、

子供の頃読んでいた子供向け科学辞典には、

トヨタ自動車が飛行機を開発する想像図が載せられていた記憶がある。

SFアニメでも盛んに空飛ぶ車がイメージされていた。

 

一方で、この著書にも数多く触れられているように、

三菱重工や富士重工業など、多くの日本企業による

航空機開発事業をバブル期前後を中心に進められたが、

事業化は中々うまくいっていない。

 

航空機開発は、民需であれ軍需であれ、規模の大小を問わず、

巨額の投資と開発期間が必要なビッグプロジェクトである。

現に、ホンダジェットが日の目をみるにも30年が掛かっている。

 

考えてみても欲しい。

30年の月日を一つのプロジェクトに投下した日本発の事業で、

世界的な実用化に至っているものがどの程度存在するだろうか。

 

医療の分野ではIPS細胞などの取り組みがある。

光インターネットは、ある程度の技術蓄積がされている。

電気自動車については、まだまだ日本企業は競争力を維持している。

 

ただ、消費者が購入できる消費財で30年をかけて開発されて、

世界的に日本企業がマーケットを席巻しているものが、

この2010年代に存在している事例は非常に少ない。

 

その要因は、日本発の世界的企業ですら、

自らの力で、基礎研究から商品化、

そして消費者への販売までの仕組み作りが必要な、

全く新しい分野に取り組もうとする気概に乏しいからではないか。

 

その一方で、アメリカではIT分野を中心に、

グローバルな展開を行う企業群が豊富に存在し、

それを支える政府や投資家も非常に積極的に支援を行なっている。

 

 

「できない理由を探すのではなく、

希望を持って一つずつ課題をクリアしていく」

 

この著書において、最初から最後まで貫かれているメッセージである。

 

 

ホンダジェットがなぜ事業化に成功し、

多くのプライベートジェット機保有者からの注文を集めているのか、

その全貌は、本著を読んでいただく他にない。

とりわけ、私がこの著書の中で印象に残っている、

ホンダエアクラフト代表である藤野道格氏の言葉を引いて終わりにしたい。

 

(以下、本文より引用)

彼もホンダジェットのプロジェクトリーダーになった最初の頃は、

多くの会議を開いたという。

ホンダの良き伝統とされた、忌憚のない意見をぶつけ合う

”ワイガヤ”方式をとった。ところが、藤野はある意味でそれを否定する。

 

「客観的に振り返ると、航空機の開発においては、

そういうところから良いアイデアなどが

まったく生まれていないことに気がつきました。

 

まだ知識や専門性のない多くの人が

そうした会議に準備もなく来て議論したとしても、

生産的な結果はまったく出ない。

ただ会議に出て時間をかけること自体が

仕事みたいになっていたんではどうしようもない。

 

だから、会議は必要最小限にする。

あるいは、具体的な目的のない無駄な会議は

できるだけ開かないようにと、方針をガラッと変えたんです。

 

コミュニケーションは大切ですが、

そのためには参加するメンバーが十分な知識を有して

同じ土俵で本質的な内容を論じなければ

議論もかみ合わないし、ただ時間を費やすだけとなってしまう」

 

会議を減らした結果、どのようなことが起こったのか。

 

「すると、誰が一番重要な人なのかということが

だんだんわかってくるんですね。

会議を開かないと、自分で情報を集めないといけない。

自分で話に行かないといけない。

 

あるいは、自分で判断しないといけないことになって、

本当に仕事で重要な人や情報ソースを持っている人など、

仕事で必要な人の所に直接行くことになります。

 

誰が重要で、誰があまり重要じゃなかったのかということが、

逆によくわかってくるのです。

 

実はコミュニケーションというのは、

会議に出て人から与えられるものではなくて、

自分で取りに行くことなんじゃないのかというのがわかってきた。

 

そうした意識が定着してくると、たとえばアメリカに行っても

本当の専門家に直接話を聞きに行くとか、

直接教えて貰いに行くとか、

そういう変化がチームの中に徐々に表れてきたのです。

(引用終わり)

 

本著の終わりあたりに、この藤野氏がある著者の意図は、

多くの日本組織に訴えたかったのではないかと感じます。

 

コミュニケーションの意味を考えずして、

その場の結果を求めてもほとんど実効性はありません。

 

日本企業の収益性が他国と比べて低下しているのも、

政府自治体の収益構造が悪化しているのも、

これまでに行われた仕組みを本質的に変化させないまま、

小手先の変化で、現実をごまかそうとしているからです。

 

世の中にないものを作り上げていくためには、

その想いを持ったメンバーが、熱い情熱を持って、

魅力的なプロジェクトで一致団結していくことが必要です。

それを引っ張る大きなビジョンを掲げるリーダーの下で。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

私自身、小さな組織に属する人間として、

ホンダジェットが生み出される過程からたくさんの気づきを得られました。

読書 | 21:21 | comments(2) | - | - | - |
ソーシャルパワーの時代-「つながりのチカラ」が革新する企業と地域の価値共創戦略- 読了。
評価:
玉村 雅敏,上木原 弘修,小島 敏明,横田 浩一,井上 貴至,池本 修悟ほか
産学社
¥ 2,160
(2016-07-31)
コメント:CSV(共有価値の創造)というキーワードについて、事例を知りたいと思っている人にぴったりの概念・現状網羅型の的確な参考書です。

CSV(価値共創)という言葉をちらほら耳にするが、

一体どんな取り組みなのだろう、その疑問からこの本を手に取りました。

 

CSVとは、Creating Shared Valueの略で、

アメリカの経営学者マイケル・ポーターが唱えたコンセプトで、

「経済価値を創造しながら、社会ニーズに対応することで、社会価値を創造する」

という意味で使われている営利企業の経営戦略の考え方です。

 

この著書「ソーシャルパワーの時代」においては、企業経営に限らず、

多様な主体が協働して「共有価値の創造」を行う戦略として捉えられています。

もっと簡単な言葉に置き換えると、

 

『「自分ごと」を「みんなごと」とし、さらに「世の中ごと」と考える

繋がりの連鎖を作って、お互いに魅力を高め合っていく仕組み作り』

 

このようなニュアンスで、この著書では様々な価値共創事例が紹介されています。

 

一通り読んだ私の言葉で置き換えさせていただくならば、

『「All for one ,One for all (みんなは一人のために、一人はみんなのために)」

この考え方を組織としてどうやって作っていくのか』、

それがこの著書がテーマとしているものと言えるのではないでしょうか。

 

地方創生を進めることが、政府・自治体・そして企業においても、

これからの目標とするべき行動指針とされる中で、

自らの組織だけの発展を考えて経営の舵取りを行うことは難しい昨今です。

 

日本に限らずとも、世界中の組織において利益をあげればそれで解決、

そんなわかりやすい結果を目指せば良いという価値観は通用しなくなりました。

 

自らが存在している役割を、個人及び組織でも、しっかりと認識した上で、

他者あるいは他の組織とどのように役割分担を行いながら、

これまでに世の中に存在しなかったものを築いていくか、

それを求められているのが、現代社会といっても良いでしょう。

 

その一つの手法として「CSV(共有価値の創造)」が唱えられ、

行政機関、企業、NGO、など多くの組織体で実践されています。

 

最初は、自らの組織の目的を達成する一義的な目標だった取り組みも、

組織外のプレーヤーが参加していくことで、

より大きな問題解決を図るために、仕組みを見直していった事例が、

この著書では多数取り上げられています。

 

例えば、キリンホールディングス株式会社味の素株式会社イオン株式会社が、

「社会価値」と「経済価値」を両輪として追求するために、

どのように地域と共に価値を共創するスタイルを築いていったのかを、

具体的な商品開発・販売事例を紹介されています。

 

また、富山県氷見市鹿児島県長島町山梨県富士吉田市岐阜県高山市

東京都谷中銀座商店街武蔵小山商店街などや、

JICA(国際協力機構)がサポートする世界各地での取り組みなどについても、

参画する人々の生の声とその仕組みの概要について、

非常にわかりやすく、応用が効く実践的な内容をまとめられています。

 

世界的な知名度を持つ営利企業から、小さな地域で取り組む団体、

国全体の治安維持に関わるようなNGOなど、大きさの如何に関わらず、

共有価値の創造というキーワードで活動を捉えるのは非常に面白かったです。

 

「社会は一人一人の繋がりによって成り立っている」

言われてみれば当たり前のことでありながら、

そのことを再びしっかり定義することができた組織が、

今の時代に、多くの人々の共感を得て、

事業を少しずつ拡大させていることに気がつきます。

 

私が住む場所でも、そんな共有価値の創造が少しずつ行われています。

改めて、自らもその一人のプレーヤーとして、

どこに一番の存在意義を見出すか、しっかりと考えて行動していきます。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

読書 | 11:03 | comments(0) | - | - | - |
農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了

先日偶然であるが、現在の大分大山町農業協同組合

矢羽田 正豪組合長とお会いすることがあった。

 

過去に、小泉純一郎総理が大山町に視察に入られたことがあり、

昨年には小泉進次郎自民党農林部会長が講師として

矢羽田氏を招いたとのお話をお伺いした。

 

何が、大山町農協の凄さなのかと気になった私は、

その中興の祖である矢幡氏の著書を手に取ってみることにした。

 

端的に言えば、このブログ一つ前のエントリーである、

小説「プラチナタウン」主人公を地でいくような、

ビジョンに溢れ、行動力を持ったリーダーが矢幡治美氏であった。

 

大分県大山町(現在日田市)は、北部九州の中心部にあり、

日田駅から車で約10分、福岡市から高速で1時間強、

熊本市に約2時間、大分市に2時間弱に位置している。

全町の広さは、約4500ha、そのうち耕地は380haで、

水田は90haとほとんどが果樹園と決して農業に適した土地ではない。

(面積は本著刊行の昭和63年当時)

観光資源もなく、景色が良い景勝地があるわけでもない。

鉄道線路も、高速道路も通わず、遺跡や民謡の類もない。

杉山が多く戦前から戦争直後まで、住民は山林関係で生計を立てていた。

 

そんな土地で、造り酒屋に生まれた矢幡氏は、

戦争が終わり大山町に戻った。コメ不足により酒造業は廃業し、

郵便局長をやっていたが公職追放により仕事ができなくなり、

見よう見まねで農業に従事。水田から始め製茶農家に転じるも、

静岡茶が市場の大半を占めている状況に遭遇し断念。

 

そして、昭和26年農業委員に就任、29年には農協組合長に転じる。

農民の意見を聞いたり、生活実態を目の当たりにする中で、

土地の農業のあり方を変える必要を感じ、農協の経営理念を発表。

 

1.組合員の不利益にならない方法で農協の経営をします

2.農協に利益があがれば、環境の向上に投資します

3.農協は友づくり運動に努力します

といった形で、県中央会の方針に固執しない大山スタイルを目指した。

 

組合長の就任翌年に村長選挙があり、立候補を検討しつつも、

政争が激しく立候補を断念、しかし同年秋に再び行われた村長選にて、

矢幡氏は、無投票にて村長にも就任する。

(大山村は昭和44年に町制施行により村から町に転換)

 

自らの経験からも、工業や商業という他の産業と比較し、

農業には経営手法に大きな課題があることを踏まえ、

コストを抑えて稼げる仕組み作りが急務であることを痛感。

大山農協の基本方針は、時間が経ち、さらに具体化し充実した。

 

1.組合員が犠牲にならない着想での農協経営

2.他より高利な貯金を推進し、低金利で融資を行う

3.農業に必要な購買品を安く仕入れ安く売る

4.農産品の加工事業を行い、消費者への直接販売を行う

5.農協で得た利益を村おこしのために還元する

6.農家生活向上のため高収益品種に特化し休日を増やす

7.少量生産、多品目栽培、希少価値販売を行いリスクを減らす

8.畜産をやめ果樹などに転換し軽労働を目指す

 

これらの目標を設定した上で、昭和30年代から60年にかけて、

時間をかけて段階的に、なおかつ様々な地域との連携を行い、

農協組合員だけでなく、全町民が参加して、

活気ある地域づくりの為に取り組んだことが、

この著書では詳しく記されている。

 

現在は、徳島県の上勝町の葉っぱビジネスが著名ですが、

それを遡ること数十年前から、総合商社に匹敵する農協作りを意識し、

少しずつ農業の六次化を進めてきたのが、まさに大山町農協である。

 

また、大切なことは地域づくりは人づくりであるという点を押さえ、

少しでも所得の高い農家の実現、ともに学び合う環境作り、

次世代を支える子どもへの就学支援など、

少子高齢化が日本中で叫ばれる現状でさえ追いついていない

制度設計が、大山町では農協を中心に進められていたことは、

大変素晴らしい事実であり、総理大臣までもが注目する意味がわかる。

 

この著書は刊行からすでに30年近くが経過しているものの、

農協改革や地方自治体変革に必要なエッセンスは全く古びておらず、

紹介したいポイントを挙げればきりがない。

だからこそ、せめて終章の「農協の体質強化のために」と題された、

矢幡氏の3つの原則提言を紹介して、このエントリーを終わりにしたい。

 

まず三つの原則をはっきりと守っていかなければならいない、

その一つは創造性です。

従来のありきたりの農業から思いきった新しい分野を創造していく。

あるいはまた、農協の従来の経営方針、運営方針、中央会から示された

型どおりの農協というものから脱皮して農協自体にも

創造性を発揮していかなければなりません。

 

また次は迅速性です。もう世の中は日々に急速に変化しつつあります。

特に国際情勢の変化が直ちに国内に響き、

農村の農家にも響いてくるような現代です。

なにかの事態があったならば、もう打てば響くような

変わり身の早い迅速な対策措置をやっていかなければならないと思います。

荏苒として、いわゆるサラリーマン根性と申しますか、

鳴かず飛ばず、とにかく自己の職場を守ればいいという

保身的な考えでは、対応できないと思いますので、迅速性を堅持すること。

 

それから責任性、これは一組合長が責任を取るという意味ではなくて、

職員の執行部のあらゆる職員が、

それぞれ自分の責任を全うするという責任性の追求です。

 

この創造性、迅速性、責任性を踏まえて大分大山町農協では

もう十数年前から機構改革を敢行したのです。

大山町農協

評価:
矢幡 治美
家の光協会
---
(1988-01)
コメント:町づくりに関わる人に是非読んでいただきたい。30年経っても全く指摘事項が古びることがない。

読書 | 14:06 | comments(2) | - | - | - |
プラチナタウン 楡周平著 読了。町づくりに必要なものって?
評価:
楡 周平
祥伝社
¥ 771
(2011-07-25)
コメント:少し前に刊行された本ですが、現実としてこの小説を超えた町づくりの事例は多くは聞こえてきません。新しいチャレンジをしようと試みている方に是非手に取っていただきたいです。企業であれ行政であれ。

総合商社で役員一歩手前である穀物取引を担う部長が、

財政難にあえぐ出身地の町長に就任し、

都市部から高齢者を招き入れる巨大施設を誘致し、

町の破綻を救い、元の所属企業からも賞賛される。

 

そんなストーリーである、この著書を手に取ったのは、

石破 茂元地方創生担当相が自著で推奨されていたためです。

 

著書の解説を堀田力氏(さわやか福祉財団理事長)がされていることからも

明らかであるように、その分野のプロフェッショナルからも、

賞賛を受けているこの著書は、読み手を引き込む好著でした。

 

多くの読書がそうであったと思いますが、

私自身、主人公である山崎町長に感情を移入して、

自らが生活する自治体に置き換えながら物語を追い続けました。

 

大企業の人事評価、選挙の複雑さ、

人口減少が避けられない地方自治体の乏しい財源、

地域の政治家と外部視点との隔たり、

民間事業者と役所感覚との隔たり、

都市部と地方部でのサービス意識のギャップ、

などなど、どれもが私自身が現実として向き合ってきた点を

捉えてあまりあるものでした。

 

国も地方自治体も年々厳しくなる財政問題を抱えています。

中小から大企業まで社会に伴う環境変化に晒されています。

 

色々なことを変えなくてはいけないと分かっている人が、

社会中に溢れている日本社会において圧倒的に不足するのが、

じゃあ、私がその変化に伴うリスクを持って、

変化の舵を取っていこうとするリーダーです。

 

この「プラチナタウン」という小説は、

一見すると財政再建を果たした町づくりをテーマに据えていそうで、

実は、その場に立っている一人一人のリーダーに

スポットライトを当てているからこそ、

最初から最後まで、読み手をワクワクさせっぱなしにさせるのです。

 

所属する企業のビジネスモデルの限界を感じつつ

自らの境遇や家族の意向を踏まえ転職できないサラリーマン、

主たる営業領域が発展性がないと認識しつつ

企業の統治形態や規模などドラスティックに変えられない経営者、

過去の延長線を維持したままでは圧迫する財政に

行政サービスの縮小が必須と分かって議会で承認するだけの議員、

自治体の限界を知りつつ議会運営や職員の現状に

理由をつけ現状から大きな変化をもたらそうとしない首長・・・・・。

 

自分自身のことを含めて、日本社会のあり方を

チクリチクリと刺している楡さんの描き方には、

ずっとワクワクだけを抱いているわけにはいきませんでした。

 

 

この著書で描かれている町を再建させるプラン、

一定の所得を有する高齢者が都市部から離れて

集団で生活する老人のアミューズメントパークを標榜する

介護施設の集合体である「プラチナタウン」。

 

私が生活する町にも工業団地として造成され空いている土地があり、

近隣自治体には、比較的整っている医療施設があり、

人口集積著しい都市から1時間半圏内でアクセスが可能と、

「プラチナタウン」を建設できる要素はまま揃っています。

 

社会環境の動向と、アメリカなどの成功例を踏まえて、

日本でも高齢者向けに安心して暮らせる街を作ろうという

掛け声は数十年前から盛んではありますが、

現実はなかなか進んでいないのが現状です。

 

なぜ一向に捗らないのか、それは長期ビジョンを持った

リーダーが乏しいからに他ならないのではないか、

この著書を読み終えて改めてそう確信しているところです。

 

首長しかり、議員しかり、行政職員しかり、

経営者しかり、労働者しかり、

この街を50年後どんな形で残していくのが、

その土地の住民として過ごしやすいのか、

それをしっかりと考えて、現実とのギャップを埋めていく努力を

一つずつ重ねる他に、街を次世代に渡していくことはできません。

 

頭でわかっていても、目の前に多数存在する生きにくさを抱えて、

理想を追い求めていくことは並大抵のことではありません。

 

しかし、まずはこの指とまれと青写真を掲げ、

それに賛同してくれる仲間作りをしていくことが大切だよ、

この「プラチナタウン」という著書からは、

そんな気づきを得られたことが私に取って一番大きい収穫でした。

 

わが町にとっての「プラチナタウン」構想はなんだろう、

まずは、自分自身の頭で熟させてみます。

せめて酒飲みながら知人に大ボラを吹かせられる位には。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

読書 | 12:03 | comments(0) | - | - | - |
人物戦後政治 〜私の出会った政治家たち〜 石川真澄著読了。

以下、著者あとがきより引用。

 

戦後民主主義の中で生きてきた私は、政治とは良くも悪くも

普通の人間が紡ぎ出していくものだと信じている。

新聞社で政治記者をつとめている間も、そのことを忘れたことはない。

そうした気持ちから、私は国内の政治事象のうち、

選挙やその制度のこと、投票結果の分析、

世論調査に表れた数字などに特別の関心を払ってきた。

 

しかし、にもかかわらず政治が「政界」と呼ばれる場所で

専業の人々によって営まれる仕事でもあるという側面も、

けっしてないがしろにするわけにはいかない。

そこでの営為は普通の人々を生かしも殺しもするから、

民衆の側からの監視や批判が欠かせない。

 

政治ジャーナリズムは普通の人々と「職業としての政治」を

扱う人々との緊張の間に身を置いている。

私もその場所から報道と評論を続けてきた。

そのため政治家との接触・高裁は私の日常の主な部分をなしていた。

この本は、そうした私の経験の部分、

いわば政界見聞を取り出して書いたものである。

 

ただ、個々の政治家の評伝集というようなものではなく、

私の見てきた時代の政治はどんな質のものであったかを考え、

背景に気を配りながら書いたつもりである。

 

著者が様々な国会議員についてのコメントを行いながら、

昔の政治家が現代の政治家に比べておしなべて良かったわけではなく、

政治家としてレベルが低い人物がいなかったわけではないし、

現代も過去に比べて優秀な政治家は存在すると正直に伝えている。

 

しかし、この著書が出されたのは1997年のことであり、

すでに20年が経過し、小選挙区制が定着し、

政党に比べると議員一人ひとりの影が小さくなっているのが現実である。

 

この著書に描かれている政治家は、それぞれに品格に特徴があったり、

政策に鋭いものがあったり、組織形成に秀でていたり、

それぞれに特徴を持った人々が描かれている。

 

本書では以下の政治家が取り上げられている。

 

池田勇人、大平正芳、宮沢喜一、佐藤栄作、川島正次郎、

河野一郎、三木武夫、田中角栄、竹下登、佐々木更三、

江田三郎、河上丈太郎、成田知己、石橋政嗣、西尾末広、

佐々木良作、羽生三七、土井たか子、菅直人、武村正義、加藤紘一。

 

すでに子供世代すら政界を引退した人も多数である。

1957年に朝日新聞に入社して政治部に配属された著者がみた時代なので、

それもまた当然であろう。

 

しかしながらこの書を読んでいて、全く飽きがこないのは、

石川氏が政治家との距離感を一定に保っており、

けっして個人的な関係を持ちすぎていない姿勢で、

あくまでも政治の場面を知るための

取材活動の範囲に拘っていることが要因だろう。

 

政治活動とは、人間の泥臭い部分が現れやすい、

ともすればダークな世界である。

 

しかしながら、価値観が異なる人をまとめ、世の中を動かしていくには、

好き嫌いを超えた普遍的なメッセージを発信していくことが、

求められているのが国会議員の一つの必要条件でもある。

 

それはまた、彼らに接する政治記者も然りであろう。

そんなことを考えるにあたり、

2017年現代の国会議員及び政治記者はどうであろうか。

 

政策的に優れた意見表明を連発する政治家は与野党に存在するが、

政局に流されずに、安定した得票を得て、

自らがポリシーとする分野で十二分な国民的評価を得ている

国会議員は、果たしてどの程度存在するのであろうか。

 

私は、国家の中枢である国会議員から非常に遠い位置である、

地方自治体で、一人の議員として活動を行なっているが、

自らが得意とするフィールドをまだ定められておらず、

行政当局が一目置けるような議員になるには、

全く遠い道のりが必要な状態である。

 

だからこそ、時代を超えて、その存在感を示している

石川真澄氏が記している昭和の政治家から学ぶ点が多々ある。

 

政治家としての姿勢はもちろんのことながら、

自らが寄って立つ点をきちんと定め、

それを政治家としての生涯突き通す意思を持ちつつ、

政党という属する組織の目的を決して蔑ろにしていない点である。

 

時代は変わったと、過去を無視することは簡単である。

しかしながら、有権者が投票によって政治家を選び、

選ばれた政治家が政党を作り、そこで国会を運営する仕組みは、

1946年以降本質的には変化していない。

 

良い面も悪い面もひっくるめて、先人の歴史に学び、

現代の政治家が見落としてしまっている民主主義の本旨が

何なのか、時には立ち止まって考えて見なければならない。

 

全くのひよっこの地方政治家である私に、そんな決意を与える、

石川氏の政治に対する愛情が伝わってきた政治人物評であった。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

評価:
石川 真澄
岩波書店
---
(1997-05-28)
コメント:政治家は骨がない、だから関心がない。そう思っている方にこそ目を通してほしい気骨あふれる昭和の政治家がここには沢山紹介されている。

読書 | 06:14 | comments(2) | - | - | - |
地方を動かすためには考え方を「半官半民」にすべきかもしれない。

私は法律的に定義すると、選挙で選ばれたため、

地方公務員特別職に該当するようである。

 

それはともかくとして、選挙で当選するまでは、

行政の人々と仕事を共にすることがなかったが、

地方議員になってからは、

いろいろな行政職員と業務上のやり取りをするようになった。

 

大学を卒業してから、民間企業でしか働いたことがなかった私は、

現在初めて公の仕事に従事させていただいている次第である。

 

仕事のやり方が異なるのはもちろんのことだが、

もっとも違うのは、一つ一つの仕事に対して、

その対価を払う人がわかりにくい点が、

公の仕事の難しい点であり、進めやすい点でもある。

 

民間企業においては、ある仕事人(それを雇う企業)が、

直接なんらかの対価物・サービスを提供することによって、

その代償として金銭の支払いを受けている。

 

行政がどのような仕組みで動いているのかを、

理解していない人にとって、行政サービスにどの程度の

費用対効果があるのかを判別するのは非常に困難だろう。

(もちろん仕組みを理解する人にとっても難儀だが)

 

例えば、自宅の前に信号機をつけて欲しいと要望しても、

その一軒の都合で信号機が取り付けられることはほぼなく、

その地域において一定の交通量が認められ、

信号機を取り付ける必然性を公安委員会などが認めない限り、

信号機を設置するための予算がつけられることは難しい。

 

「自らの手で街づくりをしなさい」、

地方創生が叫ばれるようになってから

いろいろな方が訴えるキーワードである。

けれども、それが出来るには、

旗振り役がいないと動いていく住民は集まらない。

 

役人、政治家、民間企業経営者、労働者、

現実に属しているどんな形であれ、

自らの利益を半分、その地域の利益を半分ずつ想定して、

街づくりを進めていく人、つまり『半官半民』の人しか、

地方創生のトップランナーにはなれない。

 

私は、今のところそんなことを考えつつ、

自らの街をどうやって、次世代に引き継ぐ仕掛けを作るべきか、

歴史事実も含めて、いろいろな知見に触れている。

 

お金を稼げば良いというものでもなく、

注目を集めれば良いというものでもなく、

その地域の住民が楽しいだけで良いというものでもない。

 

街づくりは人造り。

 

これもまた様々な人物が、

昔から言ってきたフレーズであるが、まさに定石である。

半官半民の人物が、ある地域には必ず存在するはずである。

過去の歴史を遡ってみれば。

 

その人物の功績を訪ね、自らがどんな役割を担い、

他者をどうやって巻き込んで行こうとするか、

それを考え、一歩ずつ行動することからしか、

次世代に続く街づくりの仕組みは築き得ない。

八女市福島地区

写真は、福岡県八女市の手書き観光案内図です。

JUGEMテーマ:政治全般〜国会・内閣・行政

政治 | 15:34 | comments(2) | - | - | - |
日本列島創生論-地方は国家の希望なり- 石破茂 著 読了
評価:
石破 茂
新潮社
¥ 821
(2017-04-14)
コメント:行政に関心があまりない方にも読んでいただきたいコンパクトに地方創生についてまとめられた良著です。

地方がただ中央からの補助金をアテにしているといった、

これまでのあり方では、国家自体が立ち行かなくなります。

地方と、そこに住む人たちが自信を持ち、誇りを持ち、

感動するストーリーを紡ぎながら、それぞれの地方を作っていく。

その姿勢が今の日本には絶対に必要である、と私は考えています。

 

江戸時代に、徳川幕府が地方のために

何かやってくれるというようなことはなかったはずです。

そのおかげで地方に独自の文化、産業、教育が発展しました。

その頃に戻れなどと申すつもりはありません。

しかし地方の自立ということを

もう一度考えてみるべきではないでしょうか。

 

官と民のあり方、地方と中央のあり方、官と個人のあり方、

そういうものを国民全体でもう一度考えてみる。

それによって、日本人が幸せになり、地方が豊かになり、

日本国全体が豊かになっていく。(以下略)

 

以上、本著巻末の言葉より引用しました。

 

石破茂氏の講演を今年の2月西海市にて拝聴しました。

まさに講演で語られたメッセージが凝縮されている内容でした。

 

初代の地方創生担当大臣として、自民党幹事長など選挙応援によって、

全国を飛び回り、多くの方と情報交換をされている

石破氏なりの日本国に対する危機感は相当なものと感じます。

 

それを土台に、数多くの地方創生に向けた将来に繋がる事例を踏まえ、

どうしたら人口減少が続き、急激な高齢化によって、

地方だけではなく日本全国の活力が減ってしまう状況を

転換させていけるのか、非常に具体的な処方箋がまとめています。

 

これまで、住民は政治家に政治を委ね、

地方公共団体は政府に予算付けと政策立案を委ね、

自らのチームを自ら維持していくための創意工夫が

十分にできていなかったのではないかと、石破氏は指摘されています。

 

国全体が経済成長を維持できていて、人口も増加し、

社会的負担が求められる高齢者の割合が低い時期は、

国が自治体が行政サービスを右肩並びに提供できる状態であったでしょう。

もちろん地域によってその充実度は異なるのが当然ながら。

 

しかしながら、人口の都市圏集中が進み、

人口の3割以上が高齢者となる地方が増え、新しい企業も多くが

大都市圏に集中するようになってくると、

新しいことを行うために、他者に依存する環境は、

どんな田舎であれ、どんな都会であれ難しくなるのが現実です。

 

それは、国であれ地方自治体であれ、企業であれ個人であれ、

言い方は適切ではないかもしれませんが「自己責任」が

求められる状態がどんどん増えているのが、日本の実態です。

 

そんな中で、「できる理由よりできない理由」をあげて、

自らが変化していくことを望まない日本人が多数存在するのも現実です。

何故ならば、変えることは大変なように思えるからでしょう。

 

しかし、この著書で冒頭から石破さんが指摘されている通り、

現代日本は、これまでの歴史で体験したことのない危機を迎え、

現在の出生率が続いていくとすると国が亡くなるほどの未来が確実にやってきます。

 

遠い先の未来ではなく、現在の高齢化が進むと、

東京周辺で、高齢者サービスを受けるために、

労働者の取り合いが起きるのも、十年以内とも考えられるほど

福祉に関わる現状は深刻な状況が続いています。

 

 

今の時代に限りませんが、日本国という大きな仕組みを変えるのは

非常に大変な仕事であり、どんな優秀なリーダーが出ても、

すぐに180度の転換を行うのは不可能です。

しかしながら、地方自治体レベルであれば、一つのリーダーなり、

一つの企業が自らの責任を持って取り組むことで、

大きくその方向性を転換させることは可能です。

 

だからこそ、石破さんはこの著書で、

島根県邑南町、兵庫県養父市、岡山県真庭市、島根県海士町、

北海道音威子府村、鳥取県智頭町、島根県太田市、鹿児島県鹿屋市、

新潟市、富山市、香川県高松市、島根県雲南市、愛知県長久手市、

鹿児島県伊仙町、神奈川県秦野市、千葉県佐倉市、北海道夕張市、

などなど多くの興味深い地方創生の取り組みを行っている地域の

具体的な事例とそのインパクトを紹介されています。

 

これらの事例をそのまま他が真似しても何もなりません。

しかしながら、このような多様な地域がそれぞれに、

自らが置かれた環境を言い訳にせず、変化を起こしている事実は、

これまで方針転換をさほどせずに、人口がシュリンクしている地域には、

大きな参考書として生きた教訓を与えてくれるはずです。

 

私も、町づくりの一端を担う特別行政職として、

どうすることが、この地方創生に繋がり、

この地域の住民の方に笑顔をもたらすことになるのか、

しっかりと外と中を今一度観察し、動いていきたいとファイトを得ました。

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読書 | 23:25 | comments(0) | - | - | - |
「週刊文春」編集長の仕事術 新谷学著 読了。

正直に言って、私は週刊文春を読むのはコインランドリーくらい。

買って読んだことは数えるほどしかない。

しかし、阿川佐知子さんのインタビューや飯島勲さんの連載、

そしてついつい読ませられてしまうスクープ記事には、

他の立ち読み週刊誌と違って嫌味がないのがいいなあと思っていた。

 

そんなボヤーっとした文春感を持って、この著書はビジネスマンにも、

読まれるべき本であるという宋文洲氏の推奨によって手に取ってみた。

読み始めて数時間で一気に読了してしまうほど面白い本だった。

 

新谷学編集長は、大学卒業後文藝春秋に入社し、

「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスクを経て、

月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長から、

週刊文春編集長に就いた生粋の文春マンである。

 

この著書のテーマは大きく言えば、

「人間って面白いよね」ということを追求することが、

仕事を面白くするのではないですか?

という新谷編集長からの提案のように私は感じた。

 

メディアの萎縮が色々な部門から叫ばれる中において、

週刊文春が、様々なタブーに挑みスクープを連発している背景に、

どんな考え方、そしてそれを踏まえた組織がどのようになっているのか、

全てを余すところなく、この著書で解説されている。

 

メディアのあり方に限らず、企業の取り組みに面白みがないと、

批判されることも多い日本企業や組織の現状であるが、

新谷氏が指摘するように、新しいことをやることを恐れずに、

楽しいものを目指そうとする姿勢こそが、

仕事を面白いものにする原動力である考え方には全面的に賛同する。

 

出る杭は打たれるのが当たり前かもしれないが、

そもそも、色々な組織に杭が出ていなかったら、

その組織は他の同業者との差異がいずれなくなってしまうのは必然である。

つまり、出る杭を打ち続けることは、自らを滅ぼすことになる。

 

インターネットの普及によって出版は廃れてしまうという

どこでも叫ばれるテーゼが存在するが、

アマゾンという世界最大の小売事業者は、出版物を売ることを祖業とし、

未だに出版物を販売することで世界中で収益を上げている。

つまり、やり方が変わっているだけで、

モノを書く意義がなくなっているわけではない。

 

週刊文春は、自らの存在意義を「スクープを提供すること」と定め、

その取材活動を充実するために、組織を鍛え、

取材費を捻出するために、出版部数を伸ばしたり、

その他のネットなどの収益源を確保するために協業を進めている。

 

一方で、記者は取材源を求めて数多くの現場に出かけている。

ネットメディアの多くは、新聞や週刊誌など一次情報を

他のメディアに依存していることが多く、

現実社会を大きく揺るがすようなニュースを提供する機会は限られている。

(もちろん、ネットメディア発の社会的ニュースもあるが)

 

自らの組織が何を最も求められているのか、

仕事のやり方が今の社会にとって本当に必要とされているのか、

社員が会社のやるべき仕事に真摯に取り組んでいるのか。

 

こういった視点を客観的に理解している経営者は、

日本全体で結構数少ない存在なのかもしれない。

だからこそ、目先の課題に汲々として、

自らが主体的になって変化を起こすことができないのではないか。

 

そんなことを考えさせられた新谷編集長の数多くの視点は、

まさに週刊文春というチームの働きを通じて、

色々なものを日本のビジネスパーソンに考えさせられるものである。

 

さて、私自身小さい世界とは言え、この著書でも数多く書かれる、

政治を生業として日々を過ごしているわけで、

どうしたら面白い人間として認められるか、

その客観的な視点を持ちながら、精進していきたい。

JUGEMテーマ:ビジネス

評価:
新谷 学
ダイヤモンド社
¥ 1,512
(2017-03-10)
コメント:さくっと読める。これから仕事を始める新入社員や、逆に新入社員を受け入れる企業の管理職にも読んでほしい一冊。仕事って楽しくやることが本旨であるはずですよね?

読書 | 22:04 | comments(0) | - | - | - |
日本会議の研究 菅野完著読了。何故、籠池理事長が一生懸命になるのかを知るための好著

菅野完氏が日本会議の研究についての論文をまとめていることは、

ハーバー・ビジネス・オンラインでの連載スタート時点から、

存じてはいた。もちろんこの著書が刊行され、話題になったニュースも。

 

なんとなく手に取るタイミングを逸していたが、

森友学園の籠池理事長に菅野氏がインタビューしている姿を見て、

今読まずしていつ読むの?という衝動に刈られ一気に読み進めた。

 

読後の感想としては一言で言えば「爽快な叙述詩」というかたちで、

政権に負の影響を与えているともされる日本会議の実態を追った論文でありながら、

決して出版差し止めを行うべき一方的な批判書であるとは言えない。

しかしながら、何故これほどまでに日本会議など周辺グループが、

政治の中枢に影響を持つまでに至ったのかがコンパクトにまとめられている。

 

また、自らの関係性が希薄なものだったと発言している

安倍首相、稲田防衛相の行動に対して、

森友学園の籠池泰典氏が、

どうしてこれほどまでに憤りを感じているのかも、

この本を読めばその意味が概ね理解できるはずである。

 

日本会議、日本青年協議会、日本政策研究センターの存在と、

安倍政権の繋がりをここまではっきりと解説するメディアは存在しない。

しかし、その点が明確になっていれば、

どうしてこの政権が憲法改正に向けた動きを強めているのかが

明確になってきて、どのような政治スケジュールを持って、

政治に臨むだろうかということが朧げに見えてくる。

 

菅野氏もツイッターで指摘しているけれども、

現政権の政治スキャンダルを闇雲に指摘する前に、

もう少し日本会議周辺について研究する必要が、

野党の国会議員には求められているのではなかろうか。

 

何故ならば、政教分離が日本国憲法に示されているにもかかわらず、

それが全くなされていないように動いているのが現政権なのだから。

 

日本会議、日本青年協議会、日本政策研究センター自体及び、

地方政治、国政への関わり方については、

政権を批判する立場の人々もしっかりと捉えるべきであろう。

 

原発や米軍基地建設反対などワンイシューの取り組みも

もちろん重要ではあるかもしれないが、どういう構造が、

政治の中枢に存在しているのかを理解せずして、

それに対峙しようというのは、武器なく戦車に突っ込むようなものである。

 

右傾化というキーワードが、

長らく行われた学生運動の延長線上に存在しているという、

この著書の指摘は、目の前の現実を直視しているだけでは見えてこない。

ジャーナリストが自らの仮説を元に調査報道を十分に行わない現在、

菅野完氏のようなものを書く人の執念は、大きな発見を導く。

 

政治がごちゃごちゃしているように感じる今だからこそ、

このような政治の中枢を追った秀逸な読み物が読まれる時期ではないだろうか。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

評価:
菅野 完
扶桑社
¥ 800
(2016-04-30)
コメント:どうして安倍総理と森友学園籠池理事長が昵懇だっただろうと想定できるのか、その理由はこの本を読めば見えてくるはず。

読書 | 11:03 | comments(2) | - | - | - |

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