黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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9月20日から23日長崎県波佐見町に集合ください!全国から多士済々の人たらしが集います!

ご案内!

第1回人間再生交流戯塾             平成27年7月吉日記

謹  啓

今年も暑い夏であります。皆様お元気のことと思います。政府が行なう地方創生も中々軌道に乗らず、
どこの市町村も四苦八苦している状態です。今後、国内の地域経済が回復することは、あまり期待できない。
それは田舎人が観光と叫んでもインバウンドが、盛んになるとは限りません。
然らばどのようにしたら、地域の人々が元気に生きられるか思考してみました。
それは人間が「交流すること」と気付きました。人々が交流し語り合って、
文化的な会話と田舎体験などを続ければ、生きる勇気が出てきます。その第一回交流会を、長崎県波佐見町で行います。
       

※参加ご希望の方は下記申込書に、住所氏名等を記入し手紙か下記FAX&メールを下さい。           


期  日 平成27年9月20日()〜22日()3日間
 

集合場所 〆寛豸有田駅へ午後2時頃集合 お迎え有り。

高速インター波佐見有田バス停へ午後1時40分頃集合 お迎え有り。

佐賀空港と長崎空港もお迎えします。※現地までの交通費は自己負担です。


場  所 長崎県波佐見町井石郷2089番地 LLP長崎eライフ


案内誘導 深沢 清 緊急連絡先携帯=090-8910-7478                     


講師講演 〇嚇賃拜埓萓検Ρ藺蝓畸膣屬虜遒衒。講師=城後光先生・演題=人間とは何か! 


次回講師 ‖臺大学名誉教授軸丸勇士先生・地域活性化。愛知県蟹江町の窪島文代歴女先生。


募集人員 15名〜20名 ※この裡5名は波佐見町内スタッフ。


宿  泊 /恵曚痢屮咼献優好曠謄襭腺敘蛤憾」か、ツーリズム民泊です。


※この塾の趣旨と内容は「交流&語り合い」と「農業&窯業体験」等です。

※この塾は東京圏シニアの人々の田舎移住サポートと、無業若者達が元気に生きる為の案内。


第1日目 午後3時頃から波佐見町鬼木郷棚田見学と中尾山古窯等見学 その後、町民との交流会。

     午後5時頃から波佐見温泉で入浴。自己紹介と軽い語らいと夕食会午後9時頃終了。 

第2日目 午前9時から講演とディスカッション後昼食

     午後1時40分頃から西海市音浴博物館でレコード鑑賞 帰りに波佐見温泉入浴。

     講演と夕食パーティーと語り合い。午後9時ごろ散会 その後自由討論。

第3日目 午前9時から講演と反省会と総括 午後12時頃終了 昼食後散会。


参 加 費 2泊6食とパーティー・酒代+マイクロバス代等含め合計一人¥30000


振込先は 口座名義人=深沢清  十八銀行波佐見支店 (普通)口座番号=0452120


主  催 長崎県波佐見町井石郷2089番地 LLP長崎eライフ代表 深沢 清


中途参加 ^貲顳夏=¥25000 ¬鞠顳夏間¥20000 L鞠顳影間=¥13000 

             

申し込みは、お名前・ご住所・電話番号・振込予定日を明記して以下まで連絡ください。

 

参加費は9月10日までに振込をお願いします。厳守!

連絡先電話=0956-85-4665  FAX=0956-85-5701  メールk.fukazawa@toukihouse.co.jp
 

JUGEMテーマ:人間関係

波佐見 | 10:52 | comments(0) | - | - | - |
地方創生元年ではなく、痴呆ソウセイ元年だ!
タイトルから喧嘩を売っているが、これは私だけの意見ではない。
私は三年近く長崎県の波佐見町に通って、地域の人々とお酒を酌み交わしている。
もはや実家の福岡県八女市に帰省する回数よりも多い。
 
この場所でいつもお酒を酌み交わしながら、
たわいもない話をしている私の父親よりも上の人生の先輩と話しながら
浮かんできたのが、タイトルの言葉「痴呆ソウセイ」なのである。

なぜ、この土地を何度も何度も尋ねるのか、それは明確に語れない。
ただ惹かれているに過ぎない。
もちろんいろんな理由があるにせよ、居心地が良いのが最大の理由だ。
ビールを片手に、社会現象・身の上話・地域の話等々、いろいろ話題は飛びながら、
参加者それぞれに自分が言いたいことをただひたすら言い合っている。

みんな適当に相槌を打つのは打っているのだけれども、
全員が共有できない知識レベルの話は、その場では自然に流してしまう。
それが暗黙のルールになっているので、参加者は本当に好き勝手話を進める。
 
私は、波佐見の住民の方の固有名詞が登場する具体的な地域の話は完全に理解できないまでも、
そこに散りばめられているどの地域でも当てはまる事象については、適当にツッコミを入れる。
だから、話をしている人も、それを何となく私が分かっているように反応してくれる。

つまり、参加メンバーの誰しもが、自分だけ中心で会話をしようとしていない。
そう、実は結構なレベルに訓練されている、
言いたい放題ではない面子が集っているのが楽しい要因である。

ディベートにはルールが必要ということは多くの人がご存知であろう。
しかし、井戸端会議にも暗黙のルールがある。それを理解している人は皆無だろう。

私が会話を繰り返している波佐見の人々は、会話に対して暗黙のルールがあることをわきまえて、
様々な批判が飛び交ったとしても、それをうまく流す応答を熟知していて、
オブラートに包みながら、会話に出てくる登場人物が傷つくことがないように細心の注意を払っている。
それが曖昧だったとしても、結局は笑ってごまかせる内容だと、決して引きずることはない。

地方創生が叫ばれ、疲弊した地域を再生させようとの試みが、
国から自治体に向かって指示をかけられているけれども、
様々な組織において末梢神経に起きている困難から回復するには、
中枢機関からのトップダウンによって全てを解決することはほぼ無理である。
 
つまり、地方が厳しい環境に置かれることを転換するには、
地方が主体にならないと何も進まない。
私は、波佐見の飲み仲間、語らい仲間である先輩方から、
「人間として生きていくことの一番大切なことは、暇をうまく潰すこと」
これだけしかないと教えを受けた。
 
お金が欲しい、よい仕事場に行きたい、他人と仲良くしたい、
様々な具体的な欲望を持っていても、結局自分自身が楽しいと思えることが、
身の回りに存在しなければ、何かに追われる日々を繰り返していかざるを得ない。

私は、地方創生事業の第一弾として、痴呆ソウセイ事業を始めたい。
タイトルはおふざだが、地方に住んでいる人が、たわいもない話を繰り返し、
人の人の交流を図ることによって、各人が自分自身の力で元気になるのが、この事業である。

そこには国からの補助金も必要なければ、自治体のサポートも必要ではない。
参加メンバーの属性も問わないで、あくまでも参加は個人の意思でしかない。

これまで、地域社会が行き詰まった理由の多くは、自分の行動を自分自身で
主体的に行わずに、他者に依存したり、他人の意見に流されていた点が一番の問題である。

参加するメンバーが自分たちの責任で発言し、自分たちの身体をいつも持ち寄れる場所で、
会話を繰り広げられること以上に、健康的な交流方法は存在しない。

痴呆ソウセイ事業には、メンバーが遠方に研修に行く必要もなければ、お金を使う必要もない。
しかしながら、会話を円滑にしていくためのルール作りは必要不可欠である。
だから、その必要最低限のルールを身につけていくのが、この事業の柱である。

2015年は地方創生元年だという人がたくさんいるけれども、
波佐見にいる私のお友達の周りでは、人間再生元年だと皆がそれぞれに言い合っている。
なぜならば、そこで生まれてきているのは、参加者の笑顔であり、日々の生きる活力だからだ。
人々が元気になることが地域最大の活力である。経済や仕組みは二の次である。

そのことが分かっている人とともに、痴呆ソウセイ事業はスタートした。
波佐見はきっかけに過ぎない。日本全国で、将来を悲観的に過ごす人々のもとに、
笑顔と元気を届けるための事業がスタートした。

主役は、「今日も元気に暇つぶしを全力でやろう」そう心に決意できた人々である。
お金儲けとか、家族の安寧とかは二の次で、自分が楽しむことを第一に考えられる人である。
これから面白くなるばかりの波佐見にいらっしゃる、私の周りの人々に乞うご期待。
 
JUGEMテーマ:田舎暮らし
波佐見 | 08:30 | comments(0) | - | - | - |
ゴールデンウィークに波佐見有田に出向く意味
4月29日から5月5日まで、有田陶器市、波佐見陶器祭りが開催される。一年で一番波佐見に人々が押し寄せるタイミングだ!
私は、これまで参加経験がなかったので、今年初めてその雰囲気を味わうべく現地入りするつもりだ。
首都圏でも、福岡でも、IKEAや百円均一が幅を利かせる時代に、ほぼ手作業にて生産されている国産陶器の出る幕がどこにあるのかと、指摘される人々は溢れている。
ただし、考えてみると、食事は毎日の日常であり、その場で使う食器が持つ価値は、実は驚くほど重要なものである。
何故ならば、何も考えずに、自然に使っているつもりでも、その食器が持つ情感は、蓄えられている食材の味をも左右するのだから。

考えてみて欲しい。
毎日同じ一軒の高級料亭に通っている人は世の中でも皆無だろう。
であるならば、よっぽど舌の肥えた人以外は、昨日の食材と今日の食材、または昨日の調理法と今日の調理法の区別がつくはずはない。
だからこそ、その料理をどの程度美味しそうに設えるかどうかが、料理人の肝であり、それを食する人の雰囲気を高めるものになってくる。

ファーストフードの和食屋さんで、縁のかけた食器を出されたら、ボリューム満点の美味しい牛丼も多くの人はちょっと不味く感じるはずだ。
一方で、そこまで拘った食材を使っていないご飯処であっても、一品一品に食材に似合う食器によそわれていると、美味しいに感じるのが一般的日本人ではなかろうか。

Cool Japanと言うけれど、日本が誇れる細やかなサービスというのは、こういったものを意味するのではなかろうか。
波佐見焼は、一般大衆向けの食器を数百年にわたり、職人さんが一品一品作り上げてきた。
工場の機械によって、大量生産されるものと一線を画する唯一の違いは、作る人も使う人も同じ食器を使う人だという共通性を持ち合わせるところにある。
有田焼も観る人と作る人が同じであり、その拘り方は妥協点を見出せないところが真骨頂である。

焼き物祭りは、ただ安い食器を求める場所であるだけでなく、作り手と使い手が直接交流できる点が最大の意義である。
私は、その意味を探るために、3日間佐賀県と長崎県の狭間に立って道行く人々、それを呼び止める人々を観察したいと思う。
そこには、これからの日本人が何を求めているのかのヒントが必ずあると思っているから。
波佐見 | 00:48 | comments(1) | - | - | - |
鯨神 深澤儀太夫異聞 増永驍著 読了
大村藩の下級藩士であり、
野岳湖など多くの人工湖を築き、領民に多大な貢献をした鯨取り。

彼こそが、この著の主人公である深澤儀太夫勝清であり、
九州で初めて古式捕鯨を営み、1660年ごろは日本一の分限者と呼ばれていました。

現在の長崎県東彼杵郡波佐見町、ここが勝清が生まれ育った土地であります。
2014年の現在も、波佐見には多くの勝清が遺した堤があり、
農業用水、飲料水に、町民になくてはならない存在です。

勝清は、小禄を食む武士でありました。
当時の多くの下級武士の典型で、禄では食えず自ら田畑を耕し生計を立てていました。

若い頃は血気盛んで、すでに徳川家支配は確立し戦乱の世の中は終わったにも関わらず、
一度戦争が起きれば刀一本で敵を斬り名乗りを挙げたいと逸る男でした。

ただし、その勢いは他者を傷付けるほどの勢いであり、
藩境で他藩の者を殺めたり、同藩のライバル達を傷つけたことにより、
藩を放逐されることになりました。

藩外に身寄りのない勝清は、野伏から分前を奪い取る
火事場泥棒のようなことをしながら諸国を歩くことになります。

その悪企み仲間であった紀州出身の八郎左衛門頼賢と、
いつまでもこんな非人間的生活は出来ないと一念発起し、
彼の生国の生業である鯨取りに出会いました。


勝清は、初めてこの漁を目にしたときに、
これこそが俺が求めていた戦場であると興奮し、
親方に願い、鯨取りのイロハを学び始めます。

彼は、波佐見の農民や、大村の漁民が、苦しい藩財政のために重税を課せられ、
厳しい暮らしを送っていることを何とか改善する術はないかと長年考えていました。
そこで、この鯨取りを大村沿海で行うことで、
田畠に恵まれない大村藩の収入源にしたいと、これまでの悪人道を改めて、
ただ只管に鯨漁に向かいました。

彼は、現在の和歌山県太地町にて、
わずか1年程度鯨漁生活を経験したのみでしたが、
師匠にも将来を期待される技術を身につけ、大村藩に戻ります。
太地から連れてきた熟練の鯨取り仲間、昔からの知り合い漁師と共に、
大村藩にて鯨取りを始めます。

最初はなかなか賛同者が現れず、先行き不安な中でありながら、
一人一人漁師を口説いていった勝清は、捕鯨集団を作ることに成功し、
藩から漁具や舟などの建造費を工面してもらい捕鯨に乗り出します。

そうして、大村での鯨取りは動き出し、
勝清やその他の稼ぎ口を覚えた漁師や商人などによって隆盛を極めます。
大村藩としても、幕府からの厳しい出動命令に応えるために藩庫を殖やすためにも、
捕鯨には大きな期待を寄せます。

この物語の最後では、鯨漁に夢中になり子連れ鯨を狙った、
勝清とは別グループの漁師団が、
暴れ鯨に巻き込まれ命を落とした事件で締めくくっています。

子連れ鯨を取ることは、紀州でもご法度とされていました。
それは、親鯨は子供を守るために必死で抵抗し、
とても人間の手に負えるものではなくなると経験で知っていたのです。
加えて、親を失った子鯨は、成長することが出来なくなり、
将来の鯨の数を減らしてしまうことを鯨取りは知っていました。

勝清は、子連れ鯨に一旦は目が眩みますが、妻の反発に矛を収め、
子連れ鯨を見送り、その後さらに大きい鯨を射止めることに成功します。

そういったストーリーが展開されたこの作品でした。
地元の郷土史家である増永さんが書かれたこの著書ですが、
田舎の農業経済は疲弊してしまい、調査捕鯨も出来なくなりつつある
日本の現状に強烈な警鐘を与える書でした。


経済発展の法則を追及すると、利益を求め続けるあまり、
事業を持続することを蔑ろにしてしまう。
日本社会で起きている様々な課題の要因はそこにあるのではないでしょうか。

人間はこれまで長い歴史を繋ぎ、次世代へ生活のバトンを渡し続けてきました。
それは、夫々の世代が分限を知り、自らのエゴを抑えて、
子供達のために何かを遺してきたからに他なりません。

翻って考えてみて、今の日本社会は、子供たち、孫たち、
さらに先の人々に何かを残そうと本気で考えている人々がどれだけいるでしょうか。

自分だけ良ければよい人々が当たり前になった社会は、
結局のところ、自らも生きにくい環境になってしまいます。

若い頃は他人の迷惑を顧みなかったけれども、
多くの人々と共に仕事をすることによって、
自然を敬い、人間を大切にするようになった
深澤儀太夫勝清の生き様は、
まさにそんなことを考えるとっておきのバイブルではないでしょうか。

JUGEMテーマ:ビジネス
JUGEMテーマ:人間関係
評価:
増永 驍
長崎文献社
---
(1997)
コメント:分を知る。こんなことばすら聞かれなくなった現代、この意味を考えるのにとっておきの作品でした。子どもに読み聞かせたいものです。

波佐見 | 07:38 | comments(2) | - | - | - |
波佐見の将来展望第六「農業」
波佐見町ウェブサイトにアップされている農林業統計データを見ると、
もはや農業は絶滅危惧種である。
(波佐見役場の皆様、個々の文書には、発信日を載せた方が良かです)
まあ、波佐見に限らず日本全国に当てはまるが。

では、具体的に波佐見では、農業として何を作っているのか?
再び波佐見役場の農政係のウェブサイトを見ると、もうさっぱりわからない。

主要とか、重要な柱とか、主幹とか、言葉を変えながら、
何でもかんでも重要と訴えている。

二兎を追う者は一兎をも得ず、とは言わないが、
柱だけで建つ家はないのであるから、きちんと順位付けしても良かろう。

私が見たところ、上の書き方は、結局主役不在ということである。
もちろん、日本全国平均と同じく、耕作面積から言えば、
最も生産体制の維持しやすい米作りが波佐見にとっても中心農業である。

お茶も、アスパラも、畜産も、
波佐見の名前で福岡市の人間が選ぶことは皆無であろう。

では、これから農業は、日本全国と同じくただ滅んでいけばのいのだろうか?
私はそうは思わない。

田植え時期、収穫時期、鬼木の棚田を展望台から見降ろして、
何も感じない日本の40代以上は少ないはずだ。
(もちろん相当数にいることも否めない)

これが波佐見農業の持ち味ではなかろうか。
つまり、もはや経済体制を維持するための農業ではない。
景観を維持するための農業しか生き残り得ない。

TPPの交渉如何に関わらず、これだけ世界規模の物流体制が進展すれば、
農業生産の中心は、人が掛からない仕組みを作る工場的な農場から作られた食糧しか、
経済性に合致しない。

日本の米作りが千年以上も続いてきた所以は、広域流通ではなく原則として、
自分たちで食べるものを自分たちで作ってきた歴史の継承である。

この原点に回帰して波佐見の農業を垣間見るのであれば、
域内の安定した食糧確保を目的として食べ物を作り出し、
その環境を維持するために、
農業生産以外に如何に収益を確保するのかを十二分に考慮されなくてはならない。



一ヶ月に一度、福岡市などからの都会人を招くために農園オーナー制度を設けたり、
フリーターの就労支援のために、一年間の農家体験を受け入れたり、
アジア•アフリカなどの食に恵まれない土地の農業研修生を受け入れたり、
とにかく多くの波佐見以外の人々が農地に足を踏み入れる機会を作るとともに、
その入場料収入を当てにすれば良いのである。

大切なことは、このお金は決して儲けるためではなく、
農地環境を維持するために得る資金であるということだ。

それでは、農家のやる気向上に繋がらないだろうという指摘はごもっともに感じるが、
そんなことを気にしている場合ではない。
すでに日本中で農業に従事する人は、人口の2%を切っている。

儲かるか儲からないかは二の次で、
佐渡のトキと同じく人工繁殖しなければ、絶滅してしまいかねない状態なのである。

多くの人々が、波佐見に入り、田圃や畑、畜産物と触れ合うなかで、
やり甲斐を感じて、何かしら新しいことを始めるきっかけを作る他に、
すでに波佐見農業の未来はない。

もちろん、そこには農場改良による大規模化など、
数々の既存政策との摩擦が生じることは免れ得ない。

ただし、考えてほしい。大規模農場栄えて、多くの農家死ぬで良いのだろうかと。
鬼木の棚田が耕作放棄地になっても、見物人が来るだろうかと。

波佐見 | 01:41 | comments(4) | - | - | - |
波佐見の将来展望第五「窯業」
今、波佐見発の陶器は、トレンドの後追いに過ぎない。
様々なデザインで、少し売れるものを作って、次々に新商品追加、廃番を繰り返す。
これでは、いつまで経っても、作り手も、売り手も、買い手も疲れるだけである。

今、じっくりと腰を据えて、30年間食卓に生き残る食器を創り出すしかない。

もちろん、それは並大抵のことではないだろう。
ただし、その製品は世界中の食卓を席巻する。

猪口でも、皿でも、お椀でも、湯呑みでもなんでもよい。

とにかく一品で波佐見を形に表したものを創る。
それ一個でよく、それ一個でしか駄目である。

AppleのiPhoneは一台で世界を席巻した。
その上に生きていた技術は決して時代先行ではなく、
その価格は高く、使い勝手も最良ではなかった。

しかし、iPhoneによって、Appleの利用者は、世界中でうなぎ登りに増えた。
携帯電話の価値観すら変えてしまった。

波佐見焼が江戸時代日本を席巻したのは、
粗末な食卓の風景を一気に変える文化的な匂いをもたらしたからに他ならない。

安かったとか、規格が一定だったとかは、その構成要素に過ぎない。

それまでにない価値を如何に生み出すか、
それが常に求められるインダストリアルデザインである。

しかし、世界中を席巻する製品一個を生み出すのは、決して合議制では無理である。
世界屈指のデザイナーが、波佐見古来の食文化を完璧に理解し、
それを形にできる製作チームが集まらなければ、良い製品は決して生み出されない。

多いに疲弊しているけれども、今ならまだ間に合う。
世界を変える食器を生み出す波佐見チームを作ること、
これが窯業再生のキーとなる。

では具体的に何から始めるのか、それは只管に、
これまでの伝統的な食器を若手が作り直し、世に出していくことしかない。

AppleにiPhoneプロジェクトが出来たのは、それまでにずっと、
他社にはできない製品を出してきた結果があったからなのだ。

尖った人間が集まるには、尖った人間を受け入れられる土壌が必要である。
それを作るには、尖った製品を作り出すことによって、土壌を創出していく他ない。

ターゲットは、やはりこれから食文化を身につける発展途上な国である。

もはや、日本人の大衆はその文化価値を失ってしまった。
安い食堂はさっと洗える安価な茶碗、家庭ではIKEAの安い食器しか使わない。

これから波佐見焼が目指すべきは、
日本食を取り入れようとする世界中の食にこだわりを持つ人々である。

もちろん、日本にも波佐見焼を求めている場所は一定限存在する。
それは、人々に癒しを与えるために、
日本文化を提供しようとする旅館や料理屋さんである。

徹底的に日本中の名のある和食が優れた場所に足を運んで波佐見に何が出来るのか。
それを考えて、一つずつ試作品を生み出していくことこそ、
急がば回れの波佐見窯業再生の道である。
JUGEMテーマ:マーケティング
波佐見 | 01:07 | comments(5) | - | - | - |
波佐見の将来展望第四「観光」
波佐見町は観光で立っていかなくてはいけない。
もう10年以上に渡って提唱されながらも、未だに定まっていないポイントでしょう。

ズバリ言えば、黒川温泉、それも後藤哲也氏を見習うべきです。
何をするのかといえば、あるものをしっかりと認識して、
それを活かすべく、トータルコーディネートを自分たちでやることです。

黒川温泉といえば、九州屈指の人気を集める温泉地であるが、
波佐見には温泉はない、一緒にするな。そんな批判があるかもしれない。

私が言いたいのは、そんなちっぽけなことではありません。
黒川温泉にある「山の宿 新明館」の三代目として、
若い間は軍人経験者の父親になかなか自らの想いを受け入れてもらえず、
試行錯誤で、当時廃れていた黒川温泉の中で、
唯一繁盛し続けた旅館を切り盛りした名経営者の価値観を学べということです。

彼は風呂作りのプロとして、風呂場作り、建物作り、景観作りなど、
設計士、大工、庭師、花屋など細分化されたプロフェッショナルの仕事を超える、
温泉宿を自らの手で築いてきました。黒川温泉を始め全国各地に。
川崎市にある立ち入り温泉「志楽の湯」も後藤さんの設計です。

後藤さんがおっしゃっていることは、その場所にあった良さを最大限活かし、
今の日本人が求めているものがどこにあるのかをしっかり見つめて、
「昔からあったような雰囲気作り」をすることが求められていると指摘されています。

前述したように、波佐見には何もない訳ではなく、
400年に渡って脈々と受け継がれてきた陶芸という文化があります。
世界最大規模の中尾山の登り窯から見た傾斜地に広がる住宅群も、
その文化を伝える背景として非常に優れた景観を誇ります。

経済的にも、人間同士の繋がりも、30年前とは大きく変化して、
人間がぎすぎすしている2014年の世の中にあって、
緑あふれる自然景観や、人の温もりを感じる民家の集まりこそ、
波佐見最大の観光資源であります。

それをより多くの人々に知ってもらうためには、
新しい近代的な宿泊施設などを立てることではなく、
その陶器を使ってどんな食卓が、
そして住宅が彩られたかをプレゼンテーションすることが何もより大切です。

日本全国、都市部でも地方部でもマンションだらけになってしまいました。
システムキッチンが全盛で、日本的な家屋が建てられる数は年々減っています。
だからこそ、手作りの陶器が持つ文化の香りが、浮き立ってくるような、
住宅環境と合わせて陶器を見る場所がなくては、その本当の良さが伝わりません。

黒川温泉では、後藤さんは温泉を洞窟にしたり、旅館の周囲に雑木を植えたり、
建物自体を古さを引き立たせるものに変えたりして、
他人から見ると、自然と人工物の垣根がないようなものに作り替えていきました。

波佐見も同じことができる集落が沢山残っているはずなのです。
温泉センターもない、文化施設もない、広い駐車場もない、と嘆くこと無く、
40年前とさほど変わらないように見える「なにもない」ことが価値なのです。

そのためには、まず倒産によって廃墟となっている工場跡をいかに
リノベーションするかが波佐見全体に求められている課題であります。
何しろその数はかなり多地域に及んでいます。

これから波佐見に求められるのは、波佐見産陶器生産が最盛期を迎えていた、
大正時代の姿を如何に研究して、現代に蘇らせるかに掛かっています。
それがこれからの新しい波佐見観光のキーになります。

日本はもちろんのこと、世界中の先進国において、
モノを作る人が減り、その価値を理解できる人が減った時代に、
今一度モノを作る環境自体が、いかに感動を与えられるか。
これに成功することは何大抵ではないですが、非常に面白い取り組みなはずです。
JUGEMテーマ:ビジネス
波佐見 | 00:01 | comments(2) | - | - | - |
波佐見町と武雄市
佐賀県武雄市と、長崎県東彼杵郡波佐見町は県境を隔てた隣町同士です。
私は、2007年頃から武雄市の樋渡市長を初めて知り、
とても面白い市長さんだなあと、次々に生み出される施策に興味を持っていました。

がばいばあちゃんテレビドラマ、市民病院民営化、
ホームページのFacebook化、自治体主体インターネット通販開始、
東日本復興財団への参画、武雄市図書館などなど。。。

毎年のように繰り出される全国発信されるニュースを東京で見る度に、
これらに続く九州の自治体はないのかと期待したものです。

もちろん、キャラクターの尖った樋渡市長が
抵抗を恐れずにトップダウンでどんどん進める姿勢であることもさることながら、
数々の目玉企画を実行している武雄市職員さんについても積極的に動いている姿に、
感銘を受け続けています。

ところで、私が波佐見町に通うようになってからは、
あまり武雄市ウォッチングをする時間が減りました。

実態は分からないのですが、この隣町同士にはあまり連携の様子が
伺えないことが要因としてはあります。
もちろん、公共交通アクセスとしても、
両自治体の繋がりはあまり深いものではないのですが。。。

私の素朴な疑問は、隣接する独自性のある武雄市と
波佐見町は何故もう少し仲良くしないのだろうかということです。

これまでにも触れてきた通り、武雄市は図書館開館効果もあり、
多くの人々が佐賀県、福岡県、など遠路からも訪れているそうです。

JR最寄り駅の関係で、波佐見町と縁が深い佐賀県有田町が、
右肩下がりの訪問客数であることとは雲泥の差です。

確かに、武雄にとっては、自然環境がそこまで変わらず、
大した観光資源もない波佐見には興味がないのかもしれません。
ましてや、江戸時代から別の国でありましたので、
決して人材交流が盛んだとも言えないでしょう。

しかし、もはや人口が著しく増えることもなかなか難しい一地方都市にあって、
そんな悠長なことを言っているタイミングではないと感じます。

波佐見は、もっと武雄から人を連れてくるべきだし、
武雄自体も、周囲の環境との連携を図るべきでしょう。

これらは自治体組織主体ではなく、人の動きが全てである、
商業、サービス業者など民間企業を中心に進められるべきです。

人が来なければ、お金を使うお客さんも来ませんし、
それでは、自らの食い扶持を得ることにも汲々とするだけです。

武雄と波佐見は、
互いに福岡、佐世保、長崎など周辺の都市とも一時間程度で結ばれていますし、
その住民、またはそれらの街を回遊する観光客をもてなす
結節点としても地の利はあります。

日本人は置いておいても、中国、台湾、シンガポールなど海外からすれば、
九州観光のスポットとして、そこまで魅力的とは感じられない
武雄、波佐見などが個別に情報発信したところで波及効果には限度があります。

佐賀、長崎という県の垣根を超えた連携した動きを期待するためにも、
波佐見と武雄には色々な縁を作って欲しいものです。

どちらの自治体にも興味がある私は、
福岡空港からの佐世保行きの高速バスに乗る度にそう思っているのであります。
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波佐見 | 01:01 | comments(2) | - | - | - |
なぜ波佐見なのか?

私はこのブログのタイトルとおり、福岡県八女市黒木町に実家があり、
普段は東京都で生活を送っている。

初めて波佐見を訪れたのは、このブログでも何度もやり取りしている、
深澤氏のご自宅をお伺いしたタイミングであり、まだ二年ほどしか経っていない。

しかし私にとってすでに故郷を越えた居心地のよさを感じている。
それは何なのか、少し考えてみたい。

まず第一にいえるのは、深澤さん宅というベースキャンプが存在することである。


波佐見随一の読書量を誇る深澤清氏は、古今の歴史に造詣が深く、
それでいて、町の顔役として地域行事を取り仕切ることに長けているため、
深澤さんの周りには、自然に地域住民の方が集ってくる環境が出来上がっている。
加えて、町外からのゲストも多いのもプラスアルファの魅力である。
と、格好をつけてみたが、コウルサイ母親の小言を気にすることなく、
深澤さんの奥さんのおいしい手料理をご馳走になれるのが一番の目的だったりする。


次にいえるのは、自然の美しさである。

深澤さんのお宅が位置する井石郷は、平地であるのだが、田園、小高い山、堤など、
私の実家の黒木町木屋に存在する要素が多いため、
慣れ親しんだ光景が広がるからか、そこに佇むだけで心を落ち着けることができる。

個人的なことを言えば、旧八女市に住んでいた私は、
夫婦仲があまりよくなかった私の両親から離れたくて、幼少期には、
現在の実家である母親の故郷黒木町北木屋に、
週末ごとに出かけることをお願いしていたことを思い出す。
人生でもっとも尊敬する祖父がそこにいたことも要因なのであるが。


もしかしたらこれが一番大切なことかもしれない、適度な人の多さである。

福岡の田舎出身で、東京に出てきてまもなく十年になる私は、
やはり人ゴミに暮らしていることは、どうしてもストレスを抱えてしまう。
そういった環境に生まれ育ったわけではないので、一定期間ごとに現実逃避したくなる。
つまり、喧騒から一定の距離を置きたくなるわけである。

かといって、基本的に寂しがりやな私は、ただ読書で時間を潰すことはできるが、
周囲に人の声がしている環境のほうが、リラックスできるという面倒な性格である。

それには、波佐見はちょうど適切な規模感である。
私の実家である八女市黒木町の場合、約三キロほどコンビニまで歩いても、
歩いている人をまったく見かけないほど、人口密度が低い状態である。
なおかつ、人と接することができる施設までのアクセスが悪い。

そこでいえば、波佐見町は集落は分散しているが、人が集える施設も分散しているため、
一定の距離を車で移動すれば(中心部なら徒歩でも十分にいける)、町民に出会える。
コンビニがあちこちに展開していることは、その端的な証明と言える。


私は、深澤さんのお宅で一瀬町長と何度かご飯をご一緒した。
この距離感は、東京都北区ではほぼ味わえない感覚であるし、
仮に首長さんと面会できたとしても、その後何度も声を掛け合える環境を築くことは皆無だろう。

一瀬町長は、田畑の出来具合にも気を配る典型的な田舎の首長さんである。
私が、他の自治体の田圃と比べて、実っている稲がきれいですねとお話しすると、
満面の笑みで嬉しそうにその要因を教えていただいた。


行政サービスにはもちろん限界があり、限られた予算や人員の中で、
住民全員の声に完全に答えることは無理である。
しかしながら、基礎自治体は、そこに暮らす人々の声を拾い上げて、
街を形作っていくのが、地方自治の本来の姿であると考えている。

そこには、もちろん役場など公的な人員だけで対処できるわけはなく、
住民が主体的に公的な仕事を担う必要もある。
そのバランスが、とてもよく取れているように感じるところが、波佐見のすばらしい点である。

適材適所、言ってみれば簡単な言葉であるが、これを実現するのは大変なことである。

自治体、有力企業体、物言う住民・動く住民、これらが三者一体となって、
いろいろな角度から、我が町について語り合う機会が豊富にあったことが、
今の波佐見を形作っていることは、二年通って間違いないと断言できる。


ただし、これまでの波佐見を支えてきた人々を継ぐ
次世代が十二分に育っているかといえば、
決して満足できる環境だとは言えなそうである。

だからこそ、どうやっていくのだろうと、興味を持ってしまう材料に事欠かないのも、
私が、波佐見から目を離せない大きな理由である。


波佐見は、長崎県の縮図であり、九州の縮図であり、日本の縮図である。
もちろん、東京・大阪・名古屋・福岡など大都市圏以外の地域におけるところの縮図である。


だからこそ、ワクワクする波佐見が作れたら、
日本の田舎もワクワクする場所にできるはずである。
私はそんな未来がなんとなく創造できるのではないかと淡い期待を抱いている。

波佐見 | 02:32 | comments(3) | - | - | - |
波佐見の将来展望第三 「教育」
何故、教育を経済に次いで取り上げたのかわかりません。
ただ、教育がモロに必要な土地であることを感じているからではないでしょうか。

波佐見には、300年以上に渡って稼働を続けてきた登り窯の遺構が至る所にあります。
また、工業団地など一部を除いて、大規模な開発が避けられて、
歴史を持った日本の田園風景が拡がっています。
加えて、長崎県と佐賀県の県境に位置し、
過去は佐賀藩と大村藩の藩境でもありました。

つまり、古今の歴史的材料に溢れる土地であるのですが、
町民の歴史的関心はあまり高くないようです。
(私が出会った人々がそうだっただけかもしれませんが)
土地の歴史を知ることは、故郷に誇りを持つための第一歩であります。
ここに、老若男女を問わず教育が意味をなす第一義があります。

次に、新しいものへの関心、つまり知的探究心の陶冶も、
教育に求められる意義であります。

地域を接する佐賀県武雄市は、病院、図書館、インターネット、教育など、
全国的に注目を集める自治体になっています。
この結果、自治体職員を始め、全国から視察団が多く押し寄せています。
しかし、私が感じる限りにおいて、そこから30分の波佐見町に
視察団が滞在する様子は見受けられません。

武雄市の先進的な取り組みには、批判的な向きも多いので、
武雄市の施策に疑問を呈するシンポジウムを波佐見町で開くのもありだと思いますが、
しかし、そのような企画は聞いたことがありません。

過去には、全国の有識者を招いて町民主体の街作りシンポジウムが開かれましたが、
形は続いているものの、今は町民総出の学習機会は見る影もありません。

では、どうしたら良いのでしょうか?
何か学校を作れば、次々に学ぶ人が増えるのでしょうか?

全くそんなことはなく、
とにかく誰かが何かを教えることから始めなくてはなりません。

稲作を教える人、畑作を教える人、陶器作りを教える人、
子供に算数を教える人、習字を教える人、駆けっこを教える人、
スマートフォンの使い方を教える人、インターネットでの買い物の仕方を教える人、
事業計画の立て方を教える人、役場への申請書を教える人、
選挙の立ち方を教える人等々。。。。

とにかく何でも良いです。
先生を増やすことが先決です。

町中に先生と呼べる人が増えれば、
その人を頼ろうとする人は間違いなく増えます。

この施策の何が良いかと言えば、お金がかかりません。
しかしながら、先生と呼ばれる人の大半は気分が良くなります。
たとえ報酬が無かろうと。

教育と言えば、何かを施すことが必要だとの認識は誤りであり、
一人一人が尊敬される環境作りが教育の第一歩なのであります。

田舎は学ぶ人が少ないと見くびっている人は、日本中に五万といますが、
学ぶことが当たり前の環境になれば、人は周囲を意識して勉強を始めます。

波佐見は日本で一番町民学習の盛んな町。
そんなキャッチフレーズは素敵ではないですか!

(明日は趣向を変えて、何故私が波佐見に惹かれるのかをまとめてみます)
波佐見 | 01:09 | comments(4) | - | - | - |

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