黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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東京を離れるにあたり雑感
東京で暮らすこと、田舎で暮らすこと、
どちらにも一長一短があることはわかっている。
社会人生活をして約13年が経過して、
途中半年近くの実家暮らしを挟みつつも、都市部での生活を送り続けてきた。

人と接することが嫌いではないものの、何処か心休まらない日々が続いていて、
その突破口がどこにあるのかをこの5年間くらい探し続けていたように思う。

そんな時期に、タイミング良く波佐見の土地に出向き、
多くの人間味溢れる人々と出会った。
彼らは文化的だし、独自性に溢れているし、
それでいてちゃんと社会へのアンテナを立てながら生活をしている。

もちろん波佐見に住んでいる人々全員が、
そんな魅力的でないことは百も承知である。
しかしながら、そんな素晴らしい人生の先輩方が、
何人も存在するというそのポテンシャルだけで、
私はこの土地が大好きになった。

土地に暮らす人々と、他の土地からやってきている人々との扱い方は異なるから、
そんな余所者の味わいは、現地住民になったら味わえないものだという指摘には、
そうかもしれないと頷かざるを得ないのは事実だ。

だからと言って、魅力的な人々が私へ接する方法は、
私が現地に住んでも変わらないという可能性ももちろん存在している。

私は、どの土地に住んだ上で、どんな生活をするかという軸で、
これまで生き方をあまり考えてこなかった。

何かをやりたい人が、一緒にやりたい人を見つけて、
どこでも働けばいいじゃないかと思っていた。

しかしながら、人は環境によって生かされることも、
殺されることもあるという事実を実感するにあたり、
働く環境がその仕事に大きな影響を与えるのだと確信した。

暮らす土地の雰囲気が、その人の精神状態を大きく左右するということを感じた。

経済活動が社会の根底と感じられる現代社会において、
東京で働かないことは、即年収ダウンを意味するもので、
暮らし方を大きく制限さざるを得ない。

しかし、考えてみれば、経済活動は、
人生の根底でないという価値観をしっかりさせておけば、
どんな田舎に暮らしていても、物欲に惑わされることなく、
自らが面白いと思える仕事に取り組めるのではなかろうか。

これまでに政治とか経済とか、現状維持ではダメだと、
何人もの人々が、何十年にも渡って言い続けられているにも関わらず、
経済活動はジリ貧だし、政治の変革は遅々として進まない。

だったら、まずは自分自身が自分を変えるために
新しい一歩を踏み出すべきではないだろうか。
いや、何もやらない人間に、他人のことをとやかく言う資格はない。
それが、私が新しい一歩を踏み出そうとする原点である。

とは言え、これまで築いてきた関係性が東京にいないことで潰えてしまうことも事実である。
後ろ髪を引かれないことは全くなく、あらゆる面でこの決断はリスキーだと感じる。
しかし、新しいものを得ようとすれば、何かを失くすことは避けられない訳で、
そこはどちらに期待度が高いのか、自分自身で判断を下すしかない。

私がやりたいことは、どんな場所で生活しようとも一貫している。
出会ったことがない人同士を結びつけるその媒介を果たすこと。
であるならば、自分自身が色々な人々の価値観を知っていかない限り、
接点がなかった人と人を繋がる可能性を見出せない。

だから都市部の人々の価値観を粗方感じたこれまでと一変して、地方部で暮らす人々の価値観を痛切に感じ、
それを広く発信することが今後最低10年の私のテーマだと考えている。

これからが、私の人生の大きな見せ場になる。
そう決意して、新しいチャレンジに臨みます。
多くの人々の正負の風をしっかり背後に感じながら。
JUGEMテーマ:モチベーション
つぶやき | 07:34 | comments(4) | - | - | - |
中3の3月にやって欲しいこと、それは親への感謝を伝えること。
中3の3月に何やったかなあと思い出しても、大して実のある思い出はない。
どんな未来を思い描いていただろう?正直大して浮かばない。
だだ、それなりに2年間勉強頑張って志望校の県立高に合格したので、
とりあえずの将来に不安は一切なかった。

高校に入ったら何をやりたいか、そんなこともあまり真剣には考えていなかった。
だだ大学には行きたかった。
普通高校に行くことになっていたので、いきなり就職する気はなかった。
程よく言えば、広い世界を見てみたいと思った。
大学に行って、乗り物に関わる仕事に就きたいという気持ちも若干抱いていたような気がする。

部活をやっていた訳でもないし、友達は割とすぐに作れる性格なので、
高校デビューするぞ、という気概もなかった。
中学生時代彼女はいなかったけど、高校になったら絶対彼女作るぞという目標もなかった。


と、私の過去を振り返ってみても、中3で高校選びなど、
将来を真剣に見据える子どもは少数派なのではないかとは、容易に想像がつく。

だからこそ、まずは目先にある誰かのアドバイスが指し示した目標に向かって、
取り敢えず挑んでみることしか、歩み出す道はないのではないか。

面倒も不安も期待もいろんな感情は湧くけれど、
正直それを判別する能力はまだまだ中学生には備わっていないし、
自分のことを客観的に見られるような心の鍛え方もまだまだ不十分で、とても1人で決断は出来ない。

友達が沢山いる方が良さそうに思えるし、
担任の先生が言う術が何より上手くいくような気がする。
けれど、ちょっとだけ待って欲しい。

一番貴方のことを考えてくれているのは、いつもご飯を食べさせてくれる親なのです。
どんなに小言がうるさいと思っても、
それは自分のことよりも貴方が大切だと思うから言ってるのです。

子どもが親とじっくり会話する機会なんて人生でそんなに多くない。
だからこそ、今一つの岐路に立っている中3の子に伝えたいことは、
お母さん、お父さんに「ありがとう」と一言掛けて欲しい、それだけです。

私は、高校に入ってすぐに行われた合宿の一つのイベントとして、
母親から高校に入った息子への手紙を手にした。
子どもの頃から手間を掛けたこと、高校に合格してくれて安心した感謝など、
便箋3枚にしっかりと認められていた。
高校時代に沢山写したクラスメイトの写真が入っているケースの中に、
今でもその手紙が収められている。

35歳になった今でも母親とはちょっとした言い合いは絶えないけれど、
自分の人生は自分で切り開いてね、
というメッセージだけは心の扉に大切にしまっているつもりです。

中学生を卒業してからの方が、親に迷惑をかけることは多くなる。
お金も掛かるし、社会との面倒事に巻き込まれる可能性も高くなる。
そんな子どもの一大事に、親が拠り所にしているのは、
子どもからの「ありがとう」の一言なんだよ。

親という役割に終わりはない。
親の子という立場にも終わりはない。
だからこそ、悩める人生の岐路にこそ、親の気持ちにも向き合って欲しい。
それは、必ず後々の人生に響いてくるのだから。
JUGEMテーマ:高校受験
つぶやき | 08:49 | comments(2) | - | - | - |
プロフェッショナルとは、常に鍛錬し続ける人間。
NHKプロフェッショナル 仕事の流儀を見ながら、昨日も涙が止まらなかった。

最後の職人、ニッポンを支える男たち
漆カンナを作る職人中畑文利さん、ヤスリを作る職人深澤敏夫さん、
ご老年のお二人はいずれも満身創痍でありながら、
老体に鞭打って、視力が落ちた眼を凝らしながら、自らの限界に打ち克つように作品を作られていた。

プロフェッショナルを見ていて、心に響く放送回は、
自らの両親を超える世代が取り上げられている時だと、改めて振り返ってみると気が付いた。
その心は何なのかと、昨夜放送を見ながら痛切に感じたのは、祖父の面影を感じるからなのだろう。

幼い頃から、生きるために必要な知恵は、みんな母方の祖父に学んだといっても過言ではない。
彼は、私が家を出た18歳の春に、自宅のベッドでこの世を去った。私に「頑張れ」との言葉を遺して。

祖父は自宅に戻る前、病院に入院している際も片時も、
自らが少しずつ拡げてきた田圃のことを気に掛けない日はなかった。
身体はとても動かせる状態ではなく再び米作りが出来そうにないにも関わらず、
田圃に入る段差をなくすステップをつけば農機具が入りやすいと私や祖母に話をしてくれたものだった。

同期の若者を特攻隊として送り出し、自らも空軍として出撃するつもりだった足を悪くした祖父は、
自宅に戻りそれから農業一本に生きた。
自民党員であり、町の町議会議員選挙の応援をやり、農業新聞を丹念に読み、
日夜新しい作物の作り方に頭を動かしていた。
晩年は、動かない身体を意識してかせずかは分からないけれども、周りが呆れるほど道具に凝っていた。

望遠鏡がウチにゴロゴロ転がっていたし、ラジオも携帯用据え置き用など何台も用意されていた。
農機具もあまり余所では見掛けないような変わったものが納屋には沢山存在した。
自らの手を使って農作物を作ることにこだわった祖父は、自動機械に頼ることは少なかった。
米以外の商品作物で言えば、昔作っていた葉タバコ、私も手伝ったミカンなど、
今となっては海外からの輸入によって日本での生産量が極端に落ちたものを、
自らの手で家族の力だけを借りて、生涯に渡って作り続けた。

曾祖父はあまり働かない人で、
祖父は幼い頃から苦労を重ねたようだが、そんなことに文句を言うことはなかった。
私が知る限り、愚痴を溢すのは、自らの身体が動かないこと以外にはなかったように思う。
いつも親戚や近所の人の面倒を見るのが好きな親分肌で、
彼には頭が上がらない人は多かったが、そのことを寧ろ気にさせないような素振りに終始していた。

プロフェッショナルとは、そんな大それたものではないよと、
昨夜番組で取り上げられた職人さんが語っていたが、まさにそうなのかもしれない。
世界中に名を馳せるようなプロはもちろん存在するが、
大半の人々は、誰かの活躍を支えるだけに過ぎない縁の下の力持ちなのかもしれない。

日々、自らの仕事に一生懸命に取り組み、昨日より今日、今日より明日、
少しでも良い仕事をしようと励みながら、
一生かけて小さな積み木を重ねていくのが凡人の働き方なのかもしれない。

その原点に気付かせてくれる祖父という羅針盤を持てている私は幸せものだと、
春になり、彼の死を悼むとき、改めて強く考えさせられる。

祖母もまだまだ元気にしているが、決してこの先いつまでも生きている訳ではない。
しっかり会話が出来るうちに、祖父について今一度じっくりと話をしてみよう。
私が本当にやりたいことのヒントがそこにある気がするから。
JUGEMテーマ:モチベーション
つぶやき | 07:33 | comments(0) | - | - | - |
自由が最大の希望 〜檻に入ったヤギのお話〜
今朝夢を見ました。ヤギを使った田舎の爺さんの遊びでした。
私が日頃お世話になっている二人のお爺さんが登場しました。
まあ、爺さんのことは本題に関係ないのでスルーします。

ヤギはじっと家の狭い敷地にばかりいたので、身体にも良くないと散歩をさせることにしました。
犬をヤギ追いに使うことにしますが、じっと家にいたので、最初はなかなか動こうとしません。
人間が引っ張って動かして漸く歩き始めた次第です。

なんとか犬に追われ、トコトコ歩き始めたヤギは広い草原に至り休息に入ることになりました。

そこで二人の賢人である爺さんが通り掛かりました。
一人の背の高い爺さんが、もう一人の頭を丸めたまるで僧侶の風貌の爺さんにこう問いかけました。

「あのヤギを他者の力を使わずに家に返してみよ!」

問われた爺さんは、

「容易いことだ、ヤギを豚のなかに押し込めばよい。」

そうすぐに切り返したのでした。
もう一人の爺さんは頷いていました。
周辺で聞いていた人間は皆、首を傾げていました。

再び犬がヤギを追い始め、豚小屋前に連れ出しました。
もちろん臭いその小屋の中にヤギは自ら入ろうとはせずに、
周囲の若者によって無理矢理に詰め込まれました。

ヤギはその暗い環境や、臭い匂いにジタバタを止めず、一刻も早く出たい仕草をやり続けます。
周囲で見ていた若者は、爺さんの面前でどうすることも出来ずにただ見守るだけです。

数日の時が経ちました。
すでにヤギは落ち着きを取り戻していましたが、
その姿を見つめる人間を凝視して、出してくれと訴えるのでした。
爺さんはその姿を見て呟きました。

「そろそろ良かろう出してやれ」

ヨタヨタになったヤギは扉が開くとサッと出てきました。
そこで爺さんがヤギに告げました。
ヤギは丸でスキップするかのように帰路につきました。
この場に追ってきた犬を後ろに連れて。

難なく自分の住処に戻ってきました。
そのヤギは、とても嬉しそうな表情をしていました。


と、こんな雰囲気の夢でした。
本当は、もう少しリアリティがあったのですが、記憶に残っているのはこんな感じです。

考えてみると、ヤギは一切楽しいことを与えられた訳ではありません。
遠くに連れ出され、豚小屋に閉じ込められ、散々です。
けれども帰ってきたときには笑えているわけです。
満足を得ることが出来たということなのです。

この夢を鑑みるまでもなく、自由は最大の価値なのです。
お金があることよりも、家族がいることよりも。
逆に言えばそれらを保持していても自由がなければ幸せとは言えないでしょう。
周りの人から見ての自由ではなく、本人にとっての自由。

そんなことを真摯に考えてくれる会社も国家も多くはありません。
自らが存在するのに必死で、誰の力を封じて、誰の助けを借りるかに汲々としている世の中です。

だからこそ、まずは自らが自由であることを真摯に求め、その信念に従ってのみ行動する。
他者の干渉は、他者の助言は、他者の誘惑は、全てそれに従う形でしかない。
それを十分に認識せよ、そんなメッセージだったのかもしれません。

考えてみると、私は山羊座です。
私は、二人の爺さんの一つの作品かもしれません。
しかしながら、私は自らで作品を完成させる責務を追っています。
自分で決めて、生まれてきたのだもの。
巣鴨観音
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つぶやき | 08:42 | comments(0) | - | - | - |
一年で出来ること、一年で出来ないこと。〜合格した高校受験生を振り返ってみて〜
夏前に、中学生レベルの授業についていけていなかった
中三の女の子が、私立高校とは言え、見事高校に合格した。

偏差値を下げれば、誰でもどっかの高校には入れるよと、批判するのは容易い。
ただ、試験をまともに50分なり受けることすら難しいと思えた子どもが、
名目であれ倍率4倍の関門を突破したことは、讃えるべき事実以外の何物でもない。
学科試験は国語、英語、数学、面接も行われる。

私がお手伝いしている無料塾には沢山の子どもたちが通っているが、
塾にやってきた当初、なかなか初対面の他の子どもたちや大人とコミュニケーションが取れない子も多い。
今回の彼女もそんなコミュニケーションが上手ではない1人だった。
当初は、会話をする人も決まっているし、会話の内容も非常に断片的なものだったように思える。

それが、今では同級生とたわいもない会話で盛り上がるのはもちろんのこと、
初対面の大人の人とも、会話を難なくこなせる雰囲気を作れるようになってきた。

そんな彼女、塾に初めてやってきたのは昨年の5月、
ネットで検索して学びの場所を提供してくれる存在を自らで探してやってきた。

「学校の勉強についていけないのですが、復習もやってもらえますか?」
「中野区に住んでいないのですがいいですか?」
などなど、携帯メールから塾代表一生懸命送ってきてくれた。

塾に来て勉強を初めた直後は「わからない」が直ぐに出る癖があり、
なかなか問題に向き合おうとしなかった。
けれども、簡単な問題を一つ一つ解いていくことで、
私でも出来るという自信が嬉しかったようで、解ける問題のレベルも一歩一歩上がっていった。
全員参加の定例授業が行われる日曜日以外の受験生向けの自習日にも
積極的に参加する姿勢に教える側も俄然やる気になった。

ちなみに、同時期に入った三年生の男の子は、
自らで勉強しようとする意欲に乏しく、常にやらされている感覚が拭えないので、
彼を応援しようとする大人はどんどん減っていった。

6月に塾代表に彼女はLINEでこんなメッセージを送っている。
「水曜日も楽しみです、よろしくお願いします。もっと勉強がんばります!」
「絶対高校受かりたいから前向きなの! よもぎ塾の時間じゃ足りないくらい! 
宿題100点とれるようにしときまーす」

実は、塾に来る前のタイミングで、彼女は母親から貴方はバカだから高校行かなくてもよい、
と言ったような卑下された言葉を掛けられていたことに、逆に闘志を燃やしていたのだった。

もちろん、これまでに勉強を十分してこなかった彼女は、
入ったスイッチを受験まで維持するのは並大抵のことではない。
初夏にやる気100倍だった彼女も、秋が来て、冬が来るうちに、
少しずつダレてしまい、志望校のレベルは、ガツガツ勉強していたころに比べると落ちていった。

それは、本人の問題もあれば、何が勉強を阻害している要因かを十分に聞いて、
対策を考えられなかった大人にあるのかもしれない。

それでも、彼女は勉強するためにペンを離さなかった。
自習日があるよと呼び掛けると、少し乗り気でない時も開始時間からキチンと姿を見せていた。

彼女より勉強が出来る塾生は多いのだけれど、イヤイヤでありつつも、
一旦やる気を見せると、真摯に喰らいつく姿勢は私が彼女を買っていた大きな理由である。

1月には、三年生が5人参加した勉強合宿に出掛けた。
都立高校合格を目指している2人の女の子は、放っておいても自らで課題に向かっている。
そんな中、彼女と前述の男の子はなかなかやる気が持続しない。
そしてもう一人の女の子は、諸々理由があり、合宿最終日に合流するのがやっとだった。

やる気スイッチはオンオフが激しかったけれども、彼女は2日半勉強をやった。
集団生活も決して好きそうではなかった合宿開始当初から、帰路につく時には、
共に学ぶ仲間との時間を楽しんでいたように感じた。
(お借りしてたいた合宿会場の古さには終始文句が絶えなかったけれども)

そうして、2月10日の試験日を迎えることになる。
前日も緊張でろくに眠れなかったようで、終了した日も、翌日も結果を知るまでは安心できず不安だったようだ。

そして合格が知らされると、この喜びを共有したいと私のLINEには次々に、
受かったよというメッセージやら、スタンプが送られてきた。

去年のやる気を知っているだけに、最近の怠けぶりに手放しで喜べなかった私がいるが、
改めて振り返ってみると、彼女はよく頑張った結果をキチンと出しているのだ。

この事実には、ただ拍手を送りたい。

高校受験生である彼女の一年を振り返ってみて、
1年で変えられるものは、進路だということを身を以て知ることが出来た。
けれども、1年では変えられないものは、その進路に行きたいという想いなのではないか。

今も、十分勉強に向き合おうとしない男の子のやる気スイッチが何処にあるのだろうと考えている私なのだが、
これはきっと1年で変えられるようなテーマではない。

一方で、やる気を心に秘めていた彼女だからこそ、
その導き方を間違えなければ、何らかのレールを自らで走り出せるお手伝いは1年で何かしら形になる。

それを彼女は教えてくれた。
今はまだまだ高校生になれると浮かれているけれど、
昨年私は勉強がしたいと、周りの人を変えていったあのエネルギーを少しでも思い出して欲しい。
そうすれば、あなたの応援者は、どんどん増えていくはずだから!

おめでとう、充実した高校生活を送ってね!


そう送り出す直前の感慨に浸りながら、次の三年生にどうすれば、
この高校に行きたいと思ってもらえるのか、
フィードバックしなきゃと別の頭を働かせているのでした。
JUGEMテーマ:受験生
つぶやき | 08:38 | comments(0) | - | - | - |
鶏口牛後を意識する人がもっと増えても良いよね。
「鶏口」とは、鶏の口の意味から転じて、小さな団体の長のたとえ。
「牛後」とは、牛の尻の意味から転じて、大きな団体に従って使われる者のたとえ。
つまり、『鶏口牛後』とは、大きな集団の中で尻にいて使われているよりも、
小さな集団であっても長となるほうがよいという意味で使われる言葉である。

堀江貴文さんが、北海道に住民登録をしたことがニュースになっていた。
これって、様々なことに象徴的なのではないだろうか?
都市部で10億円の資産を抱える人の数は多いだろうが、田舎でその金額を維持する人の数は非常に僅かだ。
東京のどこに堀江さんが住もうともニュースにはならない。
しかし、人が来て欲しい、企業が来て欲しいとこまねいている土地だからこそ、歓迎され、ニュースソースにもなる。
もちろん、彼が著名人であるから全国ニュースになるのだが、
知恵を生み出す人が少ない土地で、知恵を使い仕事を生み出す人は、地域全体から注目を集めることができる。

イケダハヤト氏が、東京にて消耗していても時間が来れば飽きられていたかもしれないが、
高知に移住したからこそ、その土地の人々から声を掛けられるし、逆に東京の人々からも関心を集めている。

東京などの都市部に人口集中が減らずに、地方から若者が減るからこそ、
尖った若者が地方で目立ってくれば逆に、都市部にまでその存在を気にする人が増えてくる。

私は、福岡県の八女市という田舎に生まれて、下関市の大学に通い、
東京本社の会社に就職したけれども、社会的に知られたことは殆んどない。
一度、ブロガーが流行っている時代に、ちょっとその土地で知名度が出て、
NHKの中国地区ネット番組に呼んでもらったことがあるが、それを記録している人なんてほぼいないだろう。

しかし、ここ数年波佐見の人々と出会い、繰り返し繰り返し波佐見を訪れ、地元の人と飲みながら、
下らないブログで波佐見のことを発信し続けた結果、波佐見町長さんにお名前を覚えていただけることとなった。

私は、波佐見生まれでも、波佐見在住でも、
波佐見の仕事をしているわけでも、波佐見の学校を出たわけでもないにもかかわらず。

これもある意味、鶏口なのではないだろうかとふと思っている。
酉年生まれで、他者の話を聞くのが得意でない私には、そもそも鶏口ライフの方がお似合いなのかもしれない。

私のことは脇においても、牛後にしがみつく人間が増えれば増えるほど、
社会が大きく変わり、既存の価値観が崩壊していく時代においては、不安定な生活を余儀なくされる人間が増える。

日本政府であれ、日本銀行であれ、大多数の一般企業であれ、
やりたいことが思い通りに行かないこのご時世、自分の頭で考えて、行動の軸を作らない人は、
ニュースに右往左往して、他人の噂に惑わされ生きていかざるを得ない。

まずは、何が自分自身にとって気持ちのよいことなのか、
『そもそも』という視点から、働くことを考えてみる、遊ぶ目的を立ててみる。
それが鶏口牛後の第一歩なのではないだろうか。

それが腹に座っている人は、都会人であれ、田舎人であれ、
自分自身に正直に生きている人とお友達になれるはず。

虚勢を張って、親方日の丸にしがみついている人は、

腹を割った会話が出来ないので、沢山の友達が作れない。

別に沢山友達がいれば良いと言うものでもないが、
友達がいないよりもいた方が、困ったときに助けられるのは事実だろう。

自分自身に、いつも鶏口になりたいと思っていて、
なかなか一歩を踏み出せていないので、自省を込めて書いておきます。
JUGEMテーマ:モチベーション
つぶやき | 06:38 | comments(2) | - | - | - |
夢を追う。現実に向き合う。
夢と現実、この2つは相反すると思われる人が多いのではないか。
こういったことをしたい、けれども○○がないから出来ない。
どうせ出来っこない、そんなことを思うことが沢山ある。
現代日本人のメンタリティーで、夢を追うことへの一番の阻害要因は、『お金がない』なのだろう。

でもちょっと待って欲しい。
お金がなくても、ホンダのスーパーカブは大増産されたし、
お金がなくても、ソフトバンクは世界一の携帯事業者から日本での営業権を買収したし、
お金が儲からない結果になろうとも、織田信長は楽市楽座令を触れ回った。

夢は寝ているときに見るものであり、日中は現実に向かい合って夢を封印する必要は何処にあるのだろうか?

どんなに現実が辛くて、難しいものであったとしても、その先に希望が見えているのならば、
それを夢見ながら、日々精進したほうがよっぽど心は高まるはずだ。

夢を語る人に向かって、現実を見よと大人は日々言うけれど、
現実を見て、なおかつ夢を見るからこそ、難しいことにチャレンジする勇気が湧いてくるのではないだろうか?

日本はこの先希望がないとぼやく人の大半は、夢みる人々が目の前にいたときに、
『それは面白そうだね、やってみなよ!』と果たして言えるのだろうか。

やってみもしないうちから、あれはダメ、これはダメと言われることが私は生まれた時から嫌いだった。
自分で思ったことを自分の責任でやってみて、失敗したらやめればいいし、上手くいけば続ければ良い。

現代日本において、すぐに命を取られるチャレンジをしようとしている人々の数はほんの僅かである。
いくら借金を抱えようと、家族から放り投げられようと、友達をなくそうと、大抵の事では死にはしない。

それなのに、何故こんなに、空気を読まなければならないのだろうか。
もっと心が赴くままに生きようと誓い、これがやりたい夢なんだと思えるものに、
一生懸命向かい合ってみても良いのではないか?

夢を追っていても、現実を踏まえない限り、誰も協力者は現れない。
だから夢みる夢子ちゃんだったとしても、
多くの人々の気持ちを捉える夢を描いた人でなければ社会的成功は勝ち得ない。

現実を踏まえて、日々できることを黙々とやっていれば生活はできるかもしれないが、
現実社会が沈んで行こうとする時には、自分自身も沈んでいくことを避けられない。

どちらにしても面白くない人生になってしまうのならば、誰かのせいにして失敗するよりも、
自分で下した決断がマズかったから失敗したと、自分で納得できる生き方をしたいと私は強く意識している。

大学に入ったのはセンター試験の結果タマタマ、
社会人デビューして今の会社にいるのは上司と出会ってタマタマ、
結婚して離婚した相手と出会ったのはタマタマ、
再びこの人と一緒に生きていこうと決めた相手に出会ったのもタマタマ、
日々を生きている現実はタマタマの積み重ねなのだけれども、
俺がやりたい夢を描いているレールは、子供の頃から変わっておらず、着実にその方向に進んでいる。

そう思って今日を過ごしたいし、明日という日に希望を抱いて生きていたい。
JUGEMテーマ:モチベーション

自分自身で出来ることなんて何もない。
それは十分に分かっているつもりだ。
だからこそ、もしかしたらこんなことが出来るかもしれないと感じたことにチャレンジしてみる意味はあるのではないか?
たとえ、段ボール塗れの生活に落ちぶれたとしても、自分に嘘をついて生きることが果たして幸せなのだろうか?

モヤモヤとした気持ちで燻っているのなら、できることをやりたいと思える仲間とやってみればよい。

自分で自分を鼓舞したくて、名古屋に向かう新幹線の中で、ツラツラとこんな文を考えている。

俺は、人と人を繋ぐことが一番好きなのだ。
その気持ちに正直に今年は行動していく。

2016年、もう一か月も経過しているのに、モヤモヤしているこの気持ちに終止符を打つべくここに記す。
つぶやき | 11:10 | comments(2) | - | - | - |
たまには立ち止まって考えよう。本来の目的が何なのか!
評価:
浜野 安宏
出窓社
---
(2003-10)
コメント:今の暮らし、そのままでよいのだろうか?そんな疑問を感じた時にぜひ手にしてほしい一冊。価値観を大きく変えてくれること請け合い!

今、浜野安宏さんにはまっていて「新 質素革命」という名の本を読んでいる。
「質素革命」という著書は、彼最大のベストセラーであり、1970年代に大きなトレンドになったそうだ。

私が浜野さんに辿りついたきっかけは様々だが、今生きている現実が、
昨日の延長線上のままであり、明日もそのレールに乗っているだけで良いのだろうかと、
根本的な疑問符が、日常につき始めたからなのではないかと考えている。

お金がお金を生み出すには、自分の稼ぎ以上にお金に働いてもらわなければならない。
少しでも楽な生活をするためには、稼がなくてはいけない。
自分が稼ぐためには、会社の売上を上げなくてはいけない。
会社に入るために、少しでも勉強して学校に入らなくてはならない。
よい学校に入るために、勉強して他人を蹴落とさなければならない。
勉強するために、今やりたい遊びを我慢して机に向わなければならない。

そんなことを、意識的にだったり、無意識的に送らされているように
感じる日本社会において、社会全体に余裕がなくなっていて、
自分がやりたいことを、やりたいようにやっている人はかなり少数派と見受けられたりする。

けれども、立ち止まって考えてみると、果たして「しなければならない」という、
何処からともなく降りてきている天の声のようなものに従って生きていて、
それって幸せと言えるのだろうか。

直感的に考えても、自分がやりたいように、周囲の自然の織りなすままに、
日々を生きて、人生を終えることのほうが、よっぽど幸せなのではないか。
そんな当たり前の考え方を、日々に追われる人々が考える余裕はないのが、現代日本だ。

忙しいと書いて、心を亡くすと因数分解をするまでもなく、
日々に追われ、大きな視野をなくしてしまっている人から、
新しい発想が果たしてどれだけ生まれるのだろうか?

自然に接し、生まれながらのありのままの気持ちで、他者に接し、
寛容な心を持ち合わせ、他者に思いやりをもって接することができる人は、
日々に追われない大局的な価値観を持ち合わせた人ではないだろうか。


少子高齢化が進み、財政赤字が積み上がり、都市への人口集中・地方過疎が進み、
グローバル化著しい経済主体から日本の素通りが激しくなるなかにおいて、
日本人はどこを目指すのか、誰かにゆだねても、誰も適切解を持ち合わせてはいない。

結局のところ、答えを持っているのは、我々自分自身に他ならない。


生まれたときからどんなことが好きだったか、親父・お袋がどんな仕事をしてきたか、
祖父・祖母、そして先祖はどんな考え方で生きていたのか、
どんな環境で生まれ育ち、今までどんな人々に出会って生きてきたのか、
それらすべてのことを、しっかりと自分自身で受け止めて、
今、自分が何をしたいのか、そして何をすべき存在なのか、理解することからしか、
よりよい生き方、よりよい明日の指針は生まれてこないはずだ。

他者を見渡しても、口先通り行動している人はほんのわずかであり、
多くの日本人が、口と行動が伴わない状態でなければ社会生活を営めない状態である。

だからこそ、嘘いつわりのない自分自身の過去の歴史にしか、明日を生きるヒントはない。

もっと自然に親しもう、もっと他者と会話をしよう、
もっと自分の気持ちに正直になろう、もっとカッコ悪く生きよう。
他人が言うことよりも、自分が好きと思えることを愚直に追求してみよう。

そんなことを言い合える仲間が存在する地域からこそ、新しい日本が生まれるのではないか。


浜野さんの著書に触れながら、自分自身を鼓舞するために、ほろ酔いでこの文章をつづってみた。
今年一年を自分に正直に生きようと誓う証として。
功山寺
写真は、高杉晋作挙兵の地、下関の功山寺にて。
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夢の話。筋肉弛緩で動けなくなった都会の人々と、動ける田舎の人々。
波佐見
今朝夢をみました。
とてもクリアな夢を久々に見たのでメモしておきます。

私は、洞窟散策をしていました。
結構な数の若者の数で賑わう洞窟でした。
ちょっと信仰心のある私は、洞窟最深部の祠にて辿り着いた礼を祈っていました。
神様から、間も無く大事が起きるから、
これから渡す金の輪っかをしっかり舐めておくようにとの言葉を授かり、
やがて何処からか落ちてきた輪っかを舐めておきました。

それから洞窟を出ようと出口に向かうと、
至る所にうずくまって動けない若者の姿が見えてきました。
これはヤバイと出口に向かう若者も多数いるのですが、
彼らの中でも、途中で動けなくなってしまう人がいました。
輪っかを舐めている私は、身体の動きが重いと感じながら、
他者を避けながら出口に辿り着きました。

地上に降り立ってから、見渡してみても、
日常行動が億劫になっている人々を多数見かけることになります。
都市部に辿り着いた私は、その環境を脱したくなって、
心休まる場所を求めて、長崎の波佐見に向かいます。

もちろんこの土地でも、
身体が動きにくくなっている人の姿を見掛けないことはないのですが、
都市部に比べると、明らかに困った格好の人々は少ない状態でした。
そんななか、私はもちろん依然として、
輪っかを舐めていましたがその力が弱まったのか、
かなり動きが鈍い状態になりつつありました。
ただし、波佐見の旧知の方のお宅にお邪魔すると、
この症状の原因をすでに理解されているようで、
貴方はなんとか大丈夫だろうと、心配されつつお宅を出されたのでした。

それから、深沢邸に向かうと、
近所で若者が集って、家の改築作業をやっていました。
そこで作業する若者は、もちろん何の動作に支障もなく、
きびきびと作業に取り組んでいました。
彼らに棟梁的に指示を出しているのが、深沢さんでした。
私も思わず、廃材片付けなどの軽作業を手伝い、
しばらくして漸く深沢さんは私に気が付いてくれました。

1日の作業を終えて、その他波佐見の若者と会話していると、
動きが鈍い若者と、動きが依然機敏な若者の違いが漸く理解出来ました。
スーツ姿が似合う人々は動きが鈍くなり、
農作業に従事する人々は動きが機敏なままだったのです。

つまりは、この病気は、筋肉が弛緩するものなので、
普段から筋肉が付いている人は乗り越えることが出来る病ですが、
筋肉が乏しい人は乗り越えられずにやがて死に至るのです。

深沢さんと語りあってみると、
俺も日雇い労働しておけばもっと動けただろうなあというボヤキがありました。
私はうなづきながら、この状態をしっかり理解し、
私が波佐見に戻ってきた意味を感慨深く考えていました。

世の中が進化して身体を使う機会がどんどん減ったことで、
人間本来の力が退化している側面も沢山あること。
それに気が付いている人々は、都市部ではなく、
山村部で古くから変わらない生活を営んでいる人々だということ。
若者であったとしても、
それを何となく気が付いている人々は、都会からやってきて、汗を流しているということ。

人間は、人々と話を進めながら、
身体を動かす労働をきっかけにして、
社会を構成しているということを痛感させられた今朝の夢でした。
こんなことは過去にはなかったので、
思わずこの場に書き留めておきます。

もちろん、その伏線を作った数々のリアルな人々との会話が
この夢を生み出したきっかけとなっています。
とにかく、いろんな人々と、
様々な会話を行うことの大切さを改めて感じ、
今週も多くのことに励みたいと思います。

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勉強しない子に勉強する癖をつけてもらうには・・・。
週に1度、中学生に無料で勉強支援をする活動に参加して、もう半年以上が過ぎました。

当初は、本当に週に1度だけ公共施設で開催される塾の時間帯に出かけて、
テキストを見ながら、子供たちが躓いている部分を教える単純な作業だけの参加でした。

塾が終わったのちに、サポートしている大人同士が集まって酒を片手に、
子供たちの様子を肴にしながら、ああでもない、こうでもないと語りつつ、
あの子の困ったところをどうやってサポートしよう、勉強が進まないこの子をどうやって、
勉強させていこうかと議論していました。

そうして塾に参加していた私ですが、特定の子供に対して接することはありませんでした。
なぜならば、まずはこちらからではなく、子供たちから、こちらにサポートを求めないと、
彼らが主体的に行動できないだろうと思っていたからです。

そうするうちに、今年7月くらいにある中学3年生の子と会話を交わすようになりました。
もちろんながら、彼は受験生ですが、これまであまり真剣に勉強していなかったので、
全く受験モードには入っていませんで、週に数時間勉強するのがやっとな状態です。

彼は、どうやら私のことを気に入ってくれたようで、勉強を教えようとするこちらの姿勢を、
ちょっと怠惰そうな表情をしながらも受け入れてくれつつあります。

しかしながら、まだまだ受験モードには程遠い彼のこと、ここから全国の高校受験生と
肩を並べる勢いを持ってくれるまでには少し時間がかかりそうです。

英語、国語、数学、社会、理科、都立高校の受験科目のうち、
彼が得意とするのは、わずか理科のみ。
しかし、その理科に対する熱意は結構なもので、学校の宿題をぼちぼち進めています。

いきなり5教科の勉強をガリガリ進めるのは困難ですので、
まずは理科をどんどん成績アップさせて、模擬試験で素晴らしい結果を見せてみようかと、
私はこの文章を書きながら、彼の学習計画を検討しているところです。

自らを振り返ってみると、小学生時代から好きだった社会には絶対の自信があり、
中1くらいからテストで80点を下回ることがなかったからこそ、
他の教科も勉強してみようかと思えるようになったような気がしています。

やはりいろいろなことは頭で考えつつ、
このような形で文章にしてみるとまとまるものです。

タイトルとした、「勉強しない子に勉強する癖をつけてもらう」には、
とにかく、その子が好きなことに集中させる環境を築いてあげること、
それに尽きるのではないでしょうか。

さてと明日からこの仮説を実証すべく、彼に送るLINEコメントを考えてみます。

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